SSー22.湿原の毒、実も葉も土も
「この状況は一体……?」
「わ、可愛い! 私の見立て通りね」
「そしてこれは一体……」
「細かい事は気にしない。ほら、楽しみましょ」
そう言って手を引かれた。会場は煌びやかなシャンデリアで照らされている。私、場違いなのでは?
「そんな怯えないで。大丈夫よ、雪に見つかったりはしないわ」
「あ、いや。そうですね……」
見つかるのは怖いです。目の前に立つスレンダー美女に出会うのは三回目。なんだかな、この三回目っていう数字は。観月さんといい、この人といい。三という数字に数奇な運命でもあるのだろうか。
「それにしても、凄いですね。なんだか位の高い人達ばかりな気がします」
「気がするのではなく、そうなのよ。実際。例えば社長の娘とか、IT企業の社長とか」
「うやぁ……」
「そういうパーティーだから、仕方ないのよ。でも、お金持ちな一般人もいるから大丈夫よ!」
「それすでに一般人ではないです……」
何故このようなパーティーに、ど庶民の私がいるかというと。ここからは回想である。
律さんにスーツを選んで欲しい、と言われたのが始まりだったように思う。
『スーツを? お仕事用ですか?』
『そ。でもいつものお仕事と違くてね。パーティーファッションみたいな』
『お仕事でパーティーですか! なんだか芸能人みたいです』
『そんな凄いものじゃないよ。だけど、こういうのは初めてだから。藤花ちゃんに選んでもらいたいと思って』
『わ、私が?』
『そう。君が』
にこりと笑ってプレッシャーを与えてくる。
『そんな大それた事を……』
『ネットで見て一緒に考えてもらうだけで良いから。ほら、こっち』
そう言って、律さんが開いてるパソコンを覗き込めば、ずらりと男性モデルの写真が並んでいた。皆、オシャレスーツ着てる。
『ううむ、律さん、足が長いからスーツ似合いますよね』
『褒めても何も出さないよ?』
『事実ですー。あ、これ素敵』
『ふぅん? こういうの好きなんだ』
『ネクタイカラー……ブルーとか。あと、これ中に着てるグレーのベスト、好きかも』
『藤花の好みはそこね。なるほど』
『でも律さんはこっちの、ワインレッドのネクタイの方が似合いそうです』
指差したのは、ちょっと暗めのワインレッドのネクタイ。そしてグレーのベストに薄くラインの入ったスーツ。に、似合う、絶対。
『あぁ、この色』
『ダメでした?』
『いや……藤花から貰ったネクタイピンと合いそうだなと思って』
ぼんっと。顔が爆発するかと思った。私が前にあげたネクタイピン。時々、スーツで会う時にも付けてくれていて、見る度に顔がにやけてしまうのだ。私があげた物を、律さんが使ってくれている。とんでもない至福のひとときだ。
『じゃあこういう感じに、しようかな』
『ぜひ』
『時間ある時お店に行ってみるよ。ありがと』
『ーー律さん』
私は大真面目な顔して、彼を見つめた。
『願わくば、律さんのこのスーツ姿を見たいのですが』
『んー? そうだなぁ』
律さんは少し考える素ぶりを見せて、パソコンのマウスをカチカチっと弄った。
『藤花ちゃんもこういうパーティードレス着てくれたら考えるかな』
まるでダンスパーティーにでも呼ばれたかのようなドレス。裾がふわっと広がり、ミモレ丈くらいの長さを保ってる。
『可愛い……』
『いつか着てみせて』
そんな日はきっと来ないと思っていた。だって結婚式の参列者でも着ないようなドレスだ。それがまさかこんな形で実現するとは思っていなかった。




