SSー30.水無月の花嫁ブーケ
はっきり言って、これはいかんと思った。さっき聞いた律さんの言葉に舞い上がり、体温は上昇、目の前が歪んで視界が揺れる。人って嬉しい時に涙が出るというけど本当なんだと思った。律さんにその言葉を貰って、これは嘘じゃないからねと言われて私はただ無言で頷いた。私だって、好きより大好きより愛してますよ、恋愛中毒ですよ、なんて言葉は出て来なくて、首を縦に振るだけの人と化していた。
そして律さんが、コンビニでなにか買おうかと誘ってくれて、二人で新発売のホットスナックを買った。それからコンビニのおにぎり、豚汁。お手軽で美味しさお墨付きのヤツだ。好き。
食べたい物を買ってコンビニを出ると、律さんが家まで送るよ、と言ってくれた。うん? と首を傾げる。いや、マンションまで送ってくれるのは良いのだが、 お部屋には上がらないのだろうか、と。疑問に思う。
そうして、マンションに到着した。律さんがじゃあ暖かくして寝なさいね、と言って立ち去ろうとしたから私は彼の手を掴んで尋ねたのだった。
「このまま、帰っちゃうんですか……?」
疑問を投げかけただけなのに。そこからは急展開。
律さんの親指で頰を撫でられ、じゃあ部屋連れてって、と言われて。あぁ、やっぱり来てくれるんだと思ってホッとしたのだ。
部屋の鍵を解除。パタン、カチャン。
部屋に入った途端に、扉の内側の壁に押し付けられて奪うような口付けを落とされた。
律さんにしては、性急な。そして余裕がないキスのようだった。だから、これはいかんと思ったのだ。
「んんぅ……!」
「はっ、藤花」
「り、律……さ」
「いいよ。呼び捨てて。ん」
「うぅ……あ」
「もっと。そう、そのくらい。口開けてて」
顔が爆発甚だしい。なんて事を言うんだ。落とされ、暴かれ、奪われる。私の中から理性という壁は崩れ去っていく。崩れた中に残っているのは、好きという感情だけだ。
「ん……甘」
「ま、前にも言いましたが、甘くないです」
「甘いよ。藤花ちゃんといると、デザートいらないなぁといつも思ってる」
「嘘だ。言い過ぎです」
「本当」
お互いで睨めっこして、互いに吹き出す。なんだこれ、確かに甘かった。
「こんな所でごめんね? 買ってきたの食べようか」
「はい」
リビングに移動して遅めの夕食をとる。出来合いの物だったが、美味しかった。新発売のホットスナックも美味しかったし、うん。これはまた買いだな。ご馳走さまをして、ゴミを片しているとふと気になった。そういえば律さんの寝巻きないなぁ。泊まっていくよね? 大きめのシャツあったっけ? たしかこの辺に。
「律さん。寝巻きありませんけど、良かったらこのシャツ着て下さい」
「……これは?」
「男物ですが、小さいですか?」
「ん……でも着れなくないから。それより、これは?」
「はい?」
「誰のシャツ?」
誰のシャツだっけ? 弟のだったかな。小さくなったからあげるよ、と言われて貰ったのだが私にとっては充分大きかったものだ。そして、律さんにとっては少し窮屈そうなシャツである。
「弟です。バスケやってたから、サイズは大きめかなと思ったんですが」
「ふーん。弟いるんだ」
「はい。いい子ですよ、純情で」
「藤花ちゃんに言われるとはね」
「どういう意味ですか」
私が口をへの字にすると、律さんは、いや、と。首を振った。そして、律さんが弟のシャツを見つめる。柄でも気に入らなかったか。でも、それは、我慢して頂かないと。
「藤花ちゃん」
「はい」
「これ着る前に、お風呂、入りたいんだけど」
「あぁ。お風呂ですか、ちょっと待ってて下さいね」
「どっち?」
「はい?」
「藤花ちゃんが先? それとも俺が先の方がいい?」
「……なんの話でしょうか」
律さんは私の手を引くと、そのまま脱衣所に連れて行く。そして、さも当然のように言ってのけた。
「もちろん、お風呂の入る順番だけど?」
お風呂の入る順番をここで話す必要は、あるのでしょうか。




