3話
時刻は八時を回り、空には星が輝きだした。天文部の人達はせっせと観測をしたり、写真に収めたり、いかにも部活らしい活動を始めた。と言ってもゆるやかなムードで、時々静かな笑い声が聞こえた。その中に雨宮先輩もいる。笑い声の理由は彼の冗談だ。
やっぱりだ。
深いため息が出る。吐き出した白い息は暗闇に溶けていく。息を吸うと、真冬の風が入り込み、体の芯から冷えていった。
私の予想通り、先輩は星の観測に夢中で、私の事は眼中に無い。
分かっていたはずなのに、私は何を期待していたんだろう。張り切ってマフラーなんか編んだりして、ほんと馬鹿みたいだ。私は先輩に気づかれないようにその場を離れた。
少し離れた所で周りを見渡してみると、私と同じ、この企画に参加している男の子と女の子を見つけた。二人ともどこか幼い顔立ちで、多分一年生だと思う。一緒にシートの上に座って、二人の距離感はとても近かった。あの距離は、恋人の距離だった。
女の子は勉強してきたのか、どこか得意そうに夜空を指指し、星座の説明をしている。対して男の子はどちらかというと、星よりも女の子の方に興味がある様に見えた。
みんな、考えることは同じだ。
羨ましい。複雑な気分になり、眼を逸らした時、
「貴方……明日見さん? 手芸部部長の……」
後ろから声を掛けられた。振り向くと背の高い女の子がいた。
この人は部活動会議で見たことがある。確か女子バレー部のキャプテンで、ショートヘアーとハキハキした喋り方が印象的だった。
「田中先輩……で合ってますか?」
「うん、合ってるよ。さっきそこのテントで、ココアを貰ってきたの。良かったら飲みながら少し話さない? 」
二人分の紙コップを抱え、田中先輩は頬笑む。私は静かに頷いたのだった。
二人でシートに座り、暖かいココアを飲む。
甘い。冷えた身体に染み渡る。さっきまでの悔しいような、惨めなような気持ちは角砂糖の様に溶けていった。
「ねぇ明日見さんはどうしてこの企画に参加したの?」
両膝を抱えたまま田中先輩は訪ねた。
好きな人と星を見たかったから。その言葉を言おうとしたけど、胸の中でつっかえて出てこなかった。
何も言えない私に田中先輩は笑みを浮かべる。
「当ててみようか。好きな人と星を見にきたんだよね」
「……どうして分かったんですか?」
「あたしも同じ目的で来たから」
そう言って田中先輩はココアに口を付けた。
「貴方は、多分雨宮君目当てかな」
「何でもお見通しですね」
私も薄く笑う。ココアを一口だけ飲む。――暖かくて、甘い。
「バスで一緒の席にいた所を見たんだ。彼、少年みたいにキラキラしてるからね。分かる気がするよ。――あたしは誰が好きだと思う?」
私は考えてみたけど、見当が付かない。田中先輩はまるで自分に言い聞かせるように夜空を見ながら答えた。
「あたしは谷崎先生が好き」
私は驚く。
無理だよ。相手は先生、大人なんだから。
そんな意地悪な言葉を心の奥に押し込める。
すぐに否定ばかり思いつく私は、残酷な人間だ。
「告白したけど振られちゃった。……そりゃそうだよね。谷崎先生は大人だし、教師だし、結婚もしている」
「そんな、結果が分かっているならどうして――」
田中先輩は私を見つめる。彼女の瞳は私より大人の色。だけど僅かに少女の色が混じっていた。
「本気で好きになったの。理由はそれだけでいいよ」
田中先輩の眼から涙が溢れた。
綺麗。
それが彼女の涙の第一印象だった。きっとこの人はバレー部の県大会や卒業式でも、こんな綺麗な涙を流せるんだろうなと思う。
この人に好かれた谷崎先生は、本当に幸せ者だ。
「ありがとう明日見さん。貴方に話せてスッキリした。雨宮君とは絶対上手くいくよ」
「そうでしょうか? 私、見ちゃったんです。副生徒会長の佐藤明梨さんが先輩に告白しているところを」
「大丈夫だよ。貴方の方がずっと可愛いから」
どう考えても私より佐藤明梨の方が可愛くて頭もいい。
だけど田中先輩に言われた言葉はおまじないの様に信じれる強さがあった。
私、どうしてこんな複雑に考えていたんだろう。口元が緩む。
今回オリオン座を見に来たのは、”好きです”と言いに来ただけ。ただそれだけの事だったのだ。
「田中先輩、お話、ありがとうございます。今から私も頑張ってみます」
「うん、応援してるよ、明日見さん」田中先輩は笑みを浮かべ、星空を見上げた。彼女は晴れ晴れとした表情だった。
私はお辞儀をし、雨宮先輩がいる方へ歩き出した。
少し歩いた所で、こちらに近づいてくる影があった。灯りに照らされた顔は私のよく知っている顔。
雨宮先輩だった。
「明日見」
「雨宮先輩……」
雨宮先輩ははにかむ。まるでピーターパンの様に。
「遅くなったな。これから一緒にオリオン座を見よう。」
私は嬉しくなって頷く。
さっきの田中先輩の言葉はやっぱり、おまじないだったみたいだ。