SSー10.千の葉を盾に、いざ挑むのは
真綿で首を絞められて、窒息させられそうだと思った。ひゅーひゅーと。浅い息をしている。心臓は嫌な音を立てていて、全身の体温が低くなる。あれは、律さんだ。隣に綺麗な女の人がいる。
なんで、今日はクリスマスなんだろう。
律さんへのクリスマスプレゼントが決まらなくて、買わずに今日に至る。実は週末になる度にお店に繰り出しては、見て、悩んでやめてしまう、を繰り返していた。
けれどもう決めなくては。やっぱりあのネクタイピンが良いかも。律さんいつもスーツだし、ネクタイピンならいつでも付けてくれそうだし。
色々準備したくて、有給を午後に活用させて頂いた。時間が出来たおかげで、プレゼントも慌てず買いに行けるし、料理の準備もできる。まずはプレゼントを買って、それから夕食の買い物、ケーキは最後に買って帰ろう。ケーキ……なにが良いかなぁ。律さん、嫌いなものとかあるのかなぁ。
ーー幸せな気分だったのだ。ケーキの事を考えるのも、プレゼントの事を考えるのも。ただ、それが目に入らなければ。
女性の腕が律さんの腕に回っていた。側から見れば、まるで恋人同士だ。あれ本当に律さんだよね? っていうか、今日はお仕事のはずだよね。なんであそこにいるんだろう。仕事? あの女性と? むむ、そんな仕事……ホスト? え、ホストなの? だからいつもスーツなの? 頭の中がハテナだらけになりながら、私は隠れて律さんの後を追った。見れば見るほど、二人は親密そうに見える。それに、互いに笑い合っていた。
もし。もし、仕事じゃないのだとしたらあの女性は誰なんだろう。どういう関係なんだろう。考えても答えは出ないのに、頭を悩ませてしまう。嫌な考えがぐるぐる回る。喉の奥からなにかがせり上がって来そうで、思わずその場にうずくまった。
ーーなに、やってんだろう私。律さんの事を疑ってどうする。後で話を聞けば良い。見かけたけど誰ですかって。嫌な気持ちになるのはそれからでも遅くない。まだ、大丈夫。ゆっくり呼吸をする。よし。
どれほどそうしていたのか。数秒、あるいは数十分。ポン、と肩を叩かれるまで自分が外にいる事も忘れそうだった。
「大丈夫ですか?」
明るく、優しげに声をかけられた。
「あ……」
あの日、律さんと一緒にコーヒーショップにいた彼だった。
「貴方は……」
「すみません、うずくまっていたので。気分悪いですか?」
「あ、いえ。大丈夫です。ちょっとだけ目眩しただけで」
「それは大変です。ここは寒いですし、あそこで休憩しませんか?」
すっ、と。彼が指差したのは某チェーン店の喫茶店だった。確かにお昼はまだだった。思い出すと、ぐぅとお腹が鳴る。そうだ、あそこのサンドイッチ食べて落ち着こう。
「はい。そうします。ありがとうござい」
「では行きましょうか」
にこりと笑う。あれ? 腕を引っ張っておりますが。あれれ。一緒に入っておりますが。二名様ですね、はい! あれ、二名様で通されちゃっておりますが。
「俺もここのサンドイッチ好きなんですよ。何にします?」
「展開についてゆけない……」
「なんです?」
「いいえ! わたしケサディーヤサンドのセット」
「はい。じゃあ頼みますね」
ことスムーズに注文してくれた。なんで私、名前も知らない人と一緒にお昼食べようとしてるんだろう。
「さっきより顔色良いですね。良かったです」
「あの。ありがとうございます、声かけて下さって」
「いえいえ。俺もちょっとだけ興味あったんで」
「え?」
「あのネイビーのスーツ着た男の人の事、ずっと追いかけていたから。知り合いなのかなって」
すっ、と。彼が目を細めた。瞬間、ここだけ気温がグッと下がった気がした。
「そんな。知り合いだなんて」
「じゃあ、ただ単にイケメンだから見てたのかな?」
「……」
なんだろう、この圧は。私が律さんの知り合いだとこの人に言って良いのだろうか。この人は律さんの知り合いだ。それは間違いない。何故、こんな事を聞いてくるのだろう。
「貴方こそ、彼の知り合いなんですか?」
「うん。だから、気になって。だって、貴女が悪い人だったら見逃せないし」
この場合の悪い人とは、誰にとっての悪い人だろう。それとも世間一般的な悪い人だろうか。
「私は……貴方の言う悪い人ではないと思います」
「へーぇ」
「澤白 藤花、です。り……雪さんとはその、お友達です」
「友達?」
「はい。久しぶりにお見かけしたから声をかけようとしたのですが。なかなかかけられず」
「そう……」
お待たせしましたー、と。コトリと置かれたホットココアに、彼が手を伸ばす。私も温かなカフェオレを一口飲んだ。
「不躾にごめんね。ちょっとだけ怪しく見えたからさ」
そりゃあんな風に後追っかけていたら、怪しいだろう。私にも罪はある。
「俺は朔。律さんの職場の後輩。よろしくね、藤花さん」
「朔さん……」
それは苗字だろうか、名前だろうか。しかし、こんな初対面で名前を始めから名乗るわけないと思い、彼の苗字だと思う事にする。
「律さんの友人だったんだね。良かった、全然知らない人じゃなくて」
「そうですか……?」
「うん。だって。知らない人で、律さんの後追っかけていたら。それこそ貴女が何なのか調べなきゃならないでしょ?」
軽く目を開く。何故、そこまでする必要があるのだろうか。ただの後輩だよね? あれ、仕事場の後輩って先輩に何かおかしな事があれば調べたりするのかな。たしかに、よっぽどの事であればするかもしれないけど。いや、しかし。これはよっぽどの話ではないと思う。
「ーーあぁ、食事が来たみたいですね。食べようか」
にこりと笑った姿に、得体の知れない何かを感じたのは私の気のせいだと思いたい。




