味わったことのない快感
「ギャァァァアアアアアア‼︎」
耳障りな悲鳴が頭に響き顔をしかめる。痛いのはわかるが、もう少し静かにしてほしいものだ。周囲に広がる骸を眺めながら、私は最後の1人に顔を向ける。
「さて、あなたは私を楽しませてくれますか?」
仮面の裏で嗤いながら、挑発。
「…ちっ、ここに集まった者たちは帝国で活躍している冒険者たちだ。無論雑魚ではないし実力も折り紙つきだ。認めよう、お前は強い。だが俺はこれでもギルド長、このような困難はいつも乗り越えてきた。ここでお前を潰してみせる。」
巨大なバトルアクスを地面に叩きつけ地面を震わす。その覇気におされてか、周囲の木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立っていく。
ビリビリとした空気を感じながら自分の得物であるナイフを握り直した。
正直なところ自分と相手の武器の相性は悪い。自分が短刀に対して、相手は巨大なバトルアクス。まともに打ち合えば武器が粉々になるだろう。まあ私は魔力を纏わせているから砕かれることはないけど、その巨大さからくる圧倒的な破壊力にぶっ飛ばされるのは容易に想像がつく。
先に動いたのはラハブだった。
轟音
バトルアクスから放たれる圧倒的な破壊力によって、周囲の景色が一瞬にして変わってしまった。
軽く驚きの表情を浮かべながら後方に飛び去る。
ぶっちゃけラハブがここまで早い動きが出来るとは思っていなかった。現役から引退してるとはいえ、さすがはギルド長である。実力は全く衰えていないようだ。最初は勝負にもならないと思っていたが、これは評価を改める必要があるだろう。
その後も何回かくる大斧の攻撃を避け続けていると、ラハブの表情がどんどん険しくなっていった。
「…貴様‼︎かわすだけで何故攻撃してこない‼︎」
怒った表情でさらに攻撃のスピードを上げていった。やはり戦いの最中に考え事をしてはいけないな。
「失礼した。少し魅入ってしまったよ、悪気はない。」
軽口を言った後に後ろにめがけて飛んだ。
そして一旦距離を取り、自分の得物であるナイフに魔力を籠める。圧縮された魔力が赫く光り始めた。
そしてそれを見たラハブも、大斧に魔力を籠め始めた。
お互いしばらくの間にらみ合う。そしてほぼ同時に一歩を踏み出した。
「「はぁあああ‼︎‼︎」」
雄叫びをあげ両者の刃が触れ合う。
瞬間、凄まじい音をたてながら大気を震わせ、魔力同士がぶつかり合った影響で強烈な光を発する。さらにその余波で周囲の木々が弾け飛んでいった。
光が収まったあと、そこには倒れた者と立っている者がいた。
私は目の前に倒れている男を見下ろす。その体は爆発の余波でズタズタになり生きているのが不思議なくらいだ。ちなみに私はノーダメージ。
「中々楽しめたよ、ありがとう。そしてさようなら。」
そしてトドメをさすため喉元めがけてナイフを振り下ろした。
しかし刃が肌に触れる瞬間、運命の時が訪れる。
斜め後ろから何かが迫ってきたのを感じ、私は咄嗟にナイフで防御姿勢をとった。
キィンッ‼︎
金属同士が当たる独特の甲高い音が鳴り響くと、凄まじい衝撃が私を襲う。
「これを防ぐとはやるね!殺人鬼さん。」
奇襲をかけてきた犯人は喜びの表情をしながらそう告げた。
ラハブにトドメをさすことを中止し、新たな敵に顔を向ける。
「あなた…誰?」
「ん?私は勇者。魔王を倒し世界を救った者だよ。」
笑顔で言うと聖剣から光が発し、凄まじい力が私をさらに襲う。こらえきれずにそのまま後方に吹き飛ばされた。
木々にぶつかりつづけ、ようやく止まると全身に痛みが襲った。聖剣から発せられた勇者の魔力が、私にダメージを与えたのだろう。
久しぶりに感じた痛みをそう分析しながら、同時に心の奥底で今までに感じたことのない程の高揚感が湧き上がってきた。それは快感という形で私をゾクゾクさせる。
そして理解する。
この勇者こそ私の渇いた心を潤わせてくれる人ではないかと。