SSー21-2.
どちらかともなく、唇を合わせた。それは少し触れ合うだけですぐに離れていく。律さんの瞳が透明な膜で覆われているようで、光って綺麗だなと思った。
「私は律さんから離れていこうだなんて思った事、ないですよ」
「あぁ」
「私がどれだけ律さんを好きか分かっていないようですね」
「そうだね」
「好きですよ、律さん」
ん、と返事だけして強く抱きしめられる。首筋に擦り寄るようにして深く体が重なる。なんだか甘えただ。
「ね、藤花ちゃん」
「はい、なんですか?」
「藤花ちゃんからして欲しいな」
「……? なにがでしょう」
「キス」
きっ。
「何故そんな話になるのですか!」
「だってして欲しいから」
ぬぬぬ。そんな風に甘えられたって、甘やかす訳にはいかないですよ!
「ね、藤花」
「そんな風に名前呼んだってダメです」
「なんで? だって藤花だって好きでしょ?」
「は!? 好きって……そりゃ好きですが!」
「素直。はいじゃあ」
ん、と。目を閉じられキス待ち顔される。なんなんだ、この人。なんでこんな綺麗な顔してるんだ。まつげ長っ。肌つるつる……これでアラサーとか信じらんない。
ここは度胸だ、私よ。その閉じられた顔、唇。私が頂きます。両頰に手を添え少しずつ近付いていく。形の良い唇は柔らかく、少し乾いていた。その事実に、背筋がぞくりとしてこの感覚はなんなのだろうとふと思った。
「これだけ?」
「う……」
「藤花ちゃんなら分かってるでしょ。その先」
そう囁かれて、心臓がばくばくとした。分かっている。律さんが望んでいる事、して欲しい事。そして、私も望んでいる事。震える手で、またその両頰に触れながら今度は長めに口付けを落とした。
ぺろりと唇を舐めれば、わずかに口を開いてくれてその先を暴き出す。甘いはずなどないのに、何故かそれはとても甘く感じた。そろりと舌を忍ばせ、うっすら目を開くと目を閉じている律さんがいる。壮絶なる色気に目を開けなければ良かったと後悔した。こういう時に目を開けるものではない。
「……はっ」
「んっ」
「おそろしいな、この先が」
「はい……?」
「なんでもない。それより、藤花ちゃんのケーキ、もっと食べとけば良かった」
「今度また作りますよ。あっ、あと保険チョコレートもありますよ」
「なにそれ」
「お店で買った、美味しいチョコレートです」
「ふぅん。それよりも、藤花ちゃんのケーキの方が食べたいけど」
「う、ずるい言い回しです」
「本音だからね」
「そういえば……チーズケーキ。まだ食べて貰った事なかったですよね」
以前の話を思い出す。チーズケーキを食べて貰う約束だったのだ。
「今度作って持って来ますね」
それはまるで蕾が花開く、みたいな光景だったように思う。驚きから笑顔へ。そうして笑顔を見せてくれた律さんが、再び私の首筋に顔を埋めて、楽しみにしてる、と。震える声で返事をしてくれたのだ。




