SSー30-2.
「あの、こんな所で話さなくても良いのではないでしょうか」
「だって、この方が早いでしょ。どっちにしても、二人で入るわけだし」
「一緒に入るんですか?」
「その方が早いでしょ」
「いやいや」
なにをさらりと言っているんだか! っていうか、ダメでしょ! いやダメではないんだけど……いや、やっぱりダメだ。恥ずかしい。
「恥ずかしいの? ホントそういう所、ツボを押さえてるよね」
「押さえてませんよ!」
「誘ってる?」
「誘ってません!」
なににハマったのか、すごく楽しそうに笑い出す。全然楽しくないですよ、爆笑ポイントでもないですよ。それでも律さんは、はいはいじゃあジャンケンね、と言ってグー出すからねと言ってくる。
「ずるいですよ! 心理作戦なんて」
「俺は嘘はつかないよ。だから、グーを出すよ」
「む」
「だから、ね? 勝ったら藤花ちゃんの好きにして良いからさ」
ね? と言われて口をへの字に曲げる。ここで、例えば私がここでもし、パーを出せば律さんを信じた事になるが勝てる可能性は不明だ。もしチョキを出せば律さんを信じなかった事になり勝率も不明。いずれにしても、勝率は不明、一番良い出し方も分からない。グーを出すのが無難かと思われるが、わざわざあいこにするという事は、やはりそれは律さんの言葉を信じなかったという、非常に不名誉な勲章を与えられる。ならば。
「本当に素直だね」
「や、やった。勝った!」
私はパーを出して、律さんはグーを出した。
「分かったよ。無理強いは嫌だしね。藤花ちゃんのお望みのままに。残念だけど、ここを出ていけば良いかな?」
「……」
「藤花ちゃん?」
「私の、好きにして良いんですよね?」
じっ、と律さんを見つめ返せば少し困ったように、ん、と返事をされた。
「なら。私が良いっていうまで、動かないで下さいね」
体格差約二十数センチ。律さんの着ているワイシャツのボタンに手をかける二、三個外した。
「……」
「動かないで下さいね」
「自分が何してるか、分かってる?」
「わ、分かってます」
「そう。じゃあ続けて」
律さんの首筋が見えて、顔に熱が集まる。うわぁ……これは、ダメなやつ。色気がダメなやつ。
「手、震えてる。大丈夫?」
「は、はい。だいじょぶですよ」
「そう。で? 俺は動いちゃダメなんだよね?」
「はい。そのままで、いて下さい」
「……」
も、もう少し外していいかな。なんか、変態みたいだが、私、律さんに変に思われていないだろうか。ちらりとその顔を覗き込めば、何故かへの字で私を見つめ返している。
ぷちり、もう一つボタンを外す。
「あの、ですね。私がこれからする事、許して欲しいのですが」
「ん」
「でも、嫌だったら拒否、して下さいね……?」
「……」
律さんは何も言わない。無言でいられるのも居た堪れないのですが。相変わらず口をへの字である。さっきはあんなに笑っていたのに。やっぱりやめた方がいいかな、と。掴んでいたワイシャツから手を離すと、律さんがそれを制した。
「やめるの?」
「えっ、と」
「やめても良いけど。そしたら、さっきの動かないで、って言ってたやつ。あれは無効になるから」
「は、はい……?」
「分かってる?」
律さんがしっかりと、私の手を握り、そしてワイシャツを掴ませる。
「無効になったら、なに仕出かすか分からないって言ってるの」
「は」
「ちゃんと、手綱握ってて」
そう言ってさっきより距離が詰まる。律さんがさらに近くなる。どうして、そんな。
「藤花」
熱に浮かされたような瞳をしている。目が潤んでいる。珍しい律さんの姿に、息を呑む。
「続き、して?」
いつまでもワイシャツが前開きのままでは、風邪をひいてしまう。さっさと目的だった事をすませて、お風呂に入ってもらわねば。
「律さん、あの、本当。嫌だったら逃げて下さいね」
「……」
「その。失礼します」
その綺麗な首筋に、自分の顔を埋める。気持ちやや下の辺りに。ほんのりと肌の匂いがした。嫌なものではなく、私を安心させるもの。律さんの香り。そっと、唇を少し開いて吸い付く。たぶん、なかなか付かない。だから二、三回に分けて出来るだけ強く吸ってみた。ちゅ、という音が何回か響いてしまって、ひぃ、と思ったけど見てみれば赤く、ちゃんと付いていた。
「あの、その。失礼しました」
「……これ」
「その。私も一度は付けてみたい願望がありまして。本当、嫌だったらごめんなさい。でも、律さん逃げなかったから……」
「あのさ」
やや低めの声が響いた。
「これ。藤花のって証だね」
「恥ずかしながら、はい」
「もっと付けて良いよ」
「え?」
「好きなだけ、藤花の証付けて」
そしたらね、と。
「俺も付ける」
「は」
「多分、これ以上に付ける。悪いけど、こんな事されて冷静でいられるわけないだろ」
「あの。律さ」
「早く」
性急に、強請るような声音。そして、私も冷静ではいられなかった。結構体力を使うなと思いながらも、きっとそれが嫌ではなかった。自分で付けた初めての証に、達成感すらある。それから二、三箇所追加で付けておけば、次は律さんのターン。
「こういう事してると、背徳感に苛まれるよね」
「背徳感?」
「こう、してはいけない事をしてる気分」
「してはいけない事ではないですよ」
「そうだね。藤花が許してくれてる」
「私を好きにして良いのは律さんの特権です」
「それは凄い。藤花ちゃんが許してくれるなら、なんでも出来る気がする」
「ん……ちょ、それは。捲り過ぎでは?」
「そう? じゃあ、ここからはお風呂でしようか」
「諦めてなかったのですね」
「もちろん。藤花ちゃんに選ばせてあげる。先か、後か」
それは勿論、お風呂場の扉をくぐる順番である。さてどちらが先かの話だが、結局のところ、羞恥心は変わらないので先に私が入って律さんをお待ちする事になった。
じゃれあって付け合った証は、当分消える事がないほどの物だった。ちょっとやり過ぎたかな、律さんが、と思うくらいにはあちこち付いていたのである。




