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秘密をあばけ  作者: omi
誓いは貴方とここで編
41/46

SSー29-2.


ふと、目が覚めて天井を見つめた。部屋が暗い。どれくらい、寝ていたのだろうか。

家に帰ってきて、喉が渇いていたからお水を一杯煽った。お腹は空いていなかったから、そのままベッドに入ったのだ。


壁掛けの時計を見れば、夜の八時。帰ってきて三時間くらい経ってる。これはまた、夜眠れないパターンだ、と。のそりと起き上がった。


さて夜ご飯どうしよう。冷蔵庫を開けたが、ほぼなにもなかった。牛乳と油揚げ、麦茶。うーん、今日はコンビニでなにか見繕ってこようかな。

部屋着からジーパンとシャツ、カーディガンを羽織って財布を持つ。春とはいえ、まだ夜は少し肌寒い。もう少し、暖かくなれば良いのに。


最近のコンビニはこのくらいの季節でも、おでんが販売している事がある。律さんと出会った例のコンビニも、この間まで販売していたが、まだ売っているだろうか。売ってなければ、無難にパスタかグラタンにしようかな。あぁそういえば、季節限定の味が出てるアイスも食べたいな。

そうこう考えてる内に、コンビニに着く。と、同時に逃げ出したくなった。


コンビニの前に、スマホをいじる律さんを発見したからだ。この偶然、久しぶりだな。しかし、今は顔を合わせたくない。というか、合わせる顔がないというか……。なぜって? それはそうだ。だって私は醜い顔をしている。観月さんは嫉妬は醜いだけじゃないと言っていたけど、私にはどうしても醜く感じてしまうのだ。


そろりと後ろを向いて、違うコンビニに行こうと踵を返す。しかし。


「なにしてるのかな?」


それは不可能だった。スマホから顔を逸らさず、こちらに話しかけてくる。ーー気付かれてしまった。


「り、律さん」

「久しぶり。桜の写真、ありがとね」

「い、いえ」


数歩、後ずさるが一歩近付かれる。


「それより、いきなり踵を返していたようだけど、なにかあった?」

「いいえ。なんでもありませんとも」

「そう? コンビニに用事があったんだよね」

「あぁ……はい。あの、夜ご飯を、ですね」

「夜ご飯?」

「食べていなくて……コンビニで済まそうかと」


そう言った途端、律さんが不思議そうにこちらに尋ねた。


「珍しいね。食欲旺盛な藤花ちゃんが食事まだなんて」

「失礼ですよ。家に帰って、疲れて寝てたんです」

「あぁ。通りで。電話繋がらないわけだ」


スマホをちらりと見れば、着信はないみたいだったが。電源ボタンを押せば、黒い画面でバッテリー切れの表示。なんと、まさかバッテリー切れとは思わなかった。


「律さん」

「なに?」

「山名さんには会えましたか?」

「……」

「律さん?」


私が尋ねた事がそんなに意外だったのだろうか。彼はなにも言わずに、ただ私を見返した。そして。


「会えたよ。足の怪我はそんなに重傷じゃなかった」

「良かったです」

「……」

「私じゃあまりお役には立てませんでしたし……律さんがいて良かっ」

「本当にそう思ってる?」


真剣な眼差しがこちらに向く。


「藤花はそれでいいの?」

「いい……?」

「こんな事でなにか間違いが起きたりはしないけど。けど、それを無関心でいられるのも、面白くないよね」

「……無関心?」


なにを言っているのだ。無関心? そんなわけないでしょうが。本当は行かせたくなかったし、彼女に関わるのだって嫌なのに。でもそんな事を言ったって、律さんを困らせるだけだから。


「俺の事、どうでもいい?」

「ーーん、なわけないでしょ!」


きっと。こんなに大きな声で律さんに訴えるのは初めてだ。ほら、だって。律さんだって、驚いた顔してる。


「嫌です、やですよ……! 山名さんと恋人だって聞いて、ホント、聞かなきゃ良かったって思いましたよっ」

「とう」

「律さんは私を好きって言ってくれるのに、全然安心出来なくて! だから、試すように律さんに電話なんかかけて」

「藤花ちゃん」

「行って欲しくなかったのに! り、りつ、さんっ……いっちゃうしぃ」

「藤花」

「もうやだ……! 帰る!」


散々言いがかりのような言葉を投げつけて、平静ではいられないと思って。走り出そうと、逃げ出そうと試みる。けれど、足は前に進まなくて、逃げ出せなくて。後ろから抱きしめられた体は身動きが取れなくて。外だから目立ってしまうのに、律さんはそんな事はお構いなしに私を抱きしめた。


「ゃ、やだ! 離して、帰る!」

「どこに?」

「どこって……自分の家です!」

「家に帰って、俺の電話出てくれる?」

「ーーっ」

「そうやって、溜め込んで、勝手に納得して、もう会わないなんて言われたらーー耐えらんないから」


今、全部思ってる事言って、と。律さんの優しい声が聞こえる。


「うぅ……ふ」

「思う存分泣いて」

「律さんのばかぁ……!」

「馬鹿で結構。藤花が満足するならね」

「うぅ……や、やまなさんの所、行かないで欲しかった」

「ん」

「でも、行かなかったらもっと、きらいに、なってた……!」

「本当に難しい子だね」

「律さんなら……っ、やま、やまなさんの事を! 助けに行くと思ったっ」

「仕事仲間だからね」

「ーーっ、すきっ?」

「……」

「山名さんの事、すき?」


律さんは私を向かい合わせにして、頰に流れる涙を拭ってくれた。後からどんどん流れる涙は止めようがない。


「好きだよ」

「……」

「藤花が一番好き」


満足? と言われて、私は首を振った。


「だって、律さん……それ、嘘っぽい」

「そう?」

「嘘だもの。だから、嬉しくない」

「そっか」

「私の質問に……答えてくれてない」

「山名の事?」

「うん」


私の熱を持った瞼にキスを落とし、額をこつりと付けてくる。それはどうしてだか、これから言う事は全て本音だと合図をしてくれているようだった。


「あいつはね。高校の時の友達で、昔の恋人で……今は大事な仕事仲間。俺はそれ以上でも、それ以下でも考えた事はない」

「……」

「山名の代理も代えもいないから。大事なのは、ずっと変わらない」


じわりと涙が滲む。分かってた事だ。そんなの、分かってた。観月さんだって言ってた。見えない絆、確かにそれがあるのだろう。


「それから、藤花」

「……?」

「危なっかしくて、放っておくと勝手に突っ走って」

「う」

「大人なのに、大人っぽくなくて。余裕あるフリして俺を翻弄して」

「そんな事は」

「してるから。そうやって、俺の手の中で大人しくしてくれない」


ぎゅうっと抱きしめられる。


「可愛い事ばかりして、どうしてくれんの」

「な、なにを恥ずかしい事を……」

「恥ずかしくても、伝える。それで藤花が離れないならなんだった言う」


律さんのお顔が間近に来て、目を閉じる。体温が、吐息が、私の全身で彼を感じる。


「言葉にすると、陳腐な気がするけど。これだけは覚えておいて」


そう言って、たった一つ。ありふれた、律さんの言葉を借りれば陳腐な言葉を口にした。


「藤花の事を愛してる」


けれど私にとっては一番欲しかった言葉なのである。


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