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フィーラ  作者: タピオカ
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フィーラ


「うっわあ!可愛い!!」

「離れろ!この変態!」

 少女はまるでじゃれてくる大型犬を相手にしている気分だった。

 抱き付いて、頭を摺り寄せてくるカルを、少女は必死に押し戻そうとする。

「なんで抱き付いてくるのよ!」

「え?妖精はうれしかったり楽しかったり、感謝を伝える時は抱き付いたりキスしたりするのが当たり前なんだよ?

 人間はしないの?」

「しません!恥ずかしいから離れてよ!もー!」

 ごんっと彼女がカルの肩に鉄拳を落としたのと


ーぽんっー


 元の妖精に戻ったのは同じだった。

「な、なんだったのよ」

 元に戻った余韻に浸る暇もない。

 唖然としている彼女に

「あれ?ねえねえ、見てよ」

 カルが腕を持ち上げてみせた。

 ただの腕ではない。

「とれちゃった」

 取れてしまった右腕を、左手で持ち上げているのだ。

「いやああああ!!」

「くっつくかなあ。あ、できた」

 顔面蒼白の相手をよそに、カルは簡単に腕を体に押し付けてくっつけた。

「すごいね、これ。血もでないし、なんか土でできてるっぽい。

 あー、でも、もろいのは困るなあ。

 君を守れないもん」

「そういう問題じゃない」

 状況を整理しようと、少女はひとまず深呼吸する。

(そういえば、精霊達が土を使ってとかなんとか言ってたわね)

 それをカルに伝えると

「へー、なんかすごいね」

 分かっているのかいないのか、あっさりした返事。

「じゃあさ、なんでキスしたら人間になったの?

 あっちが君の本当の姿?

 だったら、かわいいね」

 さらりと褒められたが、混乱している彼女に赤面の余裕はない。

「そんなのしらな…」

 言いかけて、少女はハッとする。

(そういえば、女神がなんか言ってたわね)

「なんか、愛をつけてもらったら戻るとか言われてたような…」

「そうなんだ!じゃあ」

「まてまてまて!なんで迫ってくるのよ!」

 少女は羽をはばたかせて距離をとる。

「え?だって可愛い女の子はもう一度見たいじゃん?」

「あんた他の女の子にも似たようなこと言ってるでしょ!」

「え?女の子はみんなかわいいじゃん」

「クズか!

 もう!妖精の自分の姿もまだちゃんと見てないのにい!!」

「そうなの?じゃあ、湖を鏡代わりに見て見たら?

 夜だけど、月が明るいから見えるでしょ」

 その手があったかと思ったが、じとっとカルを彼女は見た。

「見てる時に、変なことしないでよ」

「しないよ」

 その笑顔が怪しいと思いつつ、彼女は水を覗き込んで見た。

 月明かりに照らされた湖は、風もなく鏡のようだった。

 今夜は丁度満月。

 太陽のように明るくはないが、ほのかに照らす金の光が妖精の長い銀の髪を優しく反射する。

 湖に映っていたのは、可愛らしい1人の妖精だった。

 腰まで伸びたストレートの銀の髪。

 青色に白いレースのついたふわふわのワンピース。

 不思議そうに丸くなっている、空色の瞳。

月の下で浮かび上がる彼女は、傍から見ればまるで絵本から抜け出して来たかのように愛らしい。

「ね?可愛いでしょ?」

 カルが横に来てささやく。

「こんなに可愛い妖精、見たことないよ」

「お世辞言っちゃって」

 怒ったふりをしたものの、嘘でも可愛い姿になれて悪い気はしなかった。

「でもさ、こっちも可愛いよ」

 油断をしていたら、頬にキスをされた。

「きゃっ」

 とたんに湖に映ったのは、黒髪の17歳の女の子。

 外はね気味の肩まで伸びた黒い髪。

 黒い瞳の、平凡な女の子。

 服だけは、女神が気を遣ってなのか、刺しゅう入りの藍色のワンピースを着ていた。

「魔法が解けた気分だわ」

 ギャップに絶えられないと彼女がつぶやけば

「オレ的には、こっちのほうが好みだけどなあ。 

 なんか、女神様と少し雰囲気似てる気がするんだよね」

「バカ言わないでよ。あんな美女と比べられたらつらすぎる」

「うーん、確かに、胸とかは女神様のほうが大きいや」

「もう一度腕、もぎとられたい?」

 手を振り上げた時に、少女は妖精に戻った。

「あーあ、戻っちゃった」

 残念そうなカル。しかし

「ねえ、やっぱり名前、教えてよ」

桃色の瞳で、真っすぐに彼女を見て微笑んだ。

「君のこと、知りたいな。名前で呼びたい。

 それから、始めようよ。

 色々と」

「色々…」

 風が吹いた。

 穏やかで、2人を包むように暖かかな風だった。

 ここには誰もいない。

 静かで、緑に包まれていて、世界がもうすぐ終わるなんて彼女には思えない。

「名前、か」

 夢かもしれないと、やっぱり彼女は思った。

(あたしには、不釣り合いな世界ね)

 夢ならば、現実の名前は捨ててしまおう。

「カルがつけて」

「え?」

「ないのよ。あたし、妖精として生まれたばかりだから」

「いいの?」

「いいよ」

 妖精は微笑んだ。

「うーん」

 カルは考え、すぐに思いついたと顔を輝かせる。

「フィーラ」

「フィーラ?」

「うん。昔、人間達が言ってたの聞いたことがあるんだ。

 生まれたての赤ん坊に、ネモフィラの花みたいに可憐になりますようにって青い花を上げてたんだ。

 だから、ネモフィラをちょっともじって、フィーラ。

 君の瞳はその花みたいに綺麗な青だから、ぴったりだよ」

「ふーん。フィーラ、か」

 妖精は頷いた。

「そうだね、この姿なら、いいかもね」

 少しだけ、寂しそうな声だった。

 それに気づいたか気づいていないのか、カルは改めて手を差し伸べる。

「これからよろしくね、フィーラ」

「ええ、よろしく、カル」

 大きな手と、小さな手が触れ合う。

 その瞬間から、妖精はフィーラになった。

(世界を救うとか、納得してないけどさ)

 フィーラは月を見上げ、思う。

(とりあえず、なんとかなるといいなあ)


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