SSー4-2.
コンビニにゆきさんはまだ来ていなかった。いつもより少し早かっただろうか。雑誌コーナーから窓ガラスに目をやった。外を歩いている人の吐き出す息は、もう白くなかった。
もうすぐ春だ。春になったら、友達との遠出はもちろん、ゆきさんともお花見とかしたいな。それは、叶うのだろうか。もし、今日、拒否をされたらそれはきっと叶わない。
自動ドアが開く音がした。会いたかった姿が目に飛び込んできた。
『お待たせ』
『ゆきさん』
『結構待たせたかな』
『いえ。私もさっき来たばかりなので』
『そう。じゃあさっそくおでんでも、見ますかね』
『あ……』
そうだ。それが約束だったもんね。
『買って、駅ビル広場で一緒に食べようか。時間は大丈夫?』
『え!』
『なに?』
『いいえ! 時間は平気ですよ!』
我ながら現金である。その一言で一喜一憂しているのだから。おでんは何食べます? 餅巾着は外せないでしょ、なんて会話をしながら結局、大根、ごぼう巻き、たまご、はんぺん……ここぞとばかりに買い込んで、私達はコンビニを後にした。
コンビニから数分歩いた所に駅ビル広場がある。昼間は会社員やOLがお昼を食べている場所だ。私達は空いているベンチに腰かけて、おでんの蓋を開ける。ふありと美味しそうな匂い。いただきます、律さんが大根にかぶりついていた。そうして食しながら徐に、ゆきさんが言葉を漏らした。
『ねぇ、澤白さん』
『はい?』
『今日は本当に俺におでんを奢るためだけに呼び出したの?』
それは、私にとって答えづらい質問だった。だって答えは否だから。おでんなんて口実だからだ。でもその問いに答えるには、私が本当に望んでいる事を口にしなければならない。ごくりと唾を飲み込んで、慎重に言葉を選んだ。
『あの、実はですね』
『うん?』
『本当は……あ、いやもちろん。おでんを奢るつもりもありました。でも、本当はそれだけじゃなかったんです』
『ふぅん?』
『私、こうしてゆきさんとお知り合いになれて、とても嬉しく思ってます』
『……』
『助けて頂いた恩も、決して忘れたくありません』
『……そう』
『それで、その。私達って会おうと思わなければ一瞬で切れる関係じゃないですか』
『そうだね。俺は君の名前と人柄しか知らない』
私だって、そう。
『だから、その、いつ会えるか分からないような不安定な関係じゃなくて。その』
バッと顔を上げて、その双眸を見つめる。
『会いたいと思った時に、ゆきさんに連絡をしたいです』
それが私の正直な気持ちだった。好き、とか気になる、とか。そういうのを抜きにして、ただ律さんに会いたい時に会えたら嬉しい。私の素直な気持ちが、どうかこの人に伝わったら良い。
『参ったね……』
『え?』
『スマホ出して』
『え? あ、はい』
『本当に同じ機種で色だね』
『私も驚きましたよ』
『えーと……はい。じゃあそういう事で』
そこには、メッセージアプリに追加された名前があった。
『会いたい時に会えるとは限らないよ?』
『……はい』
『でもこれで俺達は、不安定な関係じゃなくなるわけだ』
『っ、はい!』
『これもなにかの縁だからね、これからもよろしく澤白さん』
かくして私の中で雪 律という人間が確立されたのだ。友達というには壁があって、知り合いというには親しい気がする。関係性はまだ曖昧なままだった。