SSー20.ピンクベイビーズブレス
「抜け殻のようね」
「もう無理、死ぬ、このままでは……」
あの日からーー律さんとケンカしてから七日目の今日。
ケンカした次の日に、律さんからスマホにメッセージが届いていた。内容を要約すると、あの日はごめん、少しお互い冷静になってまた会おう……というような内容であった。冷静とは? 私はとっくに猛省して冷静だ。
「なんだか別れる直前みたいなメッセージだけど」
「そう思う……? はあぁ」
「あ、いやでも! ほら。言葉通りに冷静になってから、また話そうって事かも!」
「そうだと良いけどー……」
ダメだ。嫌な展開しか思いつかない。私は机の上で頬杖をつきながら、目の前の友人に尋ねてみた。
「彼氏とケンカした時、どうやって仲直りするの?」
「私の場合は向こうから謝ってくれる事が多くて……。電話しようとすると、かかって来たりとか」
「絶妙なタイミング」
「そうなのよね。まぁ、甘やかされてるし、優しくされてる自覚もあるんだけど」
「のろけ。のろけだね?」
「そんなんじゃないわよー。ただ、ね? 彼が優しいだけなのよ」
「はいはい。それより、律さんの事だよ。どうしたら良いと思う?」
「なによりも、連絡取るか会わないと始まらないわよね。連絡してるの?」
「ん……三日くらい置いてから、メッセージだけ入れた」
「なんて?」
「会って話がしたいですって」
「それで?」
「立て込んでて、また連絡するって言われた」
「あちゃー」
あちゃー、だよ、ホント。こんなあちゃーな状態でどうしろというんだ。立て込んでるって、なに。また連絡するっていつ。
「うー……もやもやする!」
「もう直接会いに行けば?」
「直接?」
「おうち、知ってるんでしょ? 会わなきゃ埒があかない状態なら、会いに行くしかないじゃない」
「でも」
「迷惑かな、って? そうやって、何かに遠慮するのは貴女の悪い癖よ。自分が幸せになる事を、自分がしなければならない事を、敢えて避けるのは良くないわ」
「……」
「自信、持ちなさいな。貴女は自分が思っているより良い女よ。私が保証してあげる」
「あはは。なにそれ」
自信満々に言うもんだから、思わず笑ってしまった。そう、そうだ。なにもしないで後悔だけはしたくない。例え、迷惑がられても嫌がられても。伝えたい事は伝えよう。あの日、私が伝えられなかった事を彼に言わなければ。
「ありがとう、瑠歌。よし! 私行ってくる」
「なにかあったら連絡してね。いつでも連絡つくようにしとくわ」
「ありがと!」
友人にお礼を言って、先にお店を飛び出した。時間は午後七時。今日は日曜日。律さんは、今日は仕事だろうか。震える手を制しながら、通話ボタンに手をかけた。
結果、律さんは電話に出なかった。もしかしたら仕事なのかもしれない。メッセージアプリの方を起動させて、会いたい、話がしたい旨を送った。あとは律さんのお家の前で待たせて頂こう。二月の空の下はまだ寒い。やっぱり外は寒くて、マンションの自動扉の中に移動する。オートロックだから、中には入れないもののここでも暖かい。決して怪しい者ではないので、どうか許して下さい。
会ったらまずなんて言おうか。まずは、この前の事を謝ろう。律さんは大丈夫って言っていたけれど、それにしても頰が赤かった。人の頰なんて、叩いた事がなかったから加減も分からなかった。
好きな人を叩くって、こっちも痛いんだなと。改めて知る感情に身が焦げる。このまま別れ話になったらどうする? 律さんがそういう気持ちなら、素直に別れなければならない事は分かっている。だけど、嫌だ。それだけは嫌だった。私はまだ律さんが好きなのに、別れるなんてしたくなかった。ケンカなんて、初めてしたな。大体いつも、律さんって話を逸らす傾向にあるから踏み込んだ話ってした事なかったな。
律さん、貴方はあの時なにを考えていたのでしょうか。貴方の考えている事を、気持ちを、私に教えて。
さすがに冷たくなってきた鼻をすすればガーっという音と共に革靴の音がした。
「あ」
「ーー」
目が合った。律さんだ。自動扉が閉まる。
コツコツと、足音がして私の目の前に立つ。
「藤花……? なんでここに」
「律さんと話がしたくて待ってました」
「こんな寒いのに?」
「外よりはマシです。中で待たせてもらってました」
「俺がいつ帰るかも、分からなかっただろう?」
「はい。でも」
じっと、律さんの目を見つめた。
「会いたかったから」
じわじわとその言葉が、体を侵食する。言葉にすれば、その思いが現実となって私に思い知らせた。
「どうしてもっ、会いたかったから……!」
「ーーっ」
箍が外れたように、涙が溢れ出る。頰を伝う涙はぐちゃぐちゃで、次から次へと止まらない。嗚咽まで出てきて、鼻水まで垂れそうだった。これ程までに我慢していたのだ。そうだ、私は寂しかったのだ。見えない気持ちの中での七日間は、ともすれば一年間くらい会っていなかったのではないかという錯覚さえ起こしそうになる。私は、この人に会えなくて、寂しかった。
「藤花、こっち来て。中に入ろう」
しっかりと握ってくれた手を決して離さないと、強く握りしめた。




