SSー12.純白の糸巻きを紫に染めて
その後ろ姿を見つめると、どうしても抱きつきたくなる。笑った顔を見ると、どうしても愛しさで溢れてしまう。この一年、律さんの事を見てきた。彼を見ていると穏やかな気持ちになるどころか、気持ちは荒れるばかりだった。いや、荒れるとはちょっと違うか。気持ちは溢れて止まらない、激情のような思いが私を覆っている。この渇きはどうやったら癒えるのだろうか。
「大丈夫?」
そうやって助けられたのは、二度目だ。
「さ……観月さん」
「ははっ。学んだね。壁を一枚感じるよ」
「どうしたんですか?」
「とてもナンセンスな質問だね。それでも律さんの彼女かい?」
隠す事なく直球できた。やっぱり気付いていたんだ。私が律さんの彼女だって。とんでもない猫かぶりだったんだなと思いながらも、その性格が隠されるよりはマシか、と感じる。
「えーと、では。なんでここにいるんですか?」
「不合格。その質問もこの場に適してないね」
なんなんだ、この人は。黙って立っていれば多少見てくれは良いものの。観月さんは私に向かって手を挙げた。なに、挙手? 恥ずかしい、目立つじゃないか。なんだっていうんだ。観月さんの手の平に収まっている物を見つめる。
どこかで見たような箱、ラッピング。
「大事な物を落とした子に、手を差し伸べに来たってところかな」
「ーー!」
驚いて鞄を探ると、ない。私があの日律さんに渡しそびれてしまったもの。つまり、クリスマスプレゼントだ。
「年も明けたというのに、後生大事に持ち歩いているの? 渡してないのかい?」
「な、なんで!」
「買い物してる時に、ぽろっと落としてたよ。気をつけないと」
あの日、結局、律さんは朝早くに帰ってしまったので、渡しそびれてしまったのだ。それからどのタイミングでも渡せるように、ずっと鞄に入れていた。
「ありがとうございます。助かりました」
お礼を言って私が手を伸ばすと、ん? と首を傾げられる。私もそれに倣って首を傾げる。
「あのプレゼントを……」
「あぁ。返して欲しい? そうだなあ……」
観月さんはニコリと笑って、私に言った。
「そんな簡単に返すと思う?」
「なっ。私のですよっ」
「拾ったのは俺だよ」
「それは! ありがとうございます! でも!」
両手を差し出して、強めに言ってしまう。
「私のです」
「へぇ。案外、気弱な子というわけでもなさそうだね。あのさ。律さんに最近会った?」
「最近……は。会ってないですが」
「だよね。これ、渡してないくらいだもんね?」
「何が……言いたいのでしょうか」
「君さ、律さんの彼女なんだよね?」
「そうですよ」
「だったら、律さんの今の状況、ちゃんと知っといた方がいいんじゃない?」
ガツンと、頭を叩かれた気分だった。痛い。
私だって律さんに会いたいのは山々だ。メッセージのやり取りはしている、電話も時々。ただ、会えていない。私と律さんの休みが被らないから? お互い忙しいから?
振り返ってみる。違う、そうじゃない。
会う話になると、途端に話が逸れるからだ。
「どうして……」
「ーーだからさ、って。泣かないでよ、俺が泣かしたみたいじゃん」
「泣いてないですよ」
「鼻水出しながら言っても説得力ない。えーと、あ、これ」
そう言って差し出されたのは一枚のハンカチ。あれ、意地悪かと思ったら意外に親切。
「それ、律さんのハンカチだから。使って良いと思うよ。ついでに返しておいて」
「な、なんであなたが持ってるの……?」
「さて。なんででしょう。細かい事考えるんだったら、律さん本人に聞けば良いんだよ」
青地に小さなドットの入ったハンカチ。律さんに似合う色。遠慮などせずに、それで目尻を拭いた。
「それ、託したからね。あーあ、こんな事、するつもりなかったのに」
「う、うん……? ありがとう?」
「なんで、疑問系なわけ? じゃあ俺、行くから」
去り際に、そういえば。と。こちらを振り返り疑問を投げかけられる。
「何で、観月って呼ぶの? 前は朔って呼んでいたのに」
「だって」
「なに?」
「朔さんって呼んでいたのは……貴方が、朔、としか名乗らなかったから。そう呼ぶしかなかったんじゃない。それに、朔って呼ぶと律さんが」
「なに?」
「すぐに観月でしょって訂正するから、観月さんで良いかなと」
「あ、そう」
じゃあね、と。観月さんは去って行った。




