SSー19.少年は流した血で、愛と花を作る
チョコレートはミルクにした。湯煎して溶かして、ケーキの材料にする。甘い、甘ったるい匂い。それからソファにちょこんと置かれたバレンタインチョコレート。これは試食した中で一番美味しかったものだ。もし今日、このケーキが失敗したら律さんにあげよう。
オーブンの余熱が終わる。スマホを見れば、仕事が終わったからこれからこちらに来るとの連絡だった。
私は、今日、決めた事がある。バレンタインは女の子が想いを告げる日だ。女の子という年齢でない私でもそれは許されるだろう。
焼けたガトー・オ・ショコラ。良い匂い。うん、きっと美味しい。呼び鈴が鳴る音に私は玄関へと急いだ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
「ん。すごく甘い匂い。チョコレート?」
「あ、はい。ちょうど焼けた所で」
「そう。それは俺に?」
パタンと扉がしまって、後ろから抱きしめられる。ん!?
「そ、そうですよ。律さんのために焼きました」
「へぇ。早く食べたい」
耳元で吐息混じりに囁かれる。
「やっ」
「髪の毛も甘い匂いがするね。藤花ちゃんがお菓子みたい」
「みみっ、舐めない……っ」
ひぇ。最近、ちょっとスキンシップが多すぎやしませんか。抱きしめられた腕はぐっと力を入れられて、簡単には振りほどけない。耳を辿っている柔らかなソレはいとも簡単に私の中の欲を引き出す。
「だめ、だめです! 先にケーキ食べてから!」
「へぇ。じゃあケーキ食べたら良いんだ?」
「そっそういう意味じゃ」
「楽しみにしてる。ケーキも、その後も」
ちゅっと、耳にキスされてすたすたと部屋の中へと歩いて行ってしまった。この間からノンストップで飛ばし過ぎです。
机に置いたケーキは丸型だ。まだ切り分けてもいないし、ラッピングもしていない。
「あ! ラッピング!」
「いいよ。このままで充分」
「でも、雰囲気が……」
「ふぅん。じゃあ、藤花ちゃんが俺に食べさせてくれる?」
「は!?」
「雰囲気出したいんでしょ。だから、プレゼントって事で。藤花ちゃんが食べさせて」
それは結構な難題だった。
とりあえず切り分けお皿に乗せて、律さんとソファに座ってる。どきどきしてる。お皿を持って、フォークでそのケーキを一口に切った。
「う……恥ずかしい」
「早くちょうだい」
口を開いて待つ律さん。その綺麗な口にフォークをそろりと持っていく。見事に吸い込まれたケーキは律さんの口の中で分解される。
「ん。濃厚だね」
「ミルクチョコレート沢山使いましたから。ーーもっと食べます?」
「うん。あぁ、でも藤花ちゃんも食べなよ」
そう言われて、自分にも切り分けたケーキをフォークで刺す。口の中に運べば濃厚なお味。うむ。美味い。もう一口を口に運べば、ぐいっと腕を引かれた。そして容赦なく唇を塞がれる。ふわりと重なった唇はチョコレートの味がしてて、思わず舐めたくなった。そんな私の気持ちを知ってか知らずか。律さんの舌が、私の中のガトー・オ・ショコラを食べようとしてくる。
「ふ、ぐっ」
「ん」
「んんっ、ちょ、それは不可能では……?」
「そうみたいだね。ケーキだから崩れる」
「無茶しないで下さいよー……」
「でも欲しくて。ほら、もう一口」
そう言われては、唇を塞がれる。私の口の中にもうケーキは残っていない。
「はっ、あま」
「も、ケーキないです……お皿のを」
「ん。分かってる」
わざと、と耳元で呟かれてぞくりとした。この人は本当に自分の魅力を理解していない。そんな風に囁かれたらこちらの身が持たないというのに。
「あの、律さん」
「なに?」
「私、その。律さんに言わなきゃいけない事があって」
「……なに?」
おほん。わざとらしく咳をして、ソファの上で正座した。律さんも体をこちらに向けてくれている。緊張する。
「今日はバレンタインなので、私の気持ちを律さんにお伝えしようと思いました」
「へぇ」
一呼吸を置いて、律さんの顔を見つめる。
言いたい事はたった一つ。伝えたい事は沢山ある。
「律さんが、好きです」
「うん」
「貴方を知りたくて、貴方に近付きたくて……貴方の恋人になりました」
「そうだね」
律さんが少し困ったように微笑む。
「私、きっと律さんに出逢った事をこれからも後悔する事はないと思うんです」
「そう」
「律さん」
頭を下げた。
「今までありがとうございました」




