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秘密をあばけ  作者: omi
未知との邂逅編
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SSー2.まるで咲き乱れるドイツの伯爵夫人


それから、私は無事に里山さんの家に辿り着く事ができ、祖母からの使いも果たす事が出来た。あの時、あの人に会えた事は本当に幸運だった。おかげで遅くならないうちに帰る事もできた。


あの人は、あの町に住んでいるのだろうか。お礼は言えたけど、なんだか感謝しきれていないような。うーん……私、また会いたいと思っているのかな。自分の中で消化しきれない思いがあるような気がした。



そんな出会いがあった後でも、自然と日常は回っていく。気付けばもうすぐ寒い冬がやって来ようとしていた。冬に必要になるのは、防寒具だ。手袋、マフラー、コート云々。中でも手袋というアイテムは私にとって昔から失くしやすい物の一つだ。何故だか落としてしまいやすい。今年の冬も、手袋落とさなきゃいいけど。防寒具を身につけて外に出る。


さて、目的はおでんだ。寒い冬には食べたくなるコンビニのおでん。今日はコンビニのおでん、それから炊いたホカホカのお米でおにぎりを作ろう。そう心に決めて外に繰り出した。


顔に突き刺さるような、冷たい空気。空を見上げれば星が見える。寒い日の方が空気は澄んでいるようだった。

歩いて徒歩五分くらいにあるコンビニ。いつも通りのコンビニのはずだった。いつも通りの店内、いつも通りの外観。ただ一つ違うのはコンビニの前。


そこだけにいつも違う光景があった。

冬の寒い空の下に、圧倒的な存在感を携えながらそこにいたのだ。


何故、とか。どうして、とか。そんな言葉が浮かんではいたのだが、彼を目の前にしてそのような言葉は無意味だった。



『あれ。君、前にも会ったね?』


声が私の耳に入っていく。それは心にストンと落ちた。また会えたのだ。


『お久しぶり、です』

『ああ、久しぶり。澤白さんだったね』

『覚えていて、下さったんですか?』

『うん。君、印象的だったし』


目を細めるその仕草にどきりとする。あ、これはヤバイ。


『どうしてここに?』

『あぁ。仕事帰りで。たまたまコンビニがあったから。ほら冬って肉まん食べたくなるでしょ』

『私はおでん派ですが』

『あぁ、そっちね。でもおでんってガッツリ系じゃない?』

『いえいえ。そんな事ないですよ。おでんはおやつから夕食まで幅広い活躍を見せてます』

『そう? でもやっぱコンビニなら肉まんかな』

『そうですか。というか、随分薄着ですね』


彼はシャツにスラックス、コートは前を開けた状態だった。


『あぁ。まだ衣替えしてなくてね。マフラーが部屋の奥で眠ってる』

『もう十二月も半ばですが』

『そうだね。そういう澤白さんは随分厚着だね』

『そうですか? 暖かいですよ』


マフラーも手袋もコートもバッチリだ。なんだったら、コートのボタンだってキッチリ締めてる。


『風邪、ひかないで下さいね』

『優しいね。心配してくれるの?』

『そりゃあ、そんな薄着ですし』

『名前も知らない奴なのに?』

痛い所を突かれた気がした。そうなのだ。私は、この人の名前も知らない。『誰か』知らないのだ。それでも、私はこの人を知っている。


『なら教えて下さい、名前』

『ふーん、そうだね』


にこりと笑って、その人は意地悪な事を言い出した。


『なんだと思う?』

『いやいや。名前なんて、当てられないですって』


一体いくつ種類があると思っているんだ。


『真面目だね。テキトーに言えばいいのに』

『いや、だって。知りたいですし』

『……ん?』

『知りたいです、貴方の事を』


どうしても、上手く躱されそうな気がして真っ向勝負に出る。このまま名前を聞けないのも嫌だし、このまま終わってしまうのも嫌だった。私は彼の事を真っ直ぐ見つめると、彼は少し困ったように笑った。


『参ったね。そんな真っ直ぐ見つめられちゃ』

『すみません』

『謝る必要ないでしょ。名乗らなかったのも失礼だったしね……おや』


ふわり。目の前に白いなにか落ちてきた。



『降ってきたな』

『降るかもとは言ってましたが、早いですね』

『しかも絶妙なタイミング』

『なにがです?』

『名前。これ』


手のひらでそれを受け止めた。手のひらに乗っかってはすぐに溶けてしまう雪。冷たそうな手のひらは少し赤くなっていた。


『ゆき、さん?』

『ハズレ。しかも苗字なんだよね、これが』

『むむ。ゆき、雪? 苗字なら雪谷、とか』

『これまたハズレ。さて、寒くなってきたし、肉まん買って帰ろうかね』

『あ、待っ』

『君も。おでん買うんでしょ。中入ろう』


コンビニの中は暖かった。一気に顔が赤くなる気がした。隣の、仮にゆきさんとしよう。ゆきさんがレジ近くに立って、蒸し器を眺めている。特大肉まん……美味しそう。大きな筍入りか。


『俺は餅巾着が好きだけど、ある?』

『おでんも買うんですか?』

『せっかく澤白さんが勧めてくれたからね』

『そうですか。あ、ありますよ、餅巾着』


レジで並んで、好きなおでんの具財を購入。ふわぁ、美味しそう。普段、餅巾着など買わない私がゆきさんに感化され、本日購入。早く家に帰って食べたい、けど。


『はい、これ』

『これ……肉まん?』

『ただの肉まんじゃなくて、特大肉まん。俺のお勧め。あげる』

『え! でも』

『嫌い?』

『いいえ! いいのかなって』

『ダメなら渡さないでしょ。それ食べて、暖かくしなよ』


鼻赤い、と笑われる。それから、じゃあねと。

また会えるかのように、普通に去って行こうとするから。私は思わず彼のコートを引っ張ったのだ。


『うわっ。なに?』

『ゆ、ゆきさんは』

『うん?』

『またこのコンビニに来ますか?』

『うーん、どうだろ。近く通れば来るかもしれないけど』

『なら!』


この時の私は、鬼気迫る表情をしていたのだと思う。


『また来て下さい。次会う時までに、貴方の名前、考えておきますから!』


我ながら見え見えの引き止め方だった。こんなの、また会いたいと言っているようなものじゃないか。でも。そうしてでも、このままゆきさんと別れてしまうのは嫌だったのだ。


『そう。考えてくれるんだ? じゃあ、そんな澤白さんにヒント』


彼は少しだけ身をかがめ、私と目線を合わせるようにして小声で話しかけてきた。


『俺の苗字は一文字だけ。名前も一文字だけ。よく女性に間違われる』


さぁ当ててごらん、頑張って。

それだけ言い残して、ゆきさんは去って行った。


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