SSー19-2.
律さんの太ももが見える。膝枕、硬そうだな。
顔を上げると、律さんの目がいつもより見開いていた。驚いた表情、初めて見た。そんな驚くような事を言ったつもりはなかったけど。
「それは、何かの冗談?」
ふっ、と。元の大きさに目が戻っていく。ううん、元の大きさよりも、細い……?
「藤花ちゃんの言いたい事はお礼、なのかな?」
「え? あ、いえ。そうでなくて、ひあ!」
がばりと持ち上げられたと思ったら、何故かその硬そうな太ももの上に乗せられる。律さんと対面するように膝に乗せられて、とんでもないなと心の奥で叫ぶ。
「なにするんですかっ」
「じゃあなんなの」
その瞳は、ゆらゆらと見たことのない色に揺れていた。これも初めて見る表情だ。これは。
「なんでありがとうございましたとか言うの?」
その瞳の色は、かすかだけど怒りに染まっている。
「律さん……?」
「そんな言葉聞きたくなかった」
「な」
「それで? 続きはあるの? 言いたい事の続き」
吐き捨てるように言うその姿は、いつもの律さんとは違って見えた。
「もしあるなら言ってみなよ。聞いてあげる」
ーー言えるならね。
そうして唇を塞がれる。それはいつもより、乱暴なキスだった。私になにも言わせないような、なにも聞かないような。
「ぅ……やっ!」
一方的で、先の見えないキス。気持ちが重ならない悲しい口付けだ。何故……なにか私は変な事を言ってしまっただろうか。
そうして、先の見えない口付けをさらに強引に進めようとしてくるから、私は精一杯律さんの体を押した。私の拒否と共に律さんの力が一瞬弱まる。だけどまたその腕に力が入りかけたから。
私はその頰をばちんっと叩いた。
じんじんとする右手と、赤くなった律さんの頰。やってしまったと思った時は既に遅かった。
「あ……りつさ」
「触るな」
「ーーっ」
「ごめん、今、触んないで」
「私……ごめっ、ごめんなさい」
「藤花ちゃん……」
「たっ、叩いちゃった……っ、律さんの事」
「ん」
「ごめんなさい……」
「藤花」
律さんが私の名前を呼んでくれる。けれど、目線は合わなかった。俯いたままの律さんに、私は次の言葉を待つ。
「大丈夫だから。頰は痛くないから」
「でも」
「ちょっと冷静になろうか」
お互い。そう言って、律さんは立ち上がるとコートを片手に玄関に向かう。ガチャンと扉が閉まる前に、戸締りしなよ、という言葉がかすかに聞こえた。
部屋には残されたのはチョコレートの香り、買ったチョコレート、律さんの残り香。だけど一番残って欲しかった人はそこにいなかった。




