SSー11.甘く香る、バタフライブッシュ
クリスマスケーキは小さくて丸いものにした。飾り付けられているクリスマスリースが可愛い。そういえば、生クリームが好きか嫌いかわからず、ショートケーキにしてしまった。雪のようなショートケーキ。律さんを思い出させる。もしお嫌いだったら、私が全て食そう。それから、シチューホットパイ。これは私の手作りだ。今オーブンで焼いている。
それから。机に置かれた小さな箱。クリスマスプレゼント。中にはネクタイピンが入っている。
『朔さんはネクタイピンはよく使いますか?』
『ネクタイピン? あぁ、使うね』
『ほほう。律さんもしてますよね?』
『してるね。ネクタイレスの時もあるけど。ほら、ネクタイブラブラしてたら邪魔ですし』
『そっか』
『プレゼント? お友達なのに、あげるんだね』
『ち、違いますよー。律さんにじゃなくて、彼氏にですよー』
何故、咄嗟に誤魔化してしまったのかは聞かないで欲しい。おそらく、朔さんは悪い人ではないだろうし、私に危害を加えたり律さんの迷惑になる事もしないだろう。だけど。素直に律さんが恋人だと言う事は憚れた。それは多分、朔さんに言って良い事なのか私が判断しきれていないからだ。
来客を知らせるベルが鳴る。来た。
「いらっしゃいませ」
「良い匂いがする」
「ちょうど今、ホットパイが焼けましたよ」
「へぇ。ホットパイって自宅で作れるんだ」
「作れますよ。うわっ、律さん手冷たっ。早く入って下さい」
「ん」
そのまま手を引っ張ってリビングへと連れて行く。暖房効かせておいて良かった。
「そうだ。藤花ちゃんこれ」
「はい?」
「君の好きなおでんと、クリスマスっぽくチキンね」
「わ。ありがとうございます。これ、並ばないと買えないチキンじゃないですか!」
「時間が時間だから空いてたよ。遅くなったね」
「……思っていたより、早かったですよ?」
時計を見ればもうすぐ九時。もっと遅くなるかと思っていた。ふと、今日の光景が目に浮かぶ。忘れていたのに。やだな、変な態度に出なければ良いが。
「藤花?」
「な、なんでもありませんよ! コート脱いでどうぞ、座って下さい」
受け取ったコートをハンガーにかけて吊るしておく。あと何時間、律さんといられるんだろう。私は明日お休みだから良いものの、律さんはどうなんだろうか。
たらふく食べて、美味しくケーキも頂いて。まるで新婚のように二人で食器を片付ける。
「藤花ちゃんって、料理上手だね」
「あぁ、それはグルメ好きが転じて自分で作って食べたくなるので。色々トライしちゃうんですよね」
「ふぅん。ケーキは市販?」
「はい。あ、生クリームダメでした?」
「いや、大丈夫。今度ケーキ作ってよ。藤花ちゃんのケーキ食べたい」
「いいですよ。得意なのはチーズケーキです」
「じゃあそれで」
律さんの視線を感じた。見上げれば、律さんがこちらを見下ろしていた。
「……なにか?」
「藤花ちゃん。まずは手を拭こうか」
「? はい」
「そしたらこっちにおいで」
手を引かれてまずは律さんがソファに座る。そして何故か私がその足の間に座る。
「はい。羽交い締め」
「!?」
「そんな風に付いてっちゃダメでしょ」
「いや! 理不尽ですよ!」
「はいはい。大人しくしなさい」
羽交い締めにされたせいで、背中に律さんの硬い胸だとか、暖かさとか、感じてしまって、わけがわからない何かが体の中でくすぶっていた。
「ちょっと様子が変なのは、観月に何か言われたね?」
「みづき……?」
「会わなかった? グレーのスーツを着た、やけに元気な男」
それは。
「朔さんですか?」
「……そうだね。観月 朔だ」
知っていたのだ。律さん、気付いていたのだろうか。
「仕事終わりに、観月に言われたよ。お友達に会いましたよって」
お友達。という言葉を口にした律さんの周辺温度がぐっと下がったのは私の気のせいだろうか。
「お友達? 誰の事だろうね」
「はは……」
「聞けば、藤花ちゃんって言うじゃない。耳がおかしくなったかと思ったよ」
「あの、ですね」
「そしたらさ。藤花ちゃんが彼氏にプレゼントあげるって言うじゃない。お友達の俺じゃない、誰かに」
ぐっ、と。羽交い締めにしている腕に力が篭る。
「ホント、おかしくなるかと思ったよ」
律さんの額が私の首筋に埋められて、吐息が首筋に触れた。




