カル 2
「こっちだ!早く!」
見れば、自分の腕を誰かが強く掴んでいる。
相手も同じ妖精のようで、背中に生えた羽が必死に動いていた。
びゅんびゅんと耳元で風がうなって通りすぎていく。
草をすり抜け、足先を地面にかすめ、時折木々の枝の下をくぐる。
どこをどう飛んだのか彼女には分からないうちに、気づけば湖のほとりについていた。
「とりあえず、ここまで来れば…」
ぐったりと、引っ張っていた相手は地面に倒れこむようにしておりる。同時に、掴んでいた腕も離し、 少女の方を見た。
「おい、平気か?」
「う、うん…」
可愛らしい顔の妖精だった。刺繍入りの白い服を着て、袖からひょろりとした手足が伸びている。つんつんした短い青髪に、桃色の瞳。まるで絵本に出てくくるように愛らしく、幼い。がどこか怒ったように眉を吊り上げている。
「よかった…でも、お前なあ、なにボーっとしてたんだよ。あんなところで騒いでたら襲われるに決まってるだろ!?オレが見つけなかったらどうなっていたことか」
「どうなっていたって」
死んでいたのだろうか。今更ながら、体に震えが戻ってくる。
「だって、分からないんだもの。
いきなりこんなところに来て…どうすればいいかも…あたし…」
風で乾いた涙が再びあふれてくる。
その様子を見て
「う…ごめん。言い過ぎた、かも」
相手は肩の力を抜いた。
「オレ、カルって言うんだ。君と同じ、生き残りの妖精だよ。
でも、多分残ってる妖精はオレ達で最後だね」
「最後って?」
カルと名乗った少年は、悲しそうに首を横に振った。
「みんな、あいつらにやられちゃったってことだよ」
「あいつら?」
「知ってるだろ?アネモネの一欠けらだよ」
「なにそれ?」
知らないと、少女は首を横に振った。
「なにも知らない。だって勝手に女神に呼び出されて、ここに来て…何が何だかわからないんだもの」
「女神様だって!?」
とたんに、カルが身を乗り出して来た。
「キミ、女神様に言われてここに来たの?」
「そう、だけど」
パアッとカルの顔が輝き
「やっと会えた!」
喜びの表情で、強く少女を抱きしめた。
「ずっと、ずっと探してたんだ!よかった、よかったよ!
これで、みんなも報われる」
「ちょっと!苦しいってば!!」
「よーし、そうと分かったら行かなきゃ!」
「話を聞いてよ!!」
ひとしきり騒いだかと思えば、また腕を掴んで飛び上がろうとするカル。
何が何だかわからないとパニックになる彼女の前で
「みーつけた」
巨大な手が、彼を無造作に掴んだ。少女を繋いでいた手が離れ、彼女は地面に尻餅をつく。
「もー、探しちゃったじゃん」
「か、カル!!」
伸ばした手の先で、少年は苦しそうに顔を歪めた。
「に、逃げろ…!」
「そんなこと言ったって」
どうにかしようにも、右も左も草と土ばかり。
仮に武器があったとしても、この小さな体ではなにができるというのか。
「やだ…」
少女は震える。
「もう、夢なら覚めて…」
願いは虚しく巨人の手の中で少年は立ててはいけない音を立てた。
ゆっくりと、目の前に動かない体が落ちてきた。
「カル?」
わずかに、桃色の目があいた。
「カル!」
しかし、その目はどこも見ていない。
「お願いだ。みんなを…世界を…救ってくれ…」
それきり、少年は動かなくなった。
「は?」
次はお前の番だとばかりに、人間の手が伸びてくる
それが、ひどくスローモーションに感じられた。
「なによ、それ」
異世界に飛ばされて、可愛い男の子に助けられた。
特別な力を持ってますと言われて、それを守ろうとして誰かが死んだ。
何度、繰り返されたのだろうか。
彼女が読んできた、見てきた気軽な世界の中で幾度となく繰り返されたパターン。
(いい加減、飽き飽きするわ)
それがなぜ
(なのになんで)
ここまで重く彼女の心にのしかかってくるのだろうか。
初めて誰かが目の前で死んだからだろうか。
理解できないことが連続で起こったからだろうか。
(意味わかんない)
口が、勝手に動いていた。
「意味わかんないのよ。異世界転生とかなんであたしの身に降りかかんのよ。こんなのやりつくされたネタだっての。分かり切ってるじゃん。もっとふさわしい人がいるでしょ。あたしが主人公とか石投げられるわ。
あーもー!!本当に、いい加減にしてええええええええええええ!!!!!!」
バチンッと何かが弾けた音。
自覚があったかなかったか。
彼女の中で何かが爆発した。
それは、光となって周囲を包み
「うわ!?」
人間を軽々と吹っ飛ばしていた。
頭を抱えて彼女は叫ぶ。
「あたしは、関係ない世界で、関係ない人間がわちゃわちゃしてるのを操作して、見てるのが好きなだけなんだってば!!
マンガ好きが全員マンガ描くと思うなよ
小説好きでもこっちは読み専なのよ
ゲームは現実逃避の手段でしょうが
誰も望んでないのよ、こんな状況!!」
叫びは空気を震わせて、湖に波紋を作った。
波紋はぶつかり、波となりそしてやがて
「ちょ、キミ、それ、なに」
人間に言われて振り向けば
「きゃあああああ!!」
巨大な津波が彼女を飲み込んだ。