SSー27.渇いた愛に、星に願いを
そう言われてしまえば、返す言葉もなかった。あぁ、そうか。と、それだけ思って、感情はどこか空の上にでも置いて来たような感覚だった。
とりあえず時間を確認しようとして、スマホを取り出す。と、同時にスマホが震え出す。着信だ。
「出れば?」
「あ……」
名前を見れば律さんだった。なんというタイミングでかけてきたんだろうか。さすがと言うべきか。しかしどうしよう、と悩んでいる内に、着信が切れる。どこか心の底でホッとした。さて時間を確認。と思ったが、それよりもロックされたスマホの画面に載っている着信履歴が凄い事になってて、驚いた。
「ひぇ」
「なに?」
「いや、いやいや。なんでもないです」
さすがにこれ、かけ直さないとマズイんじゃない……? 心配してるかもしれないし。観月さんに一言、すみません、と断りを入れて電話をかけ直した。
プルっ。
「藤花?」
すぐさま電話に出た律さんに、焦りのような声音を感じた。出て、しまった。どうしよう、かけ直したは良いけどなにを言えばいいんだろう。律さんに謝る? なにを。帰ってしまった事?
「藤花。もしもし?」
「……」
「繋がってない……?」
「もしもし」
私がスマホ片手に固まっていると、ごく自然に私の手からスマホを抜き取って、観月さんがそれを使い出した。
「なっ。返し」
「律さんですか? 観月です」
その一言は、言って欲しくなかった。さっき律さんと会った時にあれだけ観月さんには近付くなと遠回しに言われたのに。それなのに、観月さんと会っているなんて当てつけみたいなものじゃないか。
「観月?」
観月さんがスピーカーをオンにして、律さんと会話を始める。なんでスピーカー……?
「ソレ、藤花ちゃんのスマホだよね?」
「そうですね。彼女のです」
「なんで観月が出る? そこに藤花ちゃんはいるの?」
「いますよ」
「ーー」
スピーカー越しに一つのため息が聞こえて、肩がびくりと上がる。あぁ、呆れさせてしまったのか。私がなにか喋らなきゃとスマホを観月さんから貰おうとすると、律さんが観月さんを呼ぶ声がさした。
「観月」
その声は今まで聞いた中でも、とても低く、なにかに耐えるような声だった。
「藤花になにか余計な事をしていないだろうね?」
「余計な事?」
「聞き返すな。分ってるだろう」
律さんの言葉を聞いて、観月さんが口をへの字に曲げていた。そして、分かってますよ、と返す。
「べつに余計な事はしてません。ほら」
スマホを渡されて、スピーカーモードをオフ。観月さんさら少し離れて、律さんに、もしもしと話しかけた。
「藤花ちゃん。無事?」
「無事です。あの、すみません。電話出れなくて……」
「ん。いいよ。無事ならそれで」
「それで、あの。律さん、私、あの」
「……ゆっくり。ゆっくりでいいから。なにか言いたい事があるんでしょ?」
「ーーっ」
律さんだ。なんで、私、この人を置いて帰ってしまったんだろう。声を聞けば、話をすれば、この人から離れようだなんて事、考えもしなかっただろうに。目の前が歪み、律さん、と声をかける。
「なに?」
「聞きたい事も、話したい事も、沢山あります。でもなにより……貴方に会いたい」
「うん」
「好き。ごめんなさい、すごく、好き」
「あぁ」
「律さん、会いたい。りつさ」
「藤花」
名前を呼ばれ、その先の言葉を制される。
「それ以上は、言葉にしたらダメだよ。俺が……耐えられない」
「耐えられ……?」
「会った瞬間、部屋に連れ込みそう」
危険さながらの発言をされて息を呑んだ。それすら、心地よい束縛に感じているのだとすれば、私はきっともう手遅れだ。甘い毒に、体が支配されている。
「いいですよ」
ぐすっ、と。鼻をすすりながら、電話越しに律さんに伝える。
「律さんにされるなら、良いですよ」
藤花、と。名前を呼ばれる。心地よい声。今はその声で、言葉で、私を安心させて欲しかった。律さんは迎えに行くからと言うと、観月に代わってと言われて私は大人しく観月さんスマホを渡した。
「もしもし。はい、はい。……ええ、変わってませんよ。俺が送っても……分かってますよ。じゃあ待ってますから」
そう言って通話は終了された。
「律さんが君の事を迎えに来るから準備しといてって」
「はい」
「二十分くらいで着くとは思うけどって。まぁ、それまでゆっくりしてなよ」
「はい……観月さん」
「なに?」
「ご迷惑を、おかけしました」
「いいよ、そんなの。連れて来たの俺だし」
「……それはそうですが」
観月さんはほうじ茶のおかわりを湯呑みに注ぎながら、ぽつりと零す。
「あの人を幸せにしてあげて欲しいなんて、俺が言えた事でもないけど」
よろしくね、と。目の前に置かれた湯呑みからは、温かな湯気が燻っていた。




