萌えダンジョン〜迷宮最深部にてかわいい魔人っ娘達による至上のおもてなし中〜
迷宮。それは世界中に無数に存在する魔物の巣窟。冒険者達は日銭を稼ぎ、栄光に名を刻むべく、その最深部を目指します。迷宮攻略の暁に手に入る莫大な富を求めて。
「はぁはぁ」
そしてここにも一人の少年冒険者がいました。満身創痍、風前の灯。退路を断たれた少年はその足を一歩、また一歩と前へと動かす。虚ろな目は絶望を捉え、それでもまだ動いているのは本能か。
仲間は失った。低級迷宮だと高を括ったのが過ちでした。少年の頭にはそればかりがよぎります。
「もう、終わりだな」
「いえ、ゴールでございます」
「え?」
誰もいないはずの最深部。未だ未踏破だからこそ挑んだはずが、何気なく漏らした一言に女性の声が返ってきました。
「ようこそライツェント迷宮最深部へ」
場に不釣り合いな女性の言葉を少年は途切れる意識の中に聞きました。
***
「メルちゃーん!」
「来ないでください変態さん」
幼女にはゴミを見るような目で拒絶され。
「ナーシャさーん!」
「忙しいのよぉ」
お姉さんにはやさしーく躱され。
「ミーナちゃん!」
「え、ええと、ごめんなさい」
真面目ちゃんから無意識フックをくらい。
「ユミちゃん!」
「仕事してください」
秘書ちゃんからも正論パンチをいただき。
「カリュ!」
「邪魔」
料理人ちゃんに心底めんどくさそうにされる一人の男。
この男こそがライツェント迷宮迷宮主ーー桐間白。好感度によって『キリマさん』や『キリマ』、『シロさん』や『シロ』、そして『クズ』や『変態』と様々に呼ばれる日本出身の少年です。
「はーいみんな集合ー」
シロの掛け声に魔人種の少女達が集まります。と言っても、総勢五人の少数人数ですが。
ふんわりとした金髪に鮮血の赤目を持つ、吸血鬼族の毒舌幼女ミア。
緩やかなうねりの薄い緑の髪に深緑の緑目を持つ、植物人族の優艶お姉さんナーシャ。
ピンクがかった黒髪に薄桜の桃目を持つ、夢魔族の真面目少女ミーナ。
青空で染めたような青髪に若葉の翠目を持つ、海人族の正論秘書ユミ。
濡れ羽色の黒髪に琥珀の橙目を持つ、黒森人族の寡黙料理人カリュ。
全員が揃い、シロは咳払いをして始めました。
「じゃあ朝の会議を始めるよ。ユミちゃんお願い」
「はい。今日はナーシャさんとミーナさんに生活用品の買い出しをしてもらいます。到達者の対応は私とメルさんで行います。カリュさんはいつも通り特製料理の調理を。……キリマさんは、とりあえず、邪魔をしないでください」
「ええ!? いつも通りみんなの『むふふ』なところを見てるよ」
「やめてください」
迷宮主がいなくとも、この迷宮はやっていけそうです。しかし、ここの迷宮主はシロ。迷宮のコンセプトや方針、最終的な運営を決定しているのはシロです。
「じゃあ今日もみんな『かわいく』頼むよ! 僕を(冒険者さん)を癒してね」
シロの本音と建前の入れ替わった言葉を聞くこともなく、各々が始業し出しました。シロの言葉は彼女たちにとって聞くに値しませんでしたが、その言葉通り仕事をするのが彼女たちです。
迷宮は魔人種が支配し魔物を生み出す異形の巣。冒険者達にとっては金の成る木です。それが人間種側の認識です。
一方魔人種にとって迷宮は成り上がるためのレースです。
感情の揺れ幅が大きい時に起こるエネルギー『シンカラ』を収集しそれを魔王に献上することで、本国で屋敷を持つ貴族になれます。しかし、三年間の献上量上位一位の迷宮から一人という狭き関門なのです。
そこで魔人種は死という恐怖を与えることで感情の揺れ幅を増大させ、収集しているのです。平民よりは安泰な貴族になるために。
しかし、ここライツェント迷宮は違います。死の恐怖による収集ではなく、萌えの幸福による収集を迷宮主であるシロは掲げているのです。
ただ、迷宮であるために魔物がいることは仕方がありません。それでもボス戦は極上のおもてなし。
部下は全員、美幼女美少女美人。戦闘力よりも容姿を追求した異色の迷宮と、ライバル迷宮からは称されています。
もっとも、どの人物も一癖二癖ある厄介者ですが。
それではそんな迷宮の、今日のおもてなしを見ていきましょう。
***
ライツェント迷宮最深部は他の迷宮のように戦闘を想定されていないので、分厚い扉を構えた部屋な内装は、日本のファミレスに近いものがあります。ですがここは迷宮最深部。辿り着く冒険者も少ないので、席の数はほんの数席です。
その代わりにサービス面であったり、施設は充実しています。落ち着きのあるシックな内装ですが、細かい部分まで拘られたインテリアがその証拠です。
そんな『おもてなしの間』に満身創痍で孤独に踏破した少年が寝かされていました。迷宮の底とは思えない水準の手当を施され、ユミの膝枕を受けているのです。
しかし、そろそろ目を覚ます頃でしょう。
「う、うぅん。ここ、は」
「目覚められましたか」
ぼやける視界のピントが合い、程よい膨らみの向こうにユミの顔を見る少年。その状況を理解するのに数秒を要し、理解すれば一瞬で顔が朱に染まります。
「……す、すいませっ!?」
「急に動いてはいけません。治療はしましたが、傷はまだ塞がっていないのですから」
「は、はい……」
痛む体を動かし状況を脱することも叶わず、少年は恥ずかしそうに動くことを諦めました。その間も漂う甘く優しい香りに照れは増していきます。
少年は雑念を払うためか話します。
「あの、ここは」
「迷宮の最深部ですよ」
「ここがですか!? ま、魔人種は? 迷宮最深部には魔人種がいると」
「ええ。ですから、わたしが魔人種です」
「……え?」
「ついでにそちらの子も」
「おはようお兄さん! わたしはメルだよ」
少年は驚愕からなのかそれとも絶望からなのか、メルを見ると固まってしまいました。いえ僅かに震えていますから、やはり恐怖から来ているものでしょう。
……もしかしたら、隠しきれない毒舌オーラを感じたのかもしれません。
そんな『獲物』を見つけたユミはふふっと笑い付け足しました。
「安心してください。私達があなたに危害を加えることはありません。でなければそこらへんに放っておけば勝手に死ぬか、魔物の餌になっていたのですから」
「そうだよ。わざわざ助けないもん」
「……」
たしかにそうだ、と少年は考えます。そもそもこの状況、少年が何かしても即刻殺されるのがオチです。
しかしだからといって疑念が拭えるわけでもなく、少年は問いかけます。
「なら、なんで俺を助けたんだ」
「私達は迷宮主の部下なのですが、その迷宮主が変わったお方でして。迷宮の魔物はともかく、この迷宮の魔人種には戦う命令など出ていないんです」
「……」
「まあ信じられないよねっ。でもねお兄さん、わたし達はお兄さんが外に戻れるまでおもてなしするよ。うーんと、ね」
「メルさんの言うとおりです。わたし達この迷宮の魔人は、冒険者様方をおもてなしするのが任務ですので」
ユミ達の言葉信じようが信じまいが少年に抗う術はないのですから、こうして厄介になるしかないのです。それが破滅への道だとしても……。
おもてなしが始まりました。
「いったッ!? 痛い!?」
「メルさん、少年を抑えつけてください」
「うん。お兄さん、がまんっ!」
「痛い痛い!?」
破滅への道を辿っているのではなく、ただ単に特性の薬を塗り込まれているだけです。傷口に容赦なく塗っていくユミは無表情で、暴れる少年を抑えつけるメルは笑顔です。
少年はたしかにこの無慈悲さと筋力は魔人種なのだと、納得していました。もっとも、あまりの激痛にその思考も一瞬で吹き飛びましたが。
「お兄ーさん」
「ちょ、飯食ってるから」
「なら私が食べさせて差し上げましょう」
「いやいや」
「はいあーん」
「ふぐっ!?」
特性薬で起き上がれるようになった少年は出された料理を食べています。疲弊した体を治すには良質な食事が必要ですから。
そこに抱きつくメルは妹のようで、甲斐甲斐しく世話を焼くユミは姉のよう。
食事をして心に幾分か余裕の生まれた少年は、そんな二人に少しずつ心が傾いていきます。
少しずつ、少しずつ。少年の心を支配していくのです。
***
「うーらーやーまーしーいー!!」
『おもてなしの間』の奥。つまりシロ達の居住区兼裏方スペース。そこでは『おもてなしの間』をモニタリングしているシロが、イチャイチャしている三人を見て駄々っていました。
そんなシロを横目に料理をしているのはカリュです。彼女は無言で腕を振るいます。
「ねぇねぇカリュ。もう料理終わるでしょ。そしたら僕を甘やかしてーー」
「……」
「くれなくてもいいので、薬の制作頑張ってね!?」
無言で包丁を向けられたシロは冷や汗ダラダラで慌てて言葉を変えました。カリュはまた無言で料理ーーといっても残るのはデザートの盛り付けだけですーーに戻りました。
「カリュさん、取りに来たです」
弾ける笑顔のおもてなし妹モードをオフにメルが裏方に入って来ました。
「メルちゃん大丈夫あの男に変なことされてない?」
「今目の前の変態にされるです」
「へ、変態だなんて。たしかにメルちゃんに罵られるとゾクゾクしちゃうけど……」
「ひぃっ!?」
恍惚とした表情で幼女に迫る変態迷宮主。通報待ったなしの光景はいつものことですが、これにはメルも引きます。超引きます。
「メルこれ。もう出来たから」
「あ、ありがとうございます。……変態は死ね」
「はうんっ!!」
メルの去り際の一言で身悶えるシロへ再び包丁が向けられました。
「いい加減……」
「待った待った。ホント洒落にならないからそれは。僕は普通の人間なんだからね!?」
「変態は死なない」
「変態だけ生態が違うなんてないから!」
「じゃあ、どんまい」
「そんな投げやりな励まし初めてだよ!」
「励まされるのが初めて?」
「反論出来ないからやめて!?」
時折放たれる天然発言にはさすがのシロも手を焼くようです。変態には天然をぶつける。それがこの迷宮の共通認識です。
「あらあら。今日も二人は仲がいいのねぇ」
「あ、お帰りなさいナーシャさん。ミーナちゃんもお疲れ様」
「はい。今帰りました」
買い出し組の二人です。それぞれ両手には大量の荷物がありますが、メルに違わずどこからそんな力が……といった量の荷物です。比較的筋力に劣る二人ですが、それでもその量です。
二人は買ってきたものを片付けると、シロと同じように椅子に腰掛けました。カリュが入れたお茶を口にし、ナーシャが聞きます。
「おもてなしの方はどうですかぁ」
「順調順調。僕もおもてなしをして欲しいくらい」
「カリュさんどうでした?」
「ん、順調」
「さすがはメルとユミちゃんよねぇ」
「いやいや。ナーシャさんのその立派なお山は無敵ですよ」
スルーされてもめげないシロはナチュラルにセクハラをします。が、この迷宮では日常茶飯事だからかその対応も慣れたものです。
「触ります?」
ナーシャはライツェント迷宮一のお胸を組んだ胸で強調し、シロを挑発するように揺らします。その揺れ以上に目はぐらつき、心が倒壊しそうになるシロは、
「マジですか!?」
と馬鹿正直に、キョンシーの如く手を突き出し、しかし動きは疾風のようにナーシャの胸に迫ります。両手で掴むのもいっぱいっぱいのおっぱいはシロのほんの数ミリ先です。
しかし、
「ぐぎゃっ!?」
突如として数十本もの蔓がシロの体を絡めとりました。よってシロは自分の勢いで締め付けることになり、どこから出たかもわからない音を発しました。
少年ではありませんが、自分の置かれた状況を確認したシロは顔を決めました。
「緊縛プレイですかナーシャさんッ!? 痛い痛い痛い!! ギブ、ギブですから……!」
「そうですのぉ?」
植物を自在に操る植物人族のナーシャは、シロを拘束していた蔓を解き元に戻しました。落とされ呻くシロを心配してミーナは膝をつきます。
「だ、大丈夫ですか?」
「うぅ、優しいのはミーナちゃんだけだよ!」
シロはミーナへと抱きつきます。露出度の低いミーナの服ですが、しかし、確かに肌色は見えています。ミーナは慌てて、
「あ、今わたしに触れたら……」
そんな忠告がゼロ距離のシロに間に合うわけも、そもそも受け入れられるわけもなく、シロの肌がミーナの肌へと触れてしまいます。その瞬間甘ったるい匂いがミーナを包み込み、どこか火照ったように股をモジモジさせます。
「はな、れて、ください……。シロさん」
「えぇ? いいのよいいのよ。このまま僕を襲っちゃってくださいっ。本望です!」
「いやぁあ。ダメ……」
夢魔族であるミーナは定期的に発情期が訪れたます。が、根っからの真面目で純粋可憐なミーナはえっちぃことが苦手です。なので発情期には精神力で性欲を抑え込みます。
しかし、それでも異性の肌が触れてしまうとたちまちダムは決壊し、性欲の大洪水が引き起こされてしまいます。その時のミーナの淫乱ぶりは夢魔族でも随一と言われ、正気に戻ったときにミーナを辱めるのです。セルフサービスのように。
「本当に、もう、ダメ……。ごめんなさい!」
「あ」
緊急事態ということでミーナは最終手段を使います。それは夢魔族が得意とする夢魔法。本来は夜這いを仕掛けるのに使われる魔法を、相手をただ眠らせる魔法へとグレードダウンさせて使っているのです。
もっとも、性的な夢を見させるという特性は消えることなく作用しているために、シロは今、夢の中でむふふな展開を堪能しています。
「ミーナしゃん……げふふ」
「はあはあ」
「これ」
「あ、ありがとうございます」
カリュに渡された抑制剤を飲みようやく落ち着き始めるミーナは、汗ばんだ体と乱れた衣服を見て、羞恥の赤に染まります。
「……着替えてきます。シロさんはそのうち起きると、思うので、その、よろしくお願いします」
「えぇ。休んできてミーナ」
風呂場に向かうミーナを見送り傍で夢を見るシロを放置したナーシャは、カリュと二人モニタリングされているおもてなしを見ます。そしてどうやら動きがあったようで、カリュは満足気にします。……表情の変化が乏しいことに変わりはありませんが。
「カリュさんの料理は流石よねぇ」
「ん」
ふふふと笑うナーシャに相変わらずのカリュ。薄暗い部屋に二人が揃うと、怪しさこの上ない光景がそこには広がりました。
***
『おもてなしの間』。出された料理を食べ切った少年は、驚くべき現象に襲われていました。
「な、な、これは……」
最後に運ばれてきた料理を食べ切った途端、少年の体中にあった傷の全てが、目に見える速さで回復していったのです。元から傷などなかったように、小さな傷一つもなく。
「特製の料理だよー」
「はい。特製の料理です」
驚く少年に対してメルとユミの二人は至って普通でした。その効能がごく当たり前のように、『特製の料理』の一言でその効能を言い表します。
黒森人種。信仰する神が違うという理由で白森人種と袂を分けた種族。魔法の行使が得意な白森人種に対して、黒森人種は魔法薬の製作を得意としており、カリュももちろん扱える。
そしてカリュの唯一と言える部分は、一般では高位回復薬と呼ばれる高級回復薬の効能すら、料理で再現するところにある。もちろんその一種だけではなく様々な魔法薬の効能を再現出来るし、毒物の精製も可能だ。
そんな魔法薬料理のスペシャリストであるカリュが作った料理を食べた少年が、回復しないわけがなかった。
「それで、どうするの? 帰る?しばらくここにいる?」
「え……」
唐突な質問。当たり前の事でした。少年は冒険者であり、本来の目的は迷宮の踏破。しかしそれには目の前にいる恩人二人を倒す必要がありますが、良心の呵責を感じてもいます。
何よりも、もう少しこの甘い甘い蜜に浸っていたい思いがありました。
心は傾き始めまずがしかし、
「お、俺は……?」
少年を突然の睡魔が襲いました。
「これは……」
「おやすみなさい。そして、さようなら」
「バイバイお兄さん」
「なん、で……?」
少年の目蓋は落ち切り、確かな寝息だけが聞こえます。カリュの作った料理には回復効果もありましたが、催眠効果と忘却効果もあったのです。これで少年が目覚めた時には、全てを綺麗さっぱり忘れていることでしょう。
メルとユミの二人は少年は雑に寝転がせると、ようやく肩の荷が下りたのか深く息を吐きました。
「では、外に放りに行きますか」
「わたしが荷車を持ってくるです、ユミさん」
「お願いします」
メルが取りに出ると、素敵な夢を見ていたはずのシロが入ってきました。
「お疲れさまユミちゃん」
「キリマさんですか。収穫はどうでしたか? 今回はかなり稼げたと思いますが」
「うんうん。かわいかったよ。やっぱりユミちゃんとメルちゃんの組み合わせは姉妹っぽくていいよね」
「あの、収穫は……」
「萌えた、萌えたよ!」
「収穫は?」
「ひぃ!?」
質問に答えないシロに痺れを切らしたユミは、海人族が得意とする水魔法をシロの顔面の横スレスレに穿ちました。もちろん、まだまだ水の弾丸のストックがあることをちらつかせながら。
「凄い量だった。この調子なら次の定期報告会でも上位に食い込めると思うよ」
「そうですか。私は記録雑務に入るのでーー」
「持ってきました」
「あの荷車でそこの人間を外にお願いします」
どうせやることないですよね、とシロに仕事が与えられました。
***
ライツェント迷宮は洞窟の迷宮。山の麓に入り口を構え、そこからアリの巣状に広がっています。最深部から外までは上り坂も少なく、比較的楽な道だけで済みます。しかし、日頃から運動をしないシロにとってはそうもいきません。
途中見かける魔物は迷宮主にしたらペットも同然であり、襲われることもなく、ただ疲弊をしつつも進みます。
「クソゥ。どうせ運ぶなら美少女か美女がいいのに……。野郎は重いし、やる気が出ない」
ぼやきながらもようやく出口の光をその目に捉えました。あと一息と気合を入れ直し、荷物(少年)など気にもせず雑に荷車を引きました。
そして、久しぶりに外の空気を吸う引きこもりの迷宮主は、荷車を傾けて少年を放り捨てました。死体遺棄にみえます。
「フィンル様だ! フィンル様がいたぞ!」
「本当か!?」
一人の男が叫びました。少年でも、シロでもありません。ガチガチの装備に身を固め、歴戦の傷を蓄えた無精髭の男です。それに呼応するかのように続々と人が集まって来ました。
見ればわかりますが、どう見ても少年ーーフィンルを探しに来た集団です。ものすごく指を指していますし。
(うーん。これ、フィンル様って奴はこれ? ……ヤバいなぁ。側から見たらヤバい場面だよなぁ)
シロに冷や汗が浮かびます。
(というかたかが冒険者の捜索にこんな集まる? いや、様付してたし、お偉いご家庭のボンボンくんか。……今思えばたしかに、剥ぎ取っておいた装備、全部装飾も綺麗で高そうだった気がするな)
現実逃避気味に脳内独り言を続けます。
(あー。なんかマズイですねーこれ。仇のような目で、取り囲んできてるし。暴力反対! 囲むなら美少女にしてくれよぉ。ガチムチのおっさんとかやだよぉ)
しかし、そんなことしているうちに逃げ場など無くなります。もっとも、運動能力皆無のシロが逃げ切れるわけがないのですが。
「そのお方を返せ! 我らが王子、フィンル様だぞ!」
フィンルは王子でした。シロもまた納得します。
(だから夜中に来たのね。城を抜け出して。めんどくさいことすんなよぉ)
シロはげしげしと見えないように軽く蹴りました。
「ま、まあまあ。全然構いませんよ。こうして助けたのですから」
「嘘つけ! 装備がなくなっているのはどういう事だ!」
「ぐっ!」
思わぬ指摘にシロは詰まります。というか、小遣い稼ぎのつもりで剥ぎ取ったらこうなるとか予想できないだろうと、憤慨しています。もちろん自業自得ですが。
「この盗っ人めが! 大人しく降伏しろ!」
ジリジリと包囲網がシロを追い詰めてます。美少女ハーレムを夢見るシロがおっさんサークルに迫られているのです。精神的ダメージの方が大きいのか、シロは恨み辛みを呪詛のように呟いています。
(こうなったらこいつを人質にとって、ついでに辱めて、なんとか迷宮の中まで引き返すしか……)
汚い手を使ってでものクズ野郎は、それでもフィンルに手を伸ばすか迷いました。クズ野郎はクズ野郎なりに考えていたからです。
ここは迷宮前。ならば、その異変を察知することが出来る人材がいると。
「変態さんでも、わたしたちの上司ですからね。感謝してください」
それは虚空より現れました。金糸の髪は陽の光を受けより一層の輝きを持ち、闇夜すら貫く赤い瞳がその場を支配します。
恐怖の権化。最強種族。夜の支配者。
吸血鬼族のメルが降り立ったのです。
「メ、メルちゃぁん! ごわがっだよぉぉぉ!!」
「くっつかないでください。変態がうつります」
情けなくすがりつくシロを容赦なく踏みつけるメルは、ギロリと周囲を見渡しました。そして一気に魔力を解放し威圧します。
「変態さんが死ぬのは構いませんが、残念なことにまだ必要なので回収させていただきます」
「何をーー」
「今回ここで見たことも忘れてください」
メルのその言葉が合図だったように、あたり一帯に睡眠薬と忘却薬の霧が撒かれました。
「行きますよ」
吸血鬼族のメルはともかく、人間種のシロが霧を吸っては自滅になってしまいます。メルはシロの襟を掴むとその脚力で一気に迷宮内へと逃げ込みました。
首を絞められる形になったシロは咳き込み、しかしそれをご褒美と受けとりメルに抱きつこうとしました。そこで、もう一人いることに気がつきます。
「無事?」
「カリュ。ありがとうね」
「ん」
薬の霧を作り出したカリュは無愛想にも短い言葉で応えます。それはメルも同様で、シロの安否を確認すると一人最深部へと向けて歩きだしました。
「あとは自分で歩いてください変態さん」
「ん」
「えぇぇ……。引きずってくれてもいいんだよ?」
「摩り下ろすことになりますよ」
「酷い!?」
***
ここはライツェント迷宮。武よりも萌えを重んじ、恐怖より極楽を与える迷宮。
魔人種のとっても強くて素敵な女の子達があなたの踏破をお待ちしています。
お読みくださりありがとうございます!