墓守 7
「聞かれたんですよ」
家に戻ってイスに座ったヒースは言った。
「お墓は、なにも埋めなくてもお墓になるのか、と」
「…なんて答えたの?」
「気持ちがこもっていればそれでいいと、答えました」
「そう…」
「落ち込んでいるんですか?」
「どうなんでしょうね」
フィーラは机の上に座りこんだままぼんやりと答える。
「カル、一度もあたしの目で気弱なところ見せたことないのよ。
あたしは文句言ったり泣きべそかいたりしてばっかりだったのに」
「悔しいんですか?」
「そうだったら、いいのにね」
全てを見せてほしいとか、見せたいとか、そんな絆があればまだよかったのかもしれない。
「でも、なんだかどうしようもない気分だわ」
「…きっと、伝えたかったんですよ」
「なにをよ」
「大丈夫だと、言うことをです」
ヒースはぼんやりと墓を見ている。
「心配しないでほしいと、伝えたくて笑っていたんじゃないんじゃないでしょうか」
「そんなの、わかんないわよ」
「そうですよね」
ヒースは頷く。
「伝えることほど、難しいことはないです。
あなたが、私が信じると言った理由に中々納得してくれなかったのと同じです。
信じてほしいのに、人はいつだって疑ってしまう」
「それは…だって…正直なだけじゃ生きていけないじゃない」
「そうですね」
あまりにもあっさり頷くヒースは無関心に見えて、フィーラは少しだけイラッとした。
ほとんど、八つ当たりのようなものだと自分では分かっていた。
「なによ、自分は正直者だって言いたいの?」
「どうでしょう?」
「こんなところにずっといるなら、嘘つく必要ないものね」
「さあ、どうなんでしょうね」
「なによ、他人事みたいに」
「…墓参りに来る人にね、たまに聞かれるんですよ」
「なにをよ」
「自分の身うちは安らかに眠っているか、と。
私は、はいと答えます」
「それは…」
ゾンビになって歩いているのに、安らかに眠ってるなんて
「ウソも良い所ね」
「はい。
だから、私の言うことは中々信じてもらえません」
「………」
「こんなこともありました」
ヒースはグラスに残っていた水を一口飲んだ。
「こんなところにいるなんて、つらくないのか。
外に出たいと思わないのか、と」
誰がとは、彼は言わなかった。
けれど、その人はおそらくヒースのことを案じてくれた数少ない1人だったのだろう。
「私は、そんなことはないと言いました。
そうしたら、その人は泣いてしまったんです」
嘘をつくなと言われた。
こんなところに一生縛られて幸せなはずはない。
けれど
「私は、人が言うほど哀れなんでしょうかね」
ヒースは不思議なことにそんなことを考えたことはなかった。
「墓という人生の終着点は、そこまで忌み嫌われるものなのでしょうか。
いつかは全員、そこに入る場所なのに。
私は、そんな場所が荒らされることのないように守りたい」
それが偽善でも、大切な人が眠る場所が汚れていていいと思う人はいない。
例え忘れられた人であっても、無下に扱ってほしいと思う人はいない。
だから、死体は土からはい出るのだ。
「忘れてほしくないと思う心は純粋です」
けれど、許される思いでもない。
「死人を思う心も純粋です」
それは生者だけが抱いていいもの。
「ただ思っているだけなのに、望まないまま醜い姿をさらして、出会えば傷つくでしょう」
生者と死者は本来は出会ってはいけない。
「それなら、私が止めるだけです。
生きている者にとっては終わったことにするために。
死んだ者にとっては終わりを伝えるために。
2つの境を守る仕事。
私がしているのは、そういうことです。
私は、それに誇りを持っている」
ヒースは妖精を見る。
「それでも、私は、哀れですか?」
妖精は答えられず俯いた。
一般的に見れば、哀れなのだろう。
何もしていないのに、勝手に未来を決められて蔑まれる。
「私は、それほど自由ではないのでしょうか」
では外の世界で生きる人間が自由かと言われれば
(あたしは、女神の都合でここに無理矢理連れてこられた)
そうではないこともあるだろう。
「他人の決めた価値観に、決められなくてはいけないのでしょうか」
この生き方を、彼は恨んでいない。
誇りに思っている。
それはまぎれもない事実で、そのことが妖精の胸をまた痛ませた。
「ヒースは、強いのね」
「…初めて、言われました。
この話をすると、どんな人も言うんです」
知らないから、そうやって納得させてるんだね。
かわいそう。
「妖精さんは、優しいですね」
「それこそ、初めて言われたわ」




