SSー28-2
何がそうさせてしまったのだろうか。スイッチは、いつも何処にあるか分からない。ただ、おそらく心配をさせてしまったせいだろう。だからこその、行動なのではないかと思う。
ぶかぶかのスウェットのズボンを膝上まで捲られて、足に何度もキスを落とされる。時折、そのまま唇でふくらはぎをなぞられて、奥底がぞくんと熱くなった。もどかしい。
「りっ、さん」
「んー?」
「もう、なんでっ? ひど」
「酷いことないでしょ? 心配させた罰」
「うぅ」
「ほら。そんな顔しないの。ちゃんと、俺を見て」
ちゅ、と音を立てられる。その後に抓られたような痛みが走ったかと思えば、ぽつりと赤くなっていた。
「んっ、それ。痕……」
「もっと付けていい?」
「だ、だめです。スカート履けなくなっちゃいます」
「黒のストッキング履けば問題ないよ。ね?」
なにが、ね? なのか。そんな可愛く言われたって、私は頷きませんから!
「じゃあ見えない所につける」
「は……は!? だめです! なに考えてるんですか!?」
「大人気ないこと。いや、大人しかしない事?」
「なに駄洒落みたいな事を言ってるんですか! や……触っちゃ」
「あぁ。この辺がいいかな」
「ーーっ、! だめです!」
律さんの手を掴んで止めた。さすがに本気で抵抗したので、そこで止まってくれたのだが。なんていう事をしようとしているだか!
「そんな溶けた顔してるのに、嫌だなんて言うんだね」
「それは気のせいですよ。気のせい」
「ふぅん。じゃあ、そういう事にしておこうか。じゃあ、はい」
そう言って隣に腰掛けて、腕を広げてくれる。今日は随分と積極的なスキンシップをしてくると思いつつ、それが嫌じゃないので遠慮せずにその腕に飛び込む。
「観月や滝沼が色々言ったかもしれないけど」
「……」
「俺が思ってる事は一つだよ」
「思ってる事?」
「藤花ちゃんが好き」
じわっ、と。体の中をその言葉が侵食する。なんで、そうやって私が欲しい言葉をくれるのだろう。
「律さんはずるいです」
「んー?」
「そうやって、私を甘やかす。私は、そんな風に甘やかされたら、律さんから離れる事なんて出来ないのに」
「離れなければいいでしょ」
「……」
「なにを考えてる?」
嫌な想像をーー山名さんと律さんの二人はきっとお似合いだと、想像してしまった。二人は元恋人同士。きっと、お似合いだったのだろう。
私にとっての最悪のケース。馬鹿馬鹿しい想像だ。律さんが、今でも山名さんが好きで、私とはいつか別れるのだろう。そんな想像を、してしまった。
「なんでもないんです。ただ、律さんが離れて行ったらやだなぁと。思っただけです」
「そう」
「そうです。なんでもないんですよ」
私は嘘をついた。私がなんでもないと言えば、律さんはきっと追求して来ない。それ以上、私を暴く事はしない。いつしか言われた瑠歌の言葉が思い出される。自分が幸せになる事を避けるのは、良くない。ならば私はこの事について触れなければ、私はきっと、ずっと、幸せでいられる。
私の秘密は暴かせない。
「藤花ちゃん」
「はい?」
「俺はね。藤花ちゃんが幸せでいてくれるなら、笑っていてくれるならそれで構わないんだよ。だから、言いたくない事は言わなくていい」
「……」
「でもね」
律さんが笑っていた。ふわりと、珍しく、優しげに、私を包み込むような優しい笑顔。だけど、それは少し困った笑顔だ。
「つらい時は、無理して笑わないでね」
律さんはなんでもお見通しだ。私が嘘をついていたって、それが嘘だとすぐ見抜いてしまう。そうして欲しい言葉をくれるのだ。ずるい、律さんは、いつだってずるい。
「律さん」
「なに?」
「律さんはずるいです」
「そうかな?」
「そうですよ」
「だとしたら、藤花ちゃんにだけかもね」
「そうやって、私を特別扱いする……」
「特別だからね」
そんな言葉の一つ一つに、私がどれだけ喜んでいるのか、貴方はきっと気付いてない。
「私だって律さんが特別ですよ」
「うん」
「律さんの事が大好きですよ」
「知ってる」
「律さん」
「なーに?」
「……傍にいて下さいね」
律さんは言葉の代わりに私を強く抱きしめた。
結局のところ、律さんが求めるような、私の本音は口にはしなかった。それは私がもう少し、頭の中で整理をつけてから言葉にしようと、自分の中でそう決めたからだ。だから律さんもそれ以上、追求する事はなかった。大丈夫、私の中の幸せは、ちゃんと自分の中で分かっている。
次章公開までしばらくお待ち下さいませ。




