SSー31.重ね合わせるブルースター
カーテンを一緒に見に行こう、と言われたのは誕生日の前日だった。誕生日の日はもちろん一緒に過ごす予定なのだが、前日も律さんにお時間を頂けるだなんて思っていなかった。
しかし、なんでカーテンなんだろう。
「近々、引っ越そうと思っていてね」
「そうなんですか?」
「ああ。そろそろ借りてるマンションの契約も終わるし。引っ越しついでに、カーテンを新しくしようと」
「そうだったんですね」
「ん。藤花ちゃんは今住んでいる所は長いの?」
「私は三年目ですね。契約は来年で切れますが」
「そう。今の場所、気に入ってる?」
「ん……まあ、そうですね。他に良き所があればとも思いますが、今の所は家賃の割に使い勝手良いですし」
「ふーん。藤花ちゃんは住む場所を選ぶ時、なにを重視する?」
「そうですね……私は駅に近い事、ですかね」
「そう」
「はい。あっ、律さんこのカーテンは?」
「あぁ、うん」
私が若草色のカーテンを指差すと、うん、とは返事をしていても心ここに在らずな状態だった。私の話、聞いているのだろうか。
「律さん? 聞いてます?」
「聞いてるよ。良い色だね。藤花ちゃんの好きな色で良いよ」
「私の?」
「カーテンにこだわりないし。藤花ちゃんの好きな色で」
それに引っ越したらうちに来るでしょ? と言われて、お家に招待してくれるんだと心は舞い上がった。沢山ある中から結局は決められなくて、カタログだけ貰って要検討となった。
それからキッチン用品も見に行こうかと誘われた。
なにが欲しい? うちにはフライパン一つと菜箸しかないからね、藤花ちゃん料理するでしょと言われて首を傾げた。
「あの。そんな私が必要な物ばかりで。律さんはなにか必要な物はないんですか?」
「俺? フライパンがあれば良いから」
「フライパン一つで、なんでも作れるのが凄いですよ」
「なんでもじゃないよ。最低限の物だけ」
「……私、律さんの家でご飯作っても良いんですか?」
「むしろそれを期待してるんだけど」
顔を覗き込まれて、律さんの綺麗なお顔がドアップになった。ずるい、そういう顔に弱いと知っていて分かってやっているのだから質が悪い。
「家に帰ってきて、藤花がいてくれたらいいんだけどね」
「そうやって、私を喜ばせてもなにも出しませんよ」
「ん。その顔で十分」
律さんの家にお邪魔して、貰ってきたカタログを机に置く。しかし……こう改めて見ると、律さんって部屋に物があまりない。ソファと机とテレビ。寝室にはベッド。こちらも必要最低限の物なのだろうか。
「藤花ちゃん、どうかした?」
「あ、いえ。ところで律さん。どんな部屋に住む予定なんですか?」
「そうだね……それなりに広い部屋。あと、キッチンが対面だと嬉しいよね?」
「わぁ、対面。憧れますね」
「ん。じゃあキッチンは対面にしようかな」
「なんか家を買う、みたいな話ですね」
「さすがに買うのはまだ早いかな」
そうなのか。なんか観月さんが家持ってたし、律さんが家を持っててもおかしくないのに、とは思った。
「なに難しい顔してるの?」
「いえ」
「はい、ココア。コーヒーと混ぜてちょっと苦めにしたよ」
「わ、ありがとうございます」
「それで。また何を考えているのかな」
ソファが沈む。隣に、律さんの重みが加わる。難しい事は考えていない。ただ、知りたくなっただけだ。
「律さんは何で引っ越すのかな、と考えていただけです」
「言ったでしょ。このマンションの契約がじきに終わるから。せっかくだし、新しい所に住もうかと思って」
「それだけ?」
「……」
「それだけですか?」
律さんは私の目をじっと見つめる。どうしてだか、理由が他にもある気がしてならない。
「それが、大きな理由」
「という事は別の理由も、お有りですね?」
「ん……まあ。それは後で話すよ。ちゃんと」
律さんにしては、歯切れが悪く、しかし誤魔化さずに話すと言ってくれた。少しずつではあるが、私と律さんの間の見えない壁がなくなっているような気がして、そっと胸に手を当てた。




