2話
雨宮先輩とは、同じ文化部部長同士で、会議で良く顔を合わせる内に話すようになった。
天文部部長と生徒会長の2つの顔を持つ彼は、平均より少し下の私と違って、先輩は勉強が大得意だった。
勉強をしているから成績が良いと言うよりは、趣味を続けている内に自然と点数が取れてしまうのだという。宇宙や星が大好きで、将来は天文学者になりたいと語った。
天文学者。
その響きは私にとってはあまりに遠い存在で、子供の頃夢見たアイドルとか魔法少女とかと同じで今となっては蜃気楼の様に霞んで見えない。だけど彼にとっては現実的な考えのようで、先週、東京の最難関大学に入学試験を受けに行った。
翌日帰ってきた雨宮先輩はニッコリと笑い、「まあ、思ったより難しくは無かったかな。入ってからが本番だぜ」と平然と言い放った。
先輩を例えるなら、まるで永遠の子供、ピーターパンの様だった。冒険に出かけるみたいにどんどん先へ進んでいってしまう。
私はそんな彼に惹かれた。目を奪われた。
周りの女の子達はもっと大人の人が良いと口を揃えて言うけれど、私に言わせれば彼女達は全然分かっていない。
彼は本当は宝石の様に美しい輝きを放っているのだ。彼の価値が分かるのは私しかいない。それはなんだか私だけが特別みたいで、とっても誇らしく感じていた。――昨日までは。
私はオリオン座を見に行く事を伝えに放課後の天文部の教室を訪れた。先輩は同士が現れたと思って嬉しそうにうんちくを語り出すかも知れない。――聞きたいな。そう思い扉を少し開けのぞき込んだ時、見てしまったのだ。
副生徒会長の佐藤明梨が先輩と目を合わせ話しているのを。耳から「好きです」という単語が流れ込んだ。その光景を目にした瞬間、サーっと血の気が引いたのが分かった。
私だけじゃ無かったんだ。彼の輝きを知っている人物は。
突然、酷く自分が恥ずかしく感じ、私はその場から逃げ出した。手芸部の教室の前まで来ると涙が滲んできた。慌てて目を擦る。――ずるい、勝てっこない。佐藤明は私と同じ二年生で美人で明るい性格、頭も良い。まさに学校の女王様の様な人だ。どうしてそんな人が。
雨宮先輩がなんて答えたかは、結局分からずじまいだった。
私たちを乗せた小型バスは、山を登り、高原にたどり着いた。すでに夕暮れ時で、空は青みがかっていた。
私達がバスから降りると、谷崎先生はハキハキとした、大きな声を上げる。
「よし、今からテントの準備をする。天文部が中心となって行動するように」
谷崎先生の一言が終わると、雨宮先輩は中心に立つ。
「じゃあまずはテントと望遠鏡組み立てで別れるぞ。テントの指示は副部長、頼むわ。坂口と……明日見は俺と望遠鏡組み立てな」
天文部の坂口君と一緒に私の名前を呼ばれた時、胸が鳴った。みんなが作業を始める。雨宮先輩は慣れていて、テキパキと望遠鏡を組み立て始めた。2台組み立てた所で、「坂口ありがとな。テントの方手伝ってやって。明日見、次はこれ手伝ってくれ。」もう一台置かれていた望遠鏡を作り始める。先ほどの望遠鏡より筒状の部分が太い。
「先輩、それは?」
「俺の望遠鏡だ。こいつは反射式で外気順応に時間が掛かるから最後にしておいたんだ。」
「どういうことですか?」そう訪ねると先輩はいたずらっ子の様に笑った。
「ちょっと癖があるって事かな」
「癖……ですか」
「でも、色収差が起きないし、屈折式より安い。良い所もあるんだぜ。」
また専門用語が飛び出る。知識を自慢したい為に、わざと言っているのかも知れない。
「先輩、聞きたい事があるんですけど……」
「なんだ? 」
――佐藤明梨さんと付き合うんですか?
「……いえ、やっぱり何でもありません」急いで頭の中の疑問を取り消す。
「まぁ、初心者は何を聞けばいいかも分からない状態だからな。思いついたら何でも聞いてくれよな」雨宮先輩は笑い、望遠鏡のに目線を戻す。
――今まで付き合った事はありますか?
――私の事は、どう思っているんですか?
「……はい」
聞きたい事は沢山あるのに、口からは何も出なかった。
聞くことが、怖かった。