SSー26.レヴィアタンは本当にその花を守ったのか
なんだか律さんと顔を合わせるのも気まずくて、山名さんと顔を合わせるのも複雑で。その辺にいた観月さんに山名さんに帰ると言っておいて欲しいと、お願いをした。訝しげな目をされたけど、わかった、と言われてなにも追及せずに引き受けてくれた。ありがとうございます、と私が言うと、律さんには声かけなよ、と返されたので曖昧に笑っておいた。
スマホをいじる。律さんからの着信が何件か入っていた。ごめんなさい律さん。ちょっと今は、一人にして欲しい。
分かってる。頭の中では、理解している。山名さんとの事は昔の話だ。昔の事に嫉妬、だなんて笑えない話だ。なのに私は律さんに会う事が出来ないでいる。それは、私が、山名さんに嫉妬をしている醜い姿を見られたくないだけなのだ。
メッセージアプリを起動させ、律さんにメッセージを送る。今日は、疲れたから、帰ります。
控え室を借りて、着ていたドレスを脱ぐ。これをどうしたら良いか分からなくてハンガーに掛けて、書き置きだけしておいた。
会場の出口に向かう。やっと、現実に戻る。今までがまるで夢のようだった。
「ちょっと待ちなよ」
そしてーー会場から出ようとした所を呼び止められた。聞き覚えのある声にぎくりとする。あぁ、どうしよう。見つかった。
「観月さん……なんです?」
「君さ。律さんに声かけてないよね? このまま帰るの?」
「メッセージは入れておきましたので、大丈夫だと思います」
「なに言ってんの。さっき君の事探してたよ。なにしてんの?」
「観月さんに関係ないです。じゃあ帰ります」
「待てってーー」
手を掴まれる。
「離して」
「……指輪、外したんだ」
「その節はありがとうございました。律さんに渡しておいたので、後で戻ってくると思います」
「分かった。じゃあ今から行くから一緒に来い」
「いいえ。帰ります。離して下さい」
「君さ。なんでそんな頑なに」
「いいからっ、もうっ、放っておいて下さい!」
思わず、大きな声が出た。
「私には構わないで律さんの所に行って下さい! 私は帰りますから放っておい」
一歩近付かれて、顔を覗き込まれる。
「なにがあった」
切れ長の目が、瞳が、私を映していた。いつも以上に真剣な表情をした観月さんがそこにいて、こちらの方が驚いてしまう。
「やっ……離して」
「離さない。なにがあったんだ? そんな今にもぶっ倒れそうな顔して」
そしていとも簡単にその手を許してしまう。その手が額に触れる。
「熱はないか。とりあえず、来い」
「やだ……やだやだ」
「連呼すんな。俺が変質者みたいだろ」
「相違ありません! 離して」
「いいから来い」
律さんの所に連れて行かれるかと思ったが辿り着いたのは駐車場だった。停まっているのは数台の車。その内の一つの鍵のロックを解除する。白い、日本製の車。誰の、なんて聞くまでもない。そうして助手席に押し込まれて、運転席に乗った観月さんがどこかに電話してるなぁなんて思いながら窓の外を眺めた。薄橙色の雲からうっすら光が差している。もうすぐ日没だ。
「誘拐ですよ、こんなの」
「それは最悪だな。家どこ? 送ってやる」
「すぐそこの駅までで。そこから一人で帰ります」
「あっそ。じゃあ決定」
と言って車を走らせ始めた。車内には音楽もなにもかかっていなくて、静かな沈黙が続く。それを破ったのは、他でもない、私だった。
「どうしてこんな事するんですか?」
「こんな事?」
「私を駅まで送ったり、話しかけたり」
「そんなの。決まってるだろ。気になるからだよ」
「……」
「なにか喋れ」
「……一体なにが気なるのでしょうか?」
「君の事」
「……」
ダメだ。話が噛み合ってない気がする。
「私の事を嫌いなのに、気になるんですか?」
「誰が嫌いだなんて言った?」
「違うんですか?」
「……違う」
観月さんは前を見たままため息をついた。そして、なんだか言いにくそうにしながらも言葉を紡ぐ事はなかった。そうして、車は駅の前を通り過ぎる。
「駅、通り過ぎましたよ」
「あぁ」
「どこに向かっているのでしょうか?」
「あとで送ると言っているだろう」
いいから黙ってついて来い、と。男前な台詞を吐きながら、車は会場からも、駅からも遠く離れて行った。




