SSー3-2.
『やっぱり店の中は暖かいね』
『えーと、これは一体』
『それはディナーセットだね。デザートと前菜が付くんだよ』
『ほぉー……ではなくて! 何故パスタ屋に!?』
『嫌いだった?』
『違っ、違います……』
いや、これは。またとない幸運なんじゃないか。こんな風にゆきさんと食事が出来るなんて。コンビニ限定の仲になるであろうと思っていたのだから。これはこれで、ゆっくり話が出来るチャンスではないか!
『俺はこれにしようかな、澤白さんはデザート付ける?』
『あ、はい。どうせならディナーセットにしようかと』
『いいね。沢山お食べ』
私はカルボナーラを、ゆきさんはたらこスパゲッティを頼んだ。前菜のサラダを突きながら、ゆきさんをちらりと見る。
本当、すごい存在感のある人だな。私が贔屓目に見ているだけかと思っていたけどそうじゃない。お客さん、ゆきさんの近く通ると必ず彼の事見て行くもの。顔立ちが整っているのも一つの理由かもしれないけど。
『俺の顔、気になる?』
『ふぐっ』
『ずっとこっち見てるから、なんかあるのかと思って』
『むしゃ……ごくん。いえ、その。思った事言っていいですか?』
『どうぞ』
『ゆきさんって、存在感ありますよね。なんだろう、オーラみたいな』
『ああ。よく言われる。あんまり目立つの好きじゃないんだけどね』
苦々しくそう言っていた。しまった、この話題はタブーだったか。私はなにを話したら良いか分からなくて、ひたすら目の前のサラダを飲み込む。
聞きたい事も、話したい事も沢山あるはずなのに。
『澤白さんはさ』
『はい』
『下の名前はなんていうの?』
『あぁ、名前は』
『ちょっと待って』
『はい?』
『ただ言うのもつまらないな。そうだね……もし俺が君の名前を当てたら、あとでデザート、一口ちょうだい』
『当てなくてもあげますけど』
『それじゃあつまらない』
『そうですか……? 分かりました。でも、なんのヒントもなしに当てるのは難しいですよね?』
『そうだね。ヒント、もらえる?』
『そうですねー、名前は三文字ですよ。それから漢字だと二文字で花の名前が一文字入ってます』
『へぇ。大ヒントだ』
『はい。どうです?』
『そうだね……あ、パスタがきたよ』
二人分のパスタがコトリと置かれ、良い匂いが漂ってくる。
『いただきます』
『いただきます』
『澤白さんは、もしかして五月生まれ?』
『え? すごい、なんで分かったんですか?』
『花の名前が入ってるって言ってたからね。名前は人を表すって言うじゃない。三月や四月の春の季節よりも、夏に近い五月の感じがしたから』
『へぇー。すごいです。じゃあもう名前分かりました?』
『いや、まだ。最後の一文字が何だろうなってね』
『二つは分かったんですか?』
『多分ね』
『おお。気になります。早く当てて下さい』
『急かさないの。俺のデザートがかかってるんだから』
『むぅ。じゃあ私からいいですか?』
『どうぞ』
『ゆきさんの名前です。私から答え合わせ、良いですか?』
『あぁ、そうだったね。いいよ、当ててみて』
『ずばりですね。苗字はやっぱり、ゆき、ですね。降る雪の雪です』
『ふぅん』
『おほん。でもゆきさん、ゆきじゃないって言ってました。なら読み方が違うのかなって』
『なるほど』
『で、調べてみたんです。他になんて読むのか。いくつかあったんですけど、私的にゆきさんっぽいのは、これかなって思うのがありまして』
『名は体を表す、だね』
『はい。ずはり言いましょう。ゆきさんは、雪さんですか?』
いくつか候補はあった。苗字一文字って言っていたから、それは漢字の事かなって思って。雪の事を指してて、でもゆきじゃない。ならば読み方が違う。それでも、すずきとか、きよしとか色々あったけど。
でも、ゆきさんは、そのどれもしっくり来なくて。
一番しっくり来る、すすきさんかなって。
『お見事。よくできました』
『ほ、本当? 本当ですか?』
『うん。雪だよ。正解。下の名前は?』
『あ、それなんですけどね。それも悩んだんですよー。女っぽいって言ってたので。おほん、ずばり、れいさんですね!』
『はい、ハズレ。残念』
『ええー!』
これは自信があったのに。一文字だし、女性っぽいし。れいさんじゃなかった。とほほ。
『律』
『え?』
『名前、律だよ。雪 律。改めてよろしく』
名は体を表す。これ程までに、この人に合う言葉はないんじゃないかと思った。律さん。すごい、名前が存在に合いすぎていていっそ恐ろしいくらいだ。
『よろしくお願いします。えっと私はーー』
『とうの?』
『え?』
『名前当ての続き。名前、藤野?』
うそ、まさかーー。
『違います』
『あれ。驚いてたからまさかと思ったけど。違ったか』
『でも、すごく惜しいです。とうか、なんです』
『とうか?』
『はい。藤棚の藤に、花で、藤花なんです』
『あぁ……なるほど。実際に花も使われていたわけね』
『そういうことです』
『残念。俺のデザート』
『でも惜しかったですからね。今度、私のお勧めのおでんを奢って差し上げます』
私がそう言うと、しん、と。ゆきさんからなんの返事も返って来なかった。あれ、私変な事言った? おでん、嫌いではないと思ったけど。すると、きらりと光る二つの双眸が私を捕らえた。
『本当に?』
『え?』
『おでん、奢ってくれるの?』
『え? えぇ、もちろん』
『今度?』
『はい。おでんがまだある時期にもう一度』
『そっか。じゃあ、期待してる』
そう言って彼はにこりと笑った。私はまだ彼のほんの一部しか知らないけど、確実に少しずつこの人に惹かれていたのだと思う。少なくとも、おでんを口実に会おうとするくらい遠回りな手段を使ってでも、会いたいくらいには。