番外編☆街のパン屋さん
読者様に御礼の番外編を追加しました!
こんな未来があったらいいなという妄想です。
楽しんで頂けたら幸いです!!
最近、とても美味しくて変わったパン屋さんが流行っているそうよ。
そう教えてもらった私は、街のパン屋さんに向かっていた。
私は今年、貴族学校の卒業と同時に婚約者となったルーファスと結婚式を挙げる予定だ。
王都の下町にあるパン屋は、珍しいパンをたくさん売っているらしい。お父様はパンが大好きなので、買ってきて驚かせようと思っているの。
今日は町に出ても可笑しくないように、シンプルな水色のワンピースに大きなツバの帽子を被っているわ。
少し裕福な商家のお嬢さんに見えるはずよ。
侍女のアンナと共に訪れたそのパン屋は下町の端にある小さなお店だった。店の外までパンの香ばしい香りが漂っていて、食欲を唆る。
「いらっしゃい」
中に入ると若い男性が声を掛けてきた。私より少し年上だろう、一人でここを切り盛りしているのならすごいと思う。
店内にはたくさんの種類のパンが並べられていた。
そこには今まで見た事がないパンもたくさんある。
カレーパン、あんパン、クリームパン、メロンパンなど聞いた事もない名称だ。
「聞いたことも見たこともないパンですね」
一緒にいたアンナも興味津々にパンを見ている。私も珍しいパンにどれを買って行くか悩んでしまう。
「これなんか、美味しそうね」
「こちらもどうです?」
アンナと共にああでもないこうでもないと悩んでいると、店員の若い青年が声をかけてきた。
「珍しいパンでしょう?このカレーパンは僕の大好物なんです。多種類の香辛料を使って、食材を味付けしたものが中に入ってるんです。少し辛味がありますが後引く美味しさですよ。
それから、これは中に甘いクリームが入ったパンです。濃厚で口当たりがよくて食べやすいと思います」
「まあ、どれも美味しそうで悩んでしまうわ」
「どれも自信作なので、是非食べてみて下さい」
青年は人当たりが良さそうにニコリと笑みを浮かべている。
「珍しいものばかりだけど、全てあなたが考えたの?」
「……いえ、えっと、友人がアイデアを出してくれたんです」
「まあ、そうなの」
「はい。だから、僕だけの力ではこんなパンは作れなかったと思います」
「それは……いいご友人をお持ちですのね」
「はい!」
嬉しそうに返事をする青年に、私は心がなごんだ。
青年に商品の説明を受けながら、私達はどれを買って行くか選んでいく。
ひと通り選び終わった頃、店の扉が開き人が入ってきた。
「ただいまー」
「ああ、マリー。お帰り」
思わず私はその名前に反応してしまい、入ってきた女性に視線を向けた。彼女の方もお客さんがいたのかと思ったのか、私と目が合う。
「……あっ!!」
「まあ」
そこには例の元男爵令嬢マリーが荷物を抱えて立っていた。
彼女は迷うように視線を彷徨わせた後、意を決したように話しかけて来た。
「あ、あの。いらっしゃいませ」
私はなんと答えていいのか分からず、言葉が出なかった。
困惑していると、アンナが話しかけて来た。
「お嬢様、こちらで宜しいですか?」
「え?ええ。そうね。充分じゃないかしら?」
「なら、会計をさせて頂きますね」
アンナとパン屋の青年は、一緒に選んだパンと共にお会計をしに行ってしまった。彼女達がいなくなるとマリー嬢と二人になってしまう。
どうしたらいいのか……。
「あのー」
悩んでいると、マリー嬢が声をかけてきた。
「はい」
「少し、お話をさせてもらってもいいですか?」
マリー嬢の言葉に、私は悩んでしまったが少し話をしてみたいと思った。
「ええ、いいわ」
その後、アンナには待っていてもらって私はマリー嬢と話をする事にした。
パン屋の裏が自宅になっているらしく、居間に案内してもらい、マリー嬢に促されて椅子に座る。
彼女は温かい紅茶を用意してくれ、テーブルの上に置いた後、私の向かいに座った。
暫し、気まずい沈黙が流れる。
先に話し始めたのはマリー嬢だった。
「あの……、ずっと謝りたいと思ってたんです。あの時、色々と失礼なことを言ってしまって、申し訳ないと思ってたんです。
でも、平民落ちした私がミルシェ様に会う方法がなくて……。
本当にごめんなさい」
マリー嬢は、深く頭を下げてくる。私は少し罪悪感を覚えた。
私だって一度目の生で、彼女に毒を盛ってしまったのだから、こうやって謝られると申し訳なく思う。
そんな事を私が思っているなどと知らないマリー嬢は、顔を上げて話を続ける。
「それと意味は分からないかも知れないけど、一度目の時もごめんなさい」
「……え?」
マリー嬢の言葉に思わず私は目を見開いた。
「一度目?」
そう呟いた私に、マリー嬢は納得した様子になる。
「……やっぱり、ミルシェ様も一度目の記憶があるんですね?」
「もしかして、あなたも?」
私達はお互いにジッと見つめ合う。
薄々そうじゃないかと思っていたけれど、それにしては行動が不思議だったので、いまいち確信が持てなかったのだ。彼女は一度目の生の記憶があるのね。
その後、マリー嬢は一度目と二度目の話をしてくれた。
彼女が転生者というものであること、この世界が乙女ゲームと呼ばれるものに酷似していること。それぞれどういう気持ちで、あの学校での生活を送っていたのかを。
「では、その乙女ゲームというものに沿って行動をなさっていたのね?」
「はい。だから……知ってたんです。ミルシェ様が辛い思いをすることも毒を盛ることも」
マリー嬢に言われ、私は胸が痛んだ。
「……覚えているのなら、私もあなたに謝らないといけないわ。一度目の時、私どうかしてたの。毒を盛ってごめんなさい。
あなたが飲まなくて良かったとずっと思っていたの。
でも二度目の生が始まって、今更あなたに謝ることも出来ないと思っていたわ。だから知らんぷりしてた。私は本当に弱い人間だったの。
……本当にごめんなさい」
私が頭を下げると、マリー嬢が慌ててそれを止める。
「ああ、頭なんて下げないで下さい!」
「…でも」
「仕方なかったんです。それに、ミルシェ様はちゃんと毒を盛ってないんです!」
「……え?」
マリー嬢の言葉に、私は思わず顔を上げた。
「いえ、正確には毒は盛ったんですけど……、あれは全部飲んでも死なないんです!
数日体調不良で寝込むくらいのものだったんですよ」
「まさか!?」
マリー嬢の言葉は信じられないものだった。毒なのだから、飲んだら死んでしまうのではないの?
「本当です。あの毒の瓶の中身を全て飲み干さないと死に至らないんです。知らなかったんですか?」
「……ええ」
私は大きく頷いた。そんなの知らなかった。秘密裏に毒を入手出来たけれど、その使用方法まで教えてもらわなかったわ。
「そもそもどうして毒を全部入れなかったんですか?」
「それは……あの時、全部入れようとしたんだけど全部入れたらとても苦しむかもと思ったの。
これくらいならあまり苦しまないかもって……結局半分くらいしか入れなかったのよ」
「な、なるほど」
マリー嬢は少し呆れた様子で苦笑した。私って何をやっても上手くやりきれないのね。
けれどよかった。あの毒で死ぬことはなかったのね。今は自分の間抜けさに感謝しなくっちや。
けれど、だからといって許される事ではないわよね。
「それでも毒を盛ったのは事実なのよね。本当にごめんなさい」
私がもう一度謝ると、マリー嬢は慌てて首を横に振る。
「いいんですよ!別に死ぬわけじゃなかったし、私も分かってた事ですから。それに……それを言うなら私だって酷かったんです。
ゲーム通りにしないとって、そうしたら幸せになれるってそう思ってて……。
ミルシェ様が辛い思いするって分かっていた私が、そんな行動をとらせる原因を作ったんですから」
マリー嬢の言葉で、私の中で今までつっかえていたものが、少し楽になった気がした。
「……ありがとう、そう言ってもらえると少し気が楽になるわ」
そう言うと、マリー嬢は申し訳なさそうに眉を下げた。
「……一度目だって、こうやってちゃんと話せば良かったんですよね。私、今考えると本当に駄目だったなって思うんです」
「それを言うなら私もよ。王妃になりたいって思っていたんだもの、もっと強くなるべきだったのにそれが出来なかったの」
マリー嬢も私も一度目の生に後悔ばかりしていたのね。何だか親近感が湧いてきたわ。
「それにしても、何故こんな風にやり直しが出来たのかとても不思議よね。私は死んだ筈だったのに……」
私が首を傾げると、マリー嬢は驚いたように目を丸くする。
「ミルシェ様、亡くなったんですか!?」
「え?ええ、知らなかったの?」
「知りません!!まあ、一度目の時は後宮で軟禁状態でしたから……、情報も殆ど入って来ませんでしたし」
「そうだったの。大変だったわね」
「いえ、自業自得ですからそれはもう仕方ありません。
私は一度目に死んだ記憶が無いんです。
二度目の生の時も最初は一度目の記憶は無くて、男爵家を追い出された後に思い出したんですよ。
……一度目の最後の記憶は、凄く後悔してもう一度やり直したいって願った時です」
「じゃあ、あなたが願ったからやり直しが始まったと?」
「分かりませんが、可能性はあります。それが転生チートだったのかも……」
「転生チート?」
「あ、えーっと。転生する際の特典って意味ですかね」
マリー嬢は苦笑する。
「そんなものがあるのね。なら、マリー嬢がまたやり直したいと思ったら時間が戻るのかしら?」
「……どうですかね?一度目だって何か力を使ったって感じはなかったですし、そもそも覚えてなかったら意味ないですからね」
マリー嬢は、はあーっとため息をついた。
確かに覚えていないのに時間が巻き戻っても同じ事を繰り返してしまうわよね。特典といってたけれど、あまり特典な感じがしないわ。
あまり深く考えても意味のない事なのかもしれない。私が一度目の生の記憶があった事だって、実際何が影響しているのか分からないんだもの。
過去より未来よね。
「ところで、今はパン屋で働いているの?」
私の質問に、マリー嬢が頷く。
「あ、はい。男爵家を追い出された後、昔母と住んでいたこの辺りに戻って来たんです。
さっきの店にいた人が幼馴染で、追い出されたことを話したら雇ってくれたんです」
「そう、それは良かったわ」
「はい、本当にありがたかったです」
そう答えたマリー嬢は、嬉しそうに照れくさそうに笑みを浮かべた。
「実は、今彼に求婚されてるんです」
「まあ、素敵ね!」
あの若い青年とそんな関係だったなんて、とっても驚いたわ。
ほんのり頬を赤く染めたマリー嬢は可愛らしい。
「へへ、何だか照れますね。
昔から好きだったって言われたんです。本当の私を見てくれていたのは彼だけだったんですよ。
王子殿下や他の人達に見せてた私は、あくまでもゲームの中のヒロインだったんですよね。
だから、彼にそう言ってもらえて嬉しかったんです。私を選んでくれたんだって思えて……」
マリー嬢は本当に幸せそうに微笑んだ。
「幸せなのね」
「はい!」
もう二度とやり直すために時間が巻き戻る事は無いのかもしれない。それは、彼女が幸せでいる証拠ね。
彼女と話せて良かった。何だかスッキリした気分だわ。
私はマリー嬢に別れを告げて、ハヴェルカ公爵家へと戻る事にした。
屋敷に戻ると、出迎えてくれたのはルーファスだった。
「ミルシェ、お帰り」
笑顔のルーファスは、とても輝いているように見えた。好きだと自覚してから、ルーファスがとってもカッコ良く見えてしまうのよね。恋心ってすごいわ。
「ただいま、ルーファス。どうしたの?」
「どうしたの?って、愛しい人に会いに来るのに理由がいる?」
ルーファスに手を取られそんなことを言われたら、恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
恋人同士になってから、彼は優しいだけじゃなく、とっても甘くなったわ。
「どこに行ってたの?」
ルーファスが心配そうに質問してきたので、私はニコリと微笑む。
「今話題のパン屋さんよ。知っていて?そのパン屋さんにマリー嬢がいたの」
「え?」
ルーファスが驚いたように目を見開く。
「……パン屋に行ったの?」
「ええ。マリー嬢にも会ったわ」
「大丈夫だった?」
「もちろんよ。……彼女と少し話したの。今はとてもスッキリした気分よ。話せて良かったわ」
「……そう」
ルーファスがホッとしたように頬を緩める。安心してくれたようで良かったわ。
「ねえ、とても珍しいパンがたくさんあったのよ。
お父様にあげる為に買って来たのだけど、気になるパンが多すぎてたくさん買って来たの。ルーファスも一緒に食べない?」
そう言った私の腰をルーファスは抱き寄せる。
「ミルシェと過ごせるなら、どんなに忙しくても時間を作るよ」
「もう、ルーファスったら」
呆れたようにそう言うと、ルーファスが私の髪にそっと口付けする。
「ねぇ、ミルシェ。今幸せ?」
彼の質問に、私は頷いた。
「ええ、とっても幸せよ」
一度目の生で感じる事が出来なかった幸せ、ルーファスのお陰で今私はとっても幸せだ。
取り敢えず完結です。
また、何か思いついたら番外編するかもです。
読んでくださり、ありがとうございました!!




