カル 3
そこは不思議な空間だった。ひんやりとしていて、感触は柔らかく、水色と藍色が混ざった景色。上を見れば、太陽の光が網のように揺らめいていた。
「きれい」
ごほっと、空気があわとなり、消えていく。不思議なことに、窒息しない。
「どこ、ここ?」
さすがにただの水の中ではないことは、彼女にも分かった。
―久しぶり―
―久しぶりだね―
クスクス
ヒソヒソ
誰かの笑い声がする。
目には見えない。けれど彼女の体の横を、髪の隙間をなにか小さくて暖かなものがすりぬけて泳いでいる。
「誰?」
―ぼくらは精霊―
―君に呼ばれた―
「あたしはなにも呼んでないわよ?」
―女神さまの香りがする―
―暖かくて、いい香り―
また女神かと、少女はこっそりため息をついた。
「ねえ、ここはどこなの?」
―ここは精霊の領域―
―ここは命の巡る場所―
―このままでは消える所―
「なに?それ?」
―つまりね、あなたの願いが響く場所―
すうっと、カルの体が彼女の目の前に流れてきた。
―この子、どうしたい?―
―魂、まだ離れてないよ―
「それって、生きてるってこと?」
少女はカルに触れる。
驚くほど、その体は冷たい。
―生きてない―
―でも、死んでない―
―器が割れただけ―
―不思議だね―
―お腹に宿ってる光が繋いでる―
―ならそれを核に体を作ろう―
じゅわっと、カルの体を白い泡が包んだ。
「うわ!?」
反射的に、彼女は手をひっこめる。
―水で土をすくうんだ―
―水で土をつなぐんだ―
―形はどうする?―
―女神さまを守れる形に―
―光に負けない強さを―
泡の向こうから金色の光が漏れてくる。
「な、なんなの?」
―さあ、できた―
光はやがて直視できないほどに強くなり
―さあ、目をあけて―
少女が目を閉じた時
―いってらっしゃい―
水が弾ける音がした。
そうっと、少女は目を開く。すると舞い散る水の粒の向こう。
「うーん?」
カルがいた。
けれど、妖精ではなかった。
「あれ?オレ、どうしたんだっけ?」
15、6歳ほどの人間の男の子が、立っていた。青い髪と桃色の瞳。けれど、妖精の頃よりは少しだけ大人びて見える。
「カル?なの?」
少女は口を覆い、震える。
「えー?なにこれすごーい!
オレ、生きてるじゃん!」
見て見てと少女に向けてまぶしい限りの笑顔を向ければ
「ふ、服を着てー!!」
全裸の少年に、彼女の叫び声が上がった。
「あっはははははは!」
不意に聞こえた笑い声。
見れば
「なるほど、そういうことかあ。
あはははは」
ぐしょぬれの金髪の人間がいた。カルを潰し、少女を襲おうとしたその人だ。少女が改めて見れば、年はまだ若く、少年と言っても過言ではない。濡れた髪をかき上げおかしそうにお腹を抱えている。
「うん。いいねえ。興味がわいてきた。これは一度報告しておかないと」
くっく、と笑いを残しながら、相手はカルに向かって何かを投げた。
「幸運に対する選別だよ」
ニイッと唇を釣り上げた笑顔は、ぞっとするものがあった。
「じゃあね、ばいばい」
言葉を残して、瞬きするほどの一瞬で、相手は姿を消した。
「た、助かったの?」
冷汗を流す彼女の後ろで
「わあ!すっげえ!服だ。寒かったんだよねえ!」
カルがうれしそうに投げ渡された服を見て喜んでいた。当たり前のように腕を袖に通す彼に
「ちょ、ちょっと!それ大丈夫なの?」
少女は慌てて止める。
「でも、寒いもん」
そして服を着て胸をそらす彼。
「えへへー。似合う?」
彼女は答えた。
「あんた、意外と馬鹿でしょ」