ヤポニアの魔女(3)
国際高空迎撃センターでは、常に母星への隕石の接近に目を光らせている。極大期には母星が無数の隕石の元となる小惑星体を通過するため、四年ごとのこの期間が一番の繁忙期だ。小さな塵はフダラクとボダラクの重力に囚われて、輪の一部として吸収されることになる。残った大きなものや、一部の変則的な運動性を持つものが隕石となって母星に落下してくる。星を追う者の標的は、そういった母星を脅かす隕石たちだ。
例外的に、フダラクやボダラクに対して、その軌道や重力のバランスを破壊しかねない巨大な隕石が落着すると予想された場合にのみ、これの処理をおこなうこともある。こちらは滅多にあるオペレーションではないが、地上環境への配慮が必要ない分、気持ち楽に対応することができるらしい。
さて、国際高空迎撃センターと言うと、どうしても極大期や星を追う者にばかり注目が集まってしまう。しかし実際には、極大期ではなくても国際高空迎撃センターは常にフル稼働の状態だし、星を追う者以外の魔女たちや職員も大勢所属している。
極大期ではない時の国際高空迎撃センターの仕事は、次の極大期の隕石の予測と対応準備が主な業務となる。極大期には無数の隕石が飛来することになるため、それを場当たり的対処することは不可能だ。国際高空迎撃センターでは、まず予言士によって隕石の数や規模が提示される。そしてそれを参考にして予測士たちが実際に観測してデータを取得し、その影響度を算出するという手順となっている。
予言士は特殊な能力を持つ魔女たちだ。その名の通り、未来の出来事をビジョンとして映し視ることができる。未来は基本的に固定されたものではなく、ちょっとした因果のずれですぐに異なる内容に変化してしまう。予言士の告げる未来予想図は、絶対ではあり得ないのだ。それでも、複数の予言士の視たビジョンの内容を突き合わせることによって、大まかな未来の形を掴むことは可能となる。
予測士は魔女でも魔術師でもない、いたって普通の人間だ。高度な計算を実行する電子計算機を使用して、様々なデータの解析を実行する。普通、とは言っても大量の数値の分類と理解や、複雑な計算式を駆使するのには、相当な専門知識を必要とする。国際高空迎撃センターでは予言士の出してきた未来の予想を検証し、その裏付けと対処の方法までを策定する重要なポストとなっている。
極大期の隕石の飛来予測とその対処方法が明らかになってくると、今度は実際に現場でその対応にあたる者たちが選出される。隕石を破砕するオペレーションであれば当然のごとく星を追う者の出番となるが、それは極大期の隕石対応の中でもごく一部分でしかない。星を追う者の人数は限られているし、隕石破砕の触媒は希少で高価なものとされている。全部の隕石を破壊して回るという行為は、それらの理由からかなりコストが高く、効率の悪い手段だということができる。それに、常に作戦が成功するとは限らないのが、現実の残酷さというものだ。
隕石に対する処理方式で最も多いのが、重力制御士による軌道変更である。重力制御士は、普段からワルプルギスの生存環境の構築にも一役買っている。母星からの引力離脱時に、船員が強い衝撃を感じないようにコントロールしているのも重力制御士の仕事である。重力制御士がいなければ、今日の我々の宇宙開発の発展はなかったと言い切れる程だ。
また、質量や速度の関係から迎撃が困難な隕石への対処や破砕の失敗時に、母星の上で展開する地上部隊も存在している。それが母星を守る最後の防壁、防御士だ。防御士は宇宙空間においては、主に遮蔽物のない環境で作業をする人員の防衛活動をおこなっている。隕石からの母星への被害を防ぐために、文字通り自らが『壁』となって立ちはだかる勇敢な魔女たちだ。
こういった隕石への対応方策を作成した後に、大切なのはそれを現実に運用、展開することである。魔女たちにはそれだけの作戦を実現させるだけの十分な権限や資産が、常に与えられている訳ではない。国際高空迎撃センターは、あくまで国際同盟の下部組織であると位置づけられている。極大期迎撃要綱をまとめ上げるためには、母星にある多くの国々との連携が不可欠だ。
魔女たちがある国の領空内を飛行するには、その国の飛行許可が必要になる。地上部隊を展開するのにも、事前に駐留期間と規模を明確にしておかなければならない。強い力を持つが故に、魔女たちの行動は厳格に管理、統制されていなければならない。ワルプルギスに設置されている各国の大使館を通して、魔女たちは母星の国々と根気よく交渉と調整を繰り返すことになる。
最終的な極大期迎撃要綱の完成が見えてくると、今度は予算の折衝が始まる。魔女たちは霞を食べて生きている訳ではない。スタッフの中には普通の人間だっている。先立つものがなければ、星を追う者だってお腹が空いて力が出せないだろう。機材や資材だって無料ではない。人類が生きていくには、どうしてもお金が必要だった。
隕石迎撃は、母星に住む人類全体から委託された、国家の枠組みを超えた偉大な事業であると見なされている。資金は全て国際同盟から支払われるが、当然のように無駄遣いは何一つだってできはしない。国際高空迎撃センターの台所事情は厳しく、最近では独自に宇宙観光事業でも始めようかという意見がちらほらと上がっているくらいだ。
その間、精鋭部隊である星を追う者は毎日欠かさずに訓練をおこなっている。彼女たちの出動が要請される事態とは、それだけ母星が逼迫した状況に置かれているということだ。先述した通り、隕石の破砕オペレーションのコストは相当に高い。その手段を取る以外に道がないというのであれば、それは即ち、そこには失敗は許されないことを意味していた。
魔女たちは母星を守ることに、等しく強い責任感を抱いている。その中において、星を追う者は格段に重い責任の下、隕石破砕の任務を遂行していると言うことが出来るだろう。
降臨歴一〇二六年、八月一四日
フミオ・サクラヅカ
国際高空迎撃センターの玄関ロビーは、様々な国からの来訪者でごった返していた。今は次の極大期に向けての、丁度谷間の時期だ。一番暇なのだろうと高をくくっていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。次期極大期迎撃要綱とやらの草案が出てきて、各国との協力体制について協議が始まっているとのことだった。その辺りの事情については後でまとめてみようと、フミオはトンランに聞いた話をメモ帳に色々と書き留めておいた。
「見る限りすごく忙しそうだけど、俺たちの相手なんかしてくれるのかな?」
「偉い人と直接会うのは難しそうですね」
受付で名前を告げると、すぐに来客者用入館証が発行された。セキュリティがしっかりとしている。各国の軍隊の配置など、軍事機密に関わる情報がやり取りされる場合もあるのだ。予想外の特ダネにぶち当たる可能性もある。フミオはきょろきょろとあちこちに目線を彷徨わせて、トンランに後頭部を小突かれた。
「フミオさん、割と冗談じゃなくスパイとかがいることもあるから、変な行動は十分に慎んでくださいね?」
これは田舎者だから珍しがっているのではない――仕事だ。そうは言っても、不審者然としているのも確かだった。ゲートを潜って打ち合わせ用ブースの一つに案内されると、フミオはどっかりと椅子に腰かけた。
付近の話し声が聞こえないように、ブースには防音の魔術がかけられている。トンランが睨んでいるので、派手に動き回るのは諦めるしかなさそうだった。
「凄いな。あらゆる国の外交官が来ているみたいだ」
ここにくるまでに、フミオはざっとどんな国の人間がいるのかを探っていた。服装、話している言葉、ご丁寧に徽章を付けている場合はそこから、来訪者たちの出身国は大体見当が付けられた。国際同盟に加盟している国は、大小関係なくほとんどがここに集結している。中には国際同盟非加盟の、開発途上国の外交官の姿もあった。ヤポニアの出遅れっぷりは、相当なものだろう。
それから、マチャイオの海洋資源紛争の当事者国が、双方とも来ていることにフミオは驚いた。それはそれ、ということだ。宇宙から隕石が落ちてきたら、資源競争どころではなくなってしまう。仲良く喧嘩を続けていくためにも、空の上のことは魔女たちに任せてしまいたいのだ。そういった連中からの出資で、トンランたちの給料は賄われている。そう考えると複雑な気分だった。
「あの人たちに文句を言えば、戦争が終わる訳じゃないから。大事なのは母星を守ること」
トンランの応えは、大人だった。確かにトンランの言う通りではある。しかし母星を守ってもらっておいて、やっていることが戦争というのはフミオにはどうにも解せなかった。
魔女の傘は、母星に住む人々に平等に与えられるものだ。平等とは、それが例え無辜の民であろうとも、人を殺す犯罪者であったとしても、等しく同じであるということを意味している。魔女がそこで、特定の誰かに肩入れするような事態になってしまえば。
その時はもう、母星は救いようのない状態であるのかもしれなかった。
数分も待たずに、打ち合わせブースに案内役の魔女がやってきた。トンランと同じくらいか、それよりも少し年上といった感じの可愛らしい若い魔女だ。銀色の国際高空迎撃センターの制服に、虹色のスカーフを巻いている。トンランによると、あのスカーフが館内案内係の証であるとのことだった。
「フミオ・サクラヅカ様、ようこそ国際高空迎撃センターへ。本日は当施設のご案内と、特別なセッションをご用意させていただいております」
早速、フミオは案内係に続いて国際高空迎撃センターの中を歩き始めた。ワルプルギスの外から来た新聞記者に見せられる場所なんて、だいぶ限られてはいるはずだ。そう思っていたところで、予想は良い方向に裏切られることになった。
「こちらは予測士の皆様が使用されている大型電算機のサーバールームでございます」
広間のような部屋の中に、巨大な電子計算機がすらりと並んでいる。それらは全てケーブルで繋がれていて、並列計算処理をおこなっているということだった。機械が熱でおかしくなることを防ぐために、冷房がガンガンに効いている。ここでは隕石を重力によって軌道修正した際に、そのコース変更された隕石や発生した重力によってどのような影響が及ぼされるのかを計算している。ちかちかと点滅する電飾の光の乱舞に、フミオは思わず「おお」と嘆息を漏らした。
「こちらは魔術を扱えない普通の人間でも運用可能な宇宙船の、操縦訓練装置でございます」
魔女がいなければ宇宙空間での作業ができないとなると、それだけ宇宙での開発は敷居が高くなる。人間が機械の補助だけで活動出来るようにと、一般人向けの宇宙船の開発も国際高空迎撃センターでは進められていた。これはその操縦席部分を模していて、実際に搭乗した時と全く同じ感覚で訓練をおこなうことができる。トラブルの発生までも擬似的に起こしてくれて、搭乗者は想定される様々な状況への対応を実機さながらに学習できるようになっていた。
他にも、国際高空迎撃センターには魔術だけではなくて科学の最先端技術の粋が集められていた。ヤポニア人が大喜びしそうなものばかりだ。写真の撮影は断られたが、記事として書いて良い情報だけでもフミオは大満足だった。
魔術に良い印象を持たないヤポニア人は、その代わりに機械や科学技術が大好きだ。こういった場所にもっとヤポニアから技術者を送り込めれば、きっと魔女とヤポニアの双方に良い刺激と結果をもたらすことができる。
興味深いものばかり見せられて、フミオはやや鼻息が荒くなってきた。トンランに脇を突かれても、全く冷める様子がない。続けて二人が案内されたのは、国際高空迎撃センターの建物の地下にある、大きな空洞だった。
「でかいなぁ」
そこにははるか彼方にまで続く、金属のレールみたいな太い筒が横たえられていた。ワルプルギスの岩盤をくりぬいて、長いトンネルが形成されている。その中を、横倒しになった円柱が真っ直ぐに貫いているというイメージだった。
「こちらは現在開発中の、マスドライバーでございます」
「マスドライバー?」
簡単に言えば、この筒の中に荷物を詰め込んで高速で撃ち出すという設備らしい。超伝導を用いたレールガン方式、とのことだったが――フミオにはさっぱり理解できなかった。
「基礎理論はヤポニアの科学者さんが提唱してたんだよ?」
それをトンランに指摘されるくらいだ。仮にこれを最初に考えたのがヤポニア人であったのだとしても、ヤポニアではほとんど話題にはなっていなかった。
その原因はこのマスドライバーを実現するのには、数多くの技術的なハードルが存在したからだった。プラズマによる電磁投射砲の理論が発表された当時は、まるで夢物語のようなものであるとして、母星ではほとんど相手にされていなかった。それがワルプルギスで注目され、魔女たちによる機能補助があって初めて完成に漕ぎ付けたのだった。
「これは本来、地上に設置してワルプルギスまで資材を打ち上げるのに使用してもらおうと計画していたものです。こちらにあるのは原理試作でして、動作はしますが実用はされておりません」
これだけ大きなものだと、試作で終わってしまうのはもったいない気もしてきた。一応将来的には改造が施されて、マスドライバーから射出された高速の物体を捕獲するマスキャッチャーに用いられるとの話だった。何しろその最高速度は、星を追う者の飛ぶスピードを超えるというのだ。そうなると兵器として転用される恐れがあるため、母星側での開発は一時的に凍結されていた。
「折角ヤポニアで考えられたものですからね。撮影はお断りさせていただいておりますが、ヤポニアの方には是非ご覧になっていただきたかったのです」
次なる科学の担い手として、魔女たちはヤポニア人に多くの期待を寄せていた。ヤポニア人はマスドライバーに代表される、今は無理でもいつかは実現できる素晴らしい発明を思いつくことが出来た。魔女たちはそこに、魔術でちょっとだけ手を添えてあげる。ヤポニアと魔女が手を取り合えれば、それだけで人類は目覚ましい進歩を遂げられる可能性があった。
目をキラキラと輝かせるフミオの様子を見て、トンランはふふんと得意げにふんぞり返ってみせた。恐れ入ったのは確かだが、それはトンランに対してではない。ツッコミを入れるのも野暮なので、フミオはトンランの好きにさせておいた。
「では最後に、スペシャルセッションでございます」
地下から打って変わって、今度はエレベーターで塔の高層階にまで昇っていった。高速エレベーターというものに、フミオは初めて乗った。耳がキンとして、トンランに「唾を飲んで」とアドバイスされた。塔の上部には、極大期の隕石対応に関係する部署が多く設置されているとのことだった。エレベーターを降りるとしんと静まり返っていて、明らかに他の場所とは雰囲気が異なっていた。
フミオとトンランが案内されたのは、ドアプレートに『記録再現室』と書かれた部屋だった。円形の広間の中央が開けられていて、それを取り囲むように壁沿いに椅子が設置されている。先にきて腰かけていた数名の魔女たちが、一糸乱れぬ動作でびしっと起立した。
「フミオ・サクラヅカ殿ですね。それから護衛任務中の防御士、トンラン・マイ・リン。お待ちしておりました。ガイドの方、以降はこちらで引き継ぎますので、ありがとうございました」
先頭に立った銀髪の若い魔女がそう挨拶すると、ガイドの魔女は深々とお辞儀をして部屋から出ていった。肩に付けられた徽章に見覚えがある。フミオはそれを見ると、慌てて姿勢を正した。
靴を鳴らして、魔女たちは一斉に気を付けの姿勢を取った。それから敬礼。気持ち良いくらいに統制が取れている。これもまた、訓練の賜物なのか。呆然としているフミオに向かって、銀髪の魔女が一歩前に踏み出した。
「星を追う者ゲイボルグ隊隊長、ルシエンヌ・メル・ギノーです。ようこそ、国際高空迎撃センターの中枢へ。喜んで歓迎いたします」