SSー25.インディゴの仮面を被りし騎士よ
ローストビーフは美味しかった。出ていた料理はどれも一級品だった。美味しいお料理を頂きながら、主役が挨拶しているのを聞き、今日の逢引はなかったのかなとぼんやり思った。彼は律さんと知り合いだった。しかも、話の流れからして昔からの知り合いのようであった。どのような関係だったかは分からなかったけれど、ああいう砕けた口調で話す律さんも悪くないなと思った。主役の隣にいるのは、可愛らしい女性だった。薄いパープル色のドレスがとても似合っていた。
しかし、あぁ、なんでこんな事になったんだろう。
「雪とは高校時代の同級生でね」
「そうなのですか」
「なに考えてるかわからん奴だったが、まぁ、モテててね。あの見た目だから仕方ないんだけど」
「わかります」
「でしょう。で、久しぶりに会ったら、SPしてるって言うじゃないか。だったら頼んでみようかなって思ってさ」
「……」
「おーい。大丈夫かい? 固まってる?」
なんか衝撃的な事を言われた気がする。
「えすぴー、ですか」
「ああ。民間だって言うから警護の依頼をしてね。結構お偉いさんもいるし」
「えーと、滝沼さん? も、お偉いさんですものね?」
「ただの会社の後継だけどね。まぁ、それで。そんな雪と付き合っている子がどんな子か気になったわけ」
「そう、でしたか」
どう言ったら良いのやら。衝撃が多くて、なかなか自分から言葉が出て来なかった。えーと、つまり? 律さんが、えすぴーで? 久しぶりに会った滝沼さんが、律さんに警護の依頼をした?
「という事でしょうか」
「ん? なんだい?」
「いえいえ。律さんとお付き合いしてます、澤白 藤花です」
「ご丁寧に。どうも。改めまして、滝沼 智晶です」
「滝沼さんは、律さんと会うのは久しぶりですか?」
「そうだね。高校卒業して、二十歳半ばの時くらいに同窓会で会って、この間再会したんだ」
「そうでしたか。いつもより、律さんが砕けた口調だったので、お友達なんだと思いました」
「仲はまぁまぁ良かったかな? それよりも、雪が君のような子と付き合ってるのに驚いたよ」
それはつまり。どういう意味なのか。私が少し訝しげな目をしてしまったせいか、滝沼さんは慌てて手を振った。
「変な意味じゃないよ。その、良い子そうな子だなって思って。ほら、雪ってなに考えてるか分からないところあるだろう?」
「ん。そう、ですね」
「君はなんというか、考えてる事が表情に出やすいみたいだから。雪と反対だなって」
単純にそう思っただけ、と。滝沼さんは笑った。
「昔からよく分からない所がある奴だったけど。自分を曲げたりする奴じゃなかったから。人から好かれる、一匹狼みたいな所あって」
「へえぇ」
「でも山名がいたから。捻くれはしなかったみたいだけど」
「……山名さん?」
「ああ。まぁ、それはいいか。とにかく、君がいてくれて良かったと思うよ。友人として、嬉しい」
そう話す滝沼さんは、本当にホッとした顔をしていた。
さっき話に出てきた山名さんというのは、あの、スレンダー美女の山名さんの事だろうか。あれ? 山名さんは律さんと同級生? 滝沼さんと律さんが高校のお友達で、山名さんもお友達?
「澤白さん?」
「……あの」
「なんだい?」
「山名さんって……山名伊織さんですか?」
「あぁ。さすがに知ってたか。職場も一緒だしね」
「同級生なんですか? 律さんと、滝沼さんと」
「うん、ん、そうだね」
「凄い、偶然ですね」
偶然? なにが? 自分で言っていて、なにがそうなのかがわからなかった。
「偶然というか。ほら、山名が雪をスカウトしたのもあるけどね」
「スカウト……」
「雪も昔のよしみだし、腕も活かせるし。やってみようと思ったんじゃないかな」
「そう、ですね」
「あぁ。他でもない、山名の頼みだったしね」
さっきから。なにか言葉に引っかかる。なんだろう。なんか、ざわざわする。山名さんが律さんを、スカウトした? それは多分、SPの仕事にだろう。腕を活かす……は、よく分からないけど。山名さんの頼みだったからというのは。
「律さんて」
「なんだい?」
「……山名さんと、昔お付き合いされていたんでしょうか」
「あー……そういう時期も、あったかな」
あぁ、やっぱりと。胸騒ぎはこれだ。別に大した話でもない。昔の彼女が同じ職場。あるある。よくある。気にするだけ無駄よ、無駄。
「ごめん、変な事を言ったね」
「いえ。違います……なんとなく、そんな感じしていたので」
「昔の話だから。あまり気にはしないでね」
滝沼さんはそう言って、残りのパーティー楽しんで、と言ってこの場を去って行った。随分と昔とは、どのくらい前の話なのだろう。二人は高校時代の友人なのだから、やはりそのくらい前か。あぁ、そっか。それほど昔から、彼女は律さんの事を知ってるのか。
「……嫌」
言葉に出せば、じわじわと胸に広がる嫌な気持ち。今度は私が嫉妬している。どうして、こんな事を聞いてしまったのだろう。聞いたら絶対にダメな話だった。私は、律さんが好きなんだから、こんな気持ちになるのはわかりきっていたのに。
嫌な気持ちを心に残したまま、その場でしばらく目を閉じた。




