SSー26-2.
それは、小ぢんまりとしていたが立派な一軒家だった。二人で住みにはちょうど良いが、三人で住むには狭いくらいの微妙な大きさだった。私がここは何処でしょうと尋ねれば、観月さんが俺の家、と答えたので奥さんは? と尋ねたのは仕方がない話だと思う。
「出て行った」
「え!」
「嘘。いるわけないだろ。いいから上がれば?」
「……タチの悪い冗談は嫌いです」
そう言って、車停めてくるから中入っててと言われ、鍵を渡された。これは一体全体どのような状況なんだろう。
扉を開けて玄関で靴を脱ぎ、左側の扉を開ける。リビングとキッチンが広がっていた。キッチンには必要最低限であろう、フライパン一つだけが置かれていた。食器は見当たらない。おそらくあの戸棚に入っているのだろう。
一人暮らしにしては、大きなお家だ。というか、一人暮らしで一軒家ってなんだ。そうそうない話だ。
「ご実家ですか?」
「いや。一人暮らしだけど」
「そうですか……」
「そんな所で立ってどうしたの? 座れば?」
「あ、はい。じゃあ失礼します」
「ほうじ茶と緑茶。どっちが良い?」
「じゃあ、ほうじ茶で」
観月さんが戸棚から茶筒を出して、きゅぽんって音と共に蓋を開けた。
「ーーどうして一人で帰ろうとしてたわけ?」
特になんの前触れもなく、話の続きを進めてくる。
「言わないとダメですか?」
「言わなくても良いけど、気になるから」
「……」
「で?」
「……観月さんは恋人っています?」
お湯が注がれる音がした。
「ーーいない、が。好きな奴はいる」
「へえぇ。もしかして律さんだったりして」
「……」
「無言にならないで下さい。冗談です」
コトリと机に湯呑みが置かれて、ついでに切り分けた羊羹を出してくれた。あっ、栗が入ってる。
「おほん。それでですね。なんと言ったらいいんでしょう。つまり、その。私は醜い生き物なんですよ」
「なんの話?」
「私の話です。……律さんと山名さんがお付き合いされていた事はご存知です?」
「あぁ。君こそ知ってたんだ」
「ついさっき」
羊羹を黒文字で切り分けて口に運ぶ。とても美味しい。これどこの羊羹だろう。
「驚いたんですよ。あと、嫉妬、したんですよ」
「そう」
「当たり前なんですよ。元恋人がいるだなんて。あんな素敵な人なんです。分かってるんです。でも、それが、こんな身近にいるなんて」
それが、私の、一番引っかかっている原因。
「嫉妬している姿、見られたくなかったんです」
「どうして?」
「どうしてって……そんな醜い顔、見られたくないじゃないですか」
観月さんはほうじ茶をすすった。少し間を置くと、再び口を開く。
「べつに醜いとは思わない」
「嘘ですね」
「嘘じゃない。それだけ好きだという事だろ」
目から鱗だった。そんな事を言われるとは思っていなかった。
「俺は嫉妬を、醜いものだとは思わない」
その一言で私は救われたような気持ちになった。そして彼ーー観月朔という人がどんな人なのか、それが一つ分かった気がした。
「俺はあの人に幸せであって欲しいと思う」
「……なぜ?」
「あの人には恩があるから。幸せでいて欲しいと思う」
そのためには、きっと。君が必要なんだと思う、と。とても苦い顔をして言われた。
「苦い顔しすぎです」
「まだ認めたくないだけ」
なんですかソレ、と。私は観月さんを笑った。
「お話、聞いてくれてありがとうございます。意外に優しいですね!」
「意外は余計だよ。早くそれ食べて。食べ終えたら送ってく」
「むぐ」
ゆっくり味わいたいのに。観月さんももう話す事はないと言わんばかりに、もくもくと食べ始めた。
彼に聞いてみたい事はあった。だけどそれは私にとって恐ろしい内容だった。しかし、今聞かないと後悔するような気がして。こんな事を彼に聞くのは卑怯だと分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「観月さん」
「なに?」
「一個聞いても良いですか?」
「答えられる事なら」
「……山名さんは、今でも律さんを好きだと思いますか?」
ぴくりと反応して。観月さんの動きが止まる。そして。
「さぁ。ただ」
「ただ?」
「あの二人の間に、強い絆みたいな物があるのは確かだと思うよ」




