2.家族のいる幸せ
読んでくれた方々に感謝を。
目が覚めると、見覚えのある懐かしい天井が見えた。薄っすらと花柄の模様が入った天井。王都にあるタウンハウスの自分の部屋の天井だ。
私は飛び起きて、辺りを見渡す。その部屋は昔見た自分の部屋だった。
「…どうして、ここに?」
私は、領地の屋敷にいた筈だ。何故王都に戻って来ているのか、そもそも私は死んだ筈では無かったのか?頭の中がグルグルと回る。
すると、扉がノックされる。
「は…はい」
私が声を出すと、扉が開いた。
「お嬢様お目覚めですか?」
「…アンナ?」
私は呆然と彼女を見つめた。アンナは私の侍女でひっつめ髪の少しふくよかな女性だ。私より10歳上で、婚約解消の後も私に付いて領地の屋敷で世話をしてくれた。
だが、何故か彼女の姿は見慣れたものではなく幾分か若く見える。
「どうかされましたか?」
心配そうに見てくるアンナは、やはり若い。
「アンナ、あなた…いま何歳だったかしら?」
「私ですか?今年18になりましたよ?」
その返答に、私は目を見開く。
アンナが18なら私は8歳だ。思わず自分の腕を見下ろすと、確かに以前より小さくて細くて、子供の手に見える。
夢?
私は、夢を見ていたのだろうか…あの辛い日々は全て夢?いや…あんなに現実的だったものが夢で済ませられる筈がない。だとすると…若返った?いや、時間が巻き戻った?そんな事があるのだろうか?
「お嬢様、お着替え宜しいですか?」
「え?え…ええ。分かったわ」
混乱しつつも着替えを終え、食堂に向かう。懐かしい屋敷内の様子に私は思わずキョロキョロと見渡してしまう。懐かしい使用人達の顔ぶれは、やはり自分が覚えている顔よりも若々しく見える。
食堂に着くと、父が出迎えてくれた。
「ミルシェ、おはよう」
「お…おはようございます、お父様」
久し振りに見た父の顔に、私は動揺して涙が出そうになる。最後に見た父の顔は5年前で止まっていて、悲しそうで辛そうでやつれた顔だったが今は若返って元気そうで溌剌としている。
「どうした?」
「いえ…何でもありません」
心配そうに見てくる父に、私は首を横に振り、自分の席に着く。
本当に時間が巻き戻っているのなら、今度こそ父を泣かすような事はしたくない。
テーブルに朝食が並び、食事を進めていくと父が話しかけて来た。
「ミルシェ…実は、王宮のお茶会の招待状が届いているんだが…」
「王宮のお茶会ですか?」
私が首をかしげると、父は困ったような表情になる。
「ああ。名目は王妃殿下主催のお茶会なのだが…目的は王子殿下の婚約者の選定だろうと思う…」
父の返答に私は背筋が凍るような思いをする。
そうだ。このお茶会で私は第一王子殿下の婚約者に選ばれる。私は初めて会った王妃殿下に憧れて王妃になりたいと思ってしまったのだ…もちろん、王子殿下も素敵だなと思ったのだけれども。
お茶会の後、父に王妃様みたいになりたいと言ってしまい…あれよあれよと言う間に第一王子殿下の婚約者になってしまった。
父は娘に甘かった。
「…お父様、お茶会には参加しなければならないのでしょうか?」
「ん?うーん…」
「お父様の子は私一人です。将来的には、私は婿を迎えて公爵家を継がなければなりません。とてもではないですが、王子殿下の婚約者になるわけにはいかないと思うのです」
私がそう言うと、父は少し嬉しそうに微笑む。
「そうだな。ミルシェの言う通りだ!!…だが…一応名目上は王妃殿下のお茶会だからね…断るというのも外聞がよろしくないんだ…」
「確かにそうですね。…仕方ありません。お茶会には出席致しますが目立たないように端の方でお茶を飲んでおきます」
「そうか。うん、そうだな。もし婚約の話が出てもきっぱりと断ろう!」
父は機嫌が良さそうにニコニコと微笑んでいる。
一度目の生でもこうすれば良かったのだ。私が王妃殿下みたいになりたいなどと安直に言ってしまったばかりに、公爵家を蔑ろにしてしまったのだ。本来ならば、私が一人娘として公爵家を支えなければならなかったのに…。
父に対する申し訳なさでいっぱいになってしまう。
もし神様がいて、私にやり直しの機会を与えてくださったのなら、私は今度こそ失敗しない。大切な家族を悲しませるような事はしない。
私は深く心に刻みつけた。