SSー21.待っていたよ、モーニンググローリー
律さんの部屋に通されると、そのままソファに座らせられる。涙でぐちゃぐちゃになった頰を両手で押さえた。顔が熱い。
しばらく待っていると隣に律さんが座って、そして、暖かいなにかが目元に当てられる。
「あったかいです」
「蒸しタオルだよ。こんなに目元真っ赤にして……」
少しタオルをずらして、こちらを覗き込んでくる。目が合うとなんだか恥ずかしくて、すっと逸らしてしまった。お互い、無言。どこから話の糸口を掴もうか。
すぅ、と。息を浅く吸い込む。
「あの、律さん。この間はごめんなさい」
私は律さんに頭を下げた。
「頬っぺた、腫れてないですか?」
そう言って、律さんの頰に触れた。じんわりと暖かい。熱を持ったり、腫れたりはしていないようだ。そんな私の行動に、不思議そうにしながらも、私の手に触れた。
「……なんで?」
ぽつりと、律さんが言葉を零す。
「どうして触る? 叩くほど嫌だったんだろう?」
突き放すような台詞。律さんと目線は合わない。どう言ったら良いかわからなくて、今度は律さんの両頰を触り、手で挟む。
「嫌だったわけじゃないですよ」
「……」
「その、なんというか。びっくりしたのもありましたが。キスが嫌だったとか触られたくなかった、ではなくて」
律さんは無言で居続ける。
「大事な本音が逸らされるのが嫌だったんですよ」
「ーー」
「私は、あの日伝えたかったんです」
バレンタインとは、日本では気持ちを伝える日だと私は思っている。大切な人に、大切な事を。
「律さんが、好きだという事を」
そして。
「これからも、一緒にいたいという事を」
それはなかなか言葉には出来なくて、しようとすると照れ臭くて。こんな時にしか言えない。だけど、私の気持ちはただ一つなのだ。
「今までありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」
そう言って律さんの顔を見つめた。その表情は驚きなのか、困惑なのか、それとも。
「藤花」
「はい」
「こっち」
手を引かれ、ぎゅうっと抱きしめられる。律さんの感触。暖かさ。七日ぶりのはずなのに、実際はもっと長く離れていたように感じた。
「あの日、話も聞かずにごめん」
「はい」
「正直に言うと」
「はい」
「俺は……たぶん、怖かったんだと思う」
「怖い?」
「そう。恐怖」
なにかを耐えるみたいな声を出し、少し間があってから律さんが再び口を開いた。
「大切な人は、皆、笑って、ありがとうって言って、別れを告げるから」
「……」
「だから……藤花もそうなんだって。思った」
それは律さんの話だろうか。律さんの大切な人は、皆、そう言って彼の元から去って行ったのだろうか。
「俺は」
「はい」
「藤花と離れたくないと思った」
それは、彼の口から初めて聞く言葉だった。それは、その言葉は。彼は今、自分の気持ちを吐露している。
「だから、その先の言葉を恐れた。別れの言葉は聞きたくないと思った」
「律さん……」
「俺にはチョコレートなんてないけど、バレンタインの続きをさせて」
そうして向かい合った私達は、お互いの熱を分かち合う。
「藤花の事が、好きだよ」
それは律さんから聞く初めての想いだった。




