SSー15.雪の中のピエリスの舞
「温泉?」
「そう。興味ない?」
あるかないかで言えば、ある。温泉というのは魅力的だ。特に冬の温泉は目を見張る物がある。寒い中で湯気をくゆらせ、熱いお湯が私達を待ち構えている。冷たく冷えた身体をお湯に浸らせれば、幸せの時間だ。至福の時。
「温泉大好きです」
「良かった。なら良いね」
「えーと。なんのお話でしょうか?」
「温泉旅行の話」
「え!」
聞けば、温泉旅行のチケットを知人に譲り受けたというではないですか。そんな、嘘みたいな本当の話があるのだろうか。
「本当は知人が行く予定だったんだけど。ちょうど行く日が出張と被ったっていうから。貰ったんだ」
「へえぇ」
「俺も有給休暇、消化しないといけなかったし。ちょうど良いかなと思ってね。藤花ちゃんと一緒に行こうかと」
良いかなと聞かれて、私はこくこくと大きく頷いた。律さんと初めての旅行、温泉。非常に嬉しい。
「ほら。結局、この前の俺の誕生日。藤花ちゃんが準備してくれていたのに、やれ仕事だなんだとゆっくり出来なかったからね。今回はそのお詫びと……誕生日のお礼も兼ねてね」
「わぁ……嬉しいです」
「ん。えーと日にちなんだけど」
すでに行く日はずらせないらしく、二週間後の金曜日から一泊二日。行く。なんとしてでも。
「楽しみですね!」
上機嫌になりながら、律さんの顔を見上げれば楽しそうに目を細めていた。
最近の律さんは表情が豊かになった気がする。前はその笑いに感情が隠されていて、本音が見えなかったのだが、今は楽しい時、疲れた時、休みたい時、なにか言いたい時、ちょっとずつ表情に変化が見られる。私としては嬉しい事なのだが、律さんにそれを言うと『そうかい?』と言ってまた愛想笑いに隠れてしまうから、要注意だ。
彼の表情の違いは、私がしっかりと心に留めておきます。
そうしてなんやかんやで、二週間。頑張った。この旅行のために……!
駅から専用のバスで約三十分。見えてきたのは今日泊まる旅館だ。露天風呂から内風呂まで種類豊富に揃っているらしい。出迎えて下さった旅館の方に案内されたのは、思ったよりも広く雰囲気のある部屋だった。
「へぇ。良い部屋だね。お布団じゃなくてベッドが備え付けだ」
「和室にベッド……なんて贅沢」
「部屋が寝室と区切られてるね。あぁ、ほら。見て見なよ」
そう言って指差されたのは、一つの扉。
「なんでしょう、この扉」
「開けてみれば?」
引き戸になっているその扉を開けるとそこに露天風呂。あれ? お風呂?
「律さん、お風呂がこんなところにあります」
「あぁ、それ。露天風呂だね。客室に付いてるやつ」
「客室に……? それはつまり」
私達が自由に使える露天風呂? 広さもそれなり、あぁこれ、二人でも十分な……。
「!?」
「広いから良さそうだね。後で入ろうか」
「はい!?」
「どうしたの? 顔真っ赤。あぁ、そっか。大丈夫だよ、一緒に入らなくても」
にこりと笑われる。くっ……からかわれた。
「もちろん、一緒でも良いんだけど」
「さらっと言わないで下さい!」
「本当に照れ屋だねぇ」
「律さんが恥ずかしすぎるだけですっ」
「そう? まぁ、とりあえず館内の露天風呂に行こうか」
はいこれ、と。館内マップを渡される。切り替えが早い。本気なのか、冗談なのか。どちらとも分からない律さんの言動に頭は混乱を来すだけだった。




