13.想い合い
「参ったわね…」
思わず漏れた声は、青い空に吸い込まれて消えた。
私は学校の中庭のベンチに座り、ぼんやりと花壇を眺めている。
先日マリー男爵令嬢に絡まれる事件が起こった後、あれよあれよという間に彼女はこの学校から去って行った。
なんだか拍子抜けしてしまったわ。
彼女は一体何がしたかったのかしら?
…これを掘り下げて彼女と関わり合いになるのはごめんだから、気にしない方がいいわよね。
もう私の人生には関係のない人だもの。
それよりも…こうなったのなら私も覚悟を決めないといけないわ。
ルーファスとの関係をなあなあにしていたのは私だ。友人以上恋人未満という居心地の良い場所で止めているのは全部私の我儘だもの。
そうね、私はルーファスが好きだわ。
ずっと一緒にいてくれたし、マリー嬢から守ってくれたの、本当に嬉しかった。彼を失うなんて考えられない。
優しくて穏やかな良い人ってだけじゃなくて、頼もしくてカッコよかった。
…なんだか、自覚すると恥ずかしいわ。
「ミルシェ、遅くなってごめん!」
「る、ルーファス」
慌てた様子で近づいてきたルーファスが、私の横に座る。
「ごめんね。なんかトリスタンの愚痴が止まらなくて…」
「いいえ、いいの。…トリスタン様、何かあったの?」
「ん?あー、なんか最近成績が落ちてたらしくてね。父親にコッテリ絞られたみたいで…それでね」
ルーファスが苦笑する。
なるほど、恋の病で勉強が手に付かなかったのかしらね。宰相の息子の成績が落ちるなんて事、あってはならないわ。
「そう、大変だったのね」
「自業自得だよ。しっかりしてもらわないと、将来この国を担う一人なんだから」
ルーファスの言葉に私はクスクスと笑う。
「ミルシェこそ、もう平気?」
「え、ええ。大丈夫よ」
心配そうな表情のルーファスに、私は頷く。
「あんまり無理しないで」
「分かってるわ」
「それで呼び出したのは何か用事?」
ルーファスが不思議そうに見つめてきた、彼の瞳に気恥ずかしい思いをしつつも私は決意する。
「あ…のね。その…話したい事があって」
「うん?」
「その…いつも一緒にいてくれてありがとう。それに、私を守ってくれてありがとう」
私の言葉に、ルーファスはニコッと笑う。
「うん。僕はいつでもミルシェの味方だよ」
「ありがとう。…そ、それでね。えっと…その…、ちゃんとケジメをつけなきゃと…思ってですね…」
「何で敬語?」
ルーファスがクスクスと笑う。
もう、こっちは緊張してるのに!!
「だから…その、私はルーファスの事が…す、好きなのよ」
言葉にすると、私の顔は真っ赤に染まった。顔だけじゃなくて、多分身体中真っ赤だと思う。全身が熱いもの。
「…ミルシェ」
優しくて甘い声で私の名前を呼ぶルーファスに、益々顔が熱くなる。
「ちゃんと婚約者…ううん、恋として…好きなのよ。…今まではその…私は弱くて、意気地がなくて、ちゃんと自分の気持ちに向き合ってなくて…、それでも側にいてくれたルーファスに感謝しているわ。
ルーファスの事、信頼してるのに…私怖くて…ハッキリさせなくて今までごめんなさい」
そこまで言って、私は涙が出そうになってしまう。不甲斐ない自分が悔しい。
「…ねぇ、ミルシェ。怖いのは悪い事じゃないよ」
「え?」
「だって怖いって事は、僕がミルシェから離れて行く事が怖かったって事でしょ?
ハッキリさせた後裏切られたらって考えちゃったって事だよね?
でも、それって僕の事を好きだから怖かったんでしょう?好きだからこそ怖かった、違う?
それなら僕は嬉しいよ。
嫌われたくないと思われているって事は、好かれてるって事だから」
ルーファスが嬉しそうに微笑んだ為、私は苦笑する。
「…あなた、恥ずかしい事言ってるわ」
「そうだね、恋は人を愚かにするんだ」
「そう、そうね。その通りだわ」
「僕達は、とっても恵まれてると思うんだ。ミルシェと僕は身分も釣り合うし、お互い趣味も似ているし、お互い想い合っている。親だって僕達を認めてくれている。
何も障害がない、ただ2人で幸せになればいいだけなんだ。簡単だろ?」
「…あなたが言うと、本当に簡単そうに聞こえるわ」
私がくすりと笑うと、ルーファスは私の手を持ち上げて優しく握る。
「僕は君がいれば幸せだし、君も僕がいれば幸せなんだよ。だから…僕と恋人になってくれますか?」
優しい声とは裏腹に、割と傲慢な口説き文句だわと何だか少し可笑しくなったものの、そんなルーファスも愛おしい。
「ええ、喜んで」
こうして、私とルーファスは晴れて恋人同士になった。
そうね、私は必ずルーファスと幸せになるわ。
明日から、例のあの人の視点です。
宜しければ、ご覧下さい。




