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秘密をあばけ  作者: omi
誓いは貴方とここで編
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SSー29.鳥の赤い嘴は、なにをつつく

お待たせ致しました。


もうすぐ私の誕生日がやってくる。やっと二十六歳も卒業だ。私がカレンダーを見ながら、ぼぅっと考えていると、後ろから律さんが近付いて来て、カレンダーを覗き込まれた。


「もうすぐ誕生日だね」

「はい。とは言ってもまだひと月ほど先ですが」

「ん。何か欲しいのある?」

「欲しいの、ですか」


そうは言っても、すぐに思いつかないのが現状だ。ただ、その日は律さんと過ごせたら良いなぁと思っている。


「考えておいて」


耳元で囁かれて、ついでにキスを落とされる。ーー最近、スキンシップがやや過剰な気がするのは、気のせいだろうか。いや、それもこれも、私がこの前不審な態度をしてしまったからなのだろう。決して、なにか疚しい事があるだとか、そういう訳ではないのに。自分の本音をちらりと隠しているだけで、こうも罪悪感が湧くとは思っていなかった。


そして、律さんも。なんとなくその事については触れようとして来ない。私から話すのを待っているのか、どう思っているのかはよく分からない。


「律さん」

「なに?」

「その。欲しいものはまだ、思いつきませんが……できればお誕生日、一緒に過ごして欲しいです」


私がそう言うと、きょとんとしてすぐに、当たり前でしょと返してくれた。


そうして五月の誕生日楽しみにしてますと律さんに言えば、俺も、と返してくれた。俺も、だなんてどれだけイケメンな発言をするんだと思ったのだった。


四月はお花見の季節だ。桜も満開、やや散りかけかという所である。律さんは仕事が少しバタついているようで、なかなか会えない日々が続いていた。せめてもと、桜の木をスマホで撮影してそれを律さんに送る。まだ、返事はない。



「ごめんね、こんな事になっちゃって」

「いえ。全然そんな事ないです」



そして偶然というのは、恐ろしいものだ。こうして私が山名さんに肩を貸して歩いているのだから。

桜並木のその先にあるショッピングモール。そこで偶然居合わせたのは山名伊織さんだった。彼女が座り込んでいたのを、私が声をかけたのだ。いや、はじめから山名さんだとは思わなかった。なんか女の人が座り込んでいるなーくらいにしか、思わなかった。そして声をかけたら、それが偶々、山名さんだったのである。


彼女は足を怪我していた。彼女曰く、足を挫いてしまったそうだ。

春らしいミントグリーンのパステルカラーパンプス。とても可愛かった。


「ちょっと遊びに来てたんだけど、浮かれちゃってね。履きなれないパンプスだったし。連れの人も帰ったと思うから、一人でどうしようかと思っていたのよ」

「そうですか、でも良かったです。偶然ですが、通りかかって」

「……本当?」

「はい?」

「いえ。そうね。私には、もう会いたくないんじゃ……と思ったから」

「そんな事はないですが……誰かになにか、聞きました?」


私が尋ねると気まずそうに、観月にね、と返された。あの人はつくづく私が嫌いなんだろう。嫌いじゃないと言っていたけど、絶対嘘だ。余計な事を言ったのは滝沼さんだけじゃないぞ、観月さんめ。


「あの、ですね。やっぱりちょっとは気にはしますけど。でもだからどうとかでは、ないですから」

「ええ、うん。そう言ってもらえると嬉しい」

「……山名さんこそ、私になにか思う所はありますか?」


思い切って聞いてみた。なにを言って欲しかったのかは、分からない。なにも言って欲しくなかったのかもしれない。ただ、聞いてみたくなっただけだった。


「あるとすれば、雪が今、とても楽しそうで良かったって事だけよ」

「楽しそう……?」

「毎日、楽しそう。上っ面だけの笑いだけじゃなくて、普通に笑う事が多くなったのが、良かったと思うの」

「……」

「きっと貴女のおかげなのよ。だから、良かったと思う」


そう言って、私から彼女が離れた。


「もう平気。あとはどうにか一人で大丈夫」

「え、でも」

「ここまでありがとう。大丈夫よ」


その笑い方は何処かで見たような光景だった。

張られた一線。防御線。そこには、きっと、気の許した誰かしか超える事の出来ない見えない一線。きっと私には超えられない。だから、私はすごすごと引き下がるしかなかった。彼女の大丈夫、に。決して大丈夫ではないけれど、大丈夫という言葉に素直に従うしかなかった。


そういう時に限って、スマホは鳴るものだ。ううん、これこそまさに、なのかもしれない。メッセージアプリを起動させれば律さんからメッセージが届いていた。桜、綺麗だね、と。今、律さんに連絡を取れば、もしかしたらすぐに電話に出てくれるかもしれない。良心と嫉妬と、気持ちが天秤を揺さぶり私はコールボタンに指を動かした。

何回目かのコールで、律さんが電話に出てくれた。


「もしもし、藤花ちゃん?」

「律さん」

「どうしたの? 今、ちょうど手が空いたから構わないけど」

「今日はどちらでお仕事してますか?」

「今日? ト()町で仕事して、その後会社に戻るけど」

「ト和ショッピングモールって近いですか?」

「ん。そうだね。まぁまぁ近いかな」


止まって欲しいのに。


「実はですね」


口が止まらない。


「山名さんとお会いしまして」

「山名?」

「はい。お休みのようだったんですが」

「そうだね。今日は休みだけど」

「ちょっと怪我して動けなくなってまして」

「……怪我?」


律さんの声が低くなった。


「はい。私も手を貸したんですが、大丈夫って言ってて……でも、足の怪我です。動けないじゃないですか」

「そうだね」

「律さん、山名さんの事ーー」


私はそれ以上は言えなかった。それは、言葉に詰まった訳でもなく、もったいぶった訳でもなく。続きを律さんが遮ったからだった。


「山名は何処?」


私の口は勝手に動く。ぺらぺらと余計な事も言った気がする。ええ、はい。山名さんはそこにいるかと、律さん、そこから近いですか、そうですか、じゃあ、はい、お願いします。山名さんをよろしくお願いします。


なにがお願いします、だ。そんな事を全然思ってもないのに、律さんに迎えなんて行かせたくなかったくせに。だけど、あの山名さんの笑い方を見てしまえば。あの拒絶するような笑みを見てしまえば、どこか律さんと似ているその笑い方にそのまま放置をする事なんて出来なかったのだ。


「ーー……っ」


歪んだ視界はそのままに、私は駅に向かって歩いた。


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