星狩りの時(4)
星を追う者の部隊はその時代の、適性を持つ魔女の数によって変動する。筆者の取材時点では、三つの部隊が存在していた。
まずは第一部隊、ゲイボルグ。隊長を務めるルシエンヌ・メル・ギノーは、輝く銀髪を持つクールな美女だ。五名の隊員たちを従えて、総勢六名の編成である。星を追う者と言えばゲイボルグというくらい、第一部隊の知名度は高い。
ルシエンヌ女史はまだ候補生の頃、『ブロンテスB』を追ってヤポニアに降下したとの記録が残されている。その後も極大期で優秀な活躍を続け、名誉あるゲイボルグ隊の隊長に就任した。隊内でのあだ名は『冷徹のルシエンヌ』。どんな時でも冷静沈着で、その判断は迅速にして正確無比。ルシエンヌの存在そのものが、星を追う者を体現しているとまで言わしめる程だ。この第一部隊の隊長が、星を追う者全体のリーダーの役割も持っている。
なお、好物はプリンだそうだ。以前卵と砂糖の供給不足で食堂からプリンが消えた際、母星まで買いに飛びそうになったところを、迎撃司令官が直々に制止したという伝説がある。その時のあらましは『ルシエンヌ隊長御乱心事件』として、ゲイボルグ隊内でひっそりと語り継がれている。ファンクラブからの差し入れは、専らプリンだ。送付する際には賞味期限に注意されたし。
第二部隊はカラドボルグ、隊長を含めて四名の編成である。この隊の名物隊長はシャウナ・ヤテス。燃える赤髪を持つ、豪快な魔女だ。中性的でボーイッシュな印象を受けるが、そのことについて触れると名実ともに火傷をさせられる。気が短くて喧嘩っ早い。国際高空迎撃センター内で揉め事が発生すると、いの一番に駆けつけて当事者両名を黒こげにする。何とも有難迷惑な姐さんだ。
『ブロンテスB』が母星に落下した際には待機を命じられて、それが人生で最大のフラストレーションであったとのことだ。とにかくじっとしているのが大の苦手、と自他共に認めている。隊内でのあだ名は『火の玉』。実際に会って話してみれば、さもありなんという印象だった。とにかく、近くに居るだけで何らかの熱気を感じさせる人物である。
シャウナ女史は甘い物なら何でも好きだが、最近では特にパンケーキにハマっているとのことだ。取材の際ご馳走すると申し出たところ、「お前良い奴だな」と目を輝かせてぺろりと十五皿を平らげてしまった。あの身体のどこにあの分量が入るのか、大いに疑問だった。あと、取材経費が一時的に底を尽きかけたことも見逃せない。差し入れはとにかく、量があるものが良いらしい。きっと胃の中にブラックホールでも仕込んであるのだろう。
近年増設された第三部隊が、フラガラハ隊だ。現状では隊長のニニィ・チャウキを含む三名の、小規模編成となっている。ニニィ女史は言わずと知れた、フィラニィの英雄である。破砕に失敗した隕石『エルバハ』の破片に取り付き、零距離からの焼却処分をおこなった。古来の星を追う者を髣髴とさせるその英雄的行動に、国際同盟栄誉勲章が授与されている。
元々はカラドボルグ隊二番機であったが、シャウナ女史の強い推薦によってフラガラハ隊の創設とその隊長機就任が決定した。「あれは人の言うことを聞かん。一度人に指図する立場になった方が良い」というのが推薦時のシャウナ女史のコメントだ。あの『火の玉』が扱いに困るというのだから、性格は推して知るべし。隊内では『ニニィ先輩』と呼ばれ親しまれている。隊長としての威厳よりも、僚機としての親密さの方が優先されている様子だ。
ニニィ女史はフィラニィ防衛によって知名度が高く、ファンも数多く存在している。ただ男性ファンにとっては残念なことに、ニニィ女史には故郷の街に婚約者がいる。いつかは母星の上で、彼と幸せな家庭を築きたいのだそうだ。
とはいえ、フラガラハの隊長になったこともあって、当分の間は星を追う者を続ける意思は持っている。また自身の後継者として、サトミ・フジサキに期待しているとも語ってくれた。
星を追う者は主に、極大期における隕石破砕がその任務である。それ以外にも人工衛星の軌道投入や回収などもおこなうが、これらは訓練のついでのレクリエーションに近い。星を追う者には高速機動に、重力制御、極大攻撃魔術と多岐に及ぶ才能が要求される。その内特に攻撃に関する能力は、あくまで隕石の迎撃に用いられるべきものだ。
しかし例外的に、ワルキューレを相手にした際の防衛目的で、戦闘が許可されることがある。ここ数年では少なくなってきてはいるが、かつては隕石破砕処理にワルキューレが妨害工作を仕掛けてくることが度々あった。高速機動状態で、戦闘士を同乗させながらの交戦は難易度が高いし、そもそも戦闘士は絶対数が少ない。星を追う者は単体で強力な攻撃魔術を扱えるのであるから、権限さえ与えられればそこまでしなくても独自にワルキューレの迎撃が可能である。
そういった事情もあって、星を追う者は職務遂行のために対ワルキューレの戦闘訓練を受けている。筆者はサトミ・フジサキとゲイボルグ隊の訓練記録の映像を閲覧する機会があった。宇宙空間を飛び交う魔女たちの戦いは、目まぐるしくて激しく、そして優美ですらあった。
対隕石とワルキューレ戦では、星を追う者の装備は大きく異なっている。魔術を発動させるための触媒をホウキに装着させているのだが、その中身がまるで違うものとなる。隕石相手に光学迷彩は何の効果も持たないし、ワルキューレに広域熱焼却術はあまりにも強すぎるしまず当たらない。
主に魔女やワルキューレを相手にする際の魔術触媒で武装した状態を、A型装備と呼ぶ。隕石の場合は、B型装備だ。ここ数年の間、A型装備の出番は減ってきているということで、これは喜ぶべきことなのかもしれない。
それでも、いつまた隕石破砕の妨害行為に見舞われるかは判らない。星を追う者たちは常に最善を尽くすべく、今日も訓練に明け暮れている。
降臨歴一〇二六年、九月二三日
フミオ・サクラヅカ
ゲイボルグ隊がワルプルギスに戻ってきて、それで大勢は決したように見えた。炎の竜が飛び交い、氷の刃が降り注ぎ、雷と大風が荒れ狂った。「ワルプルギスの環境に少しは配慮しろ」とノエラが眉根を寄せた。何はともあれ、空中戦の方は圧倒的だ。久しぶりのA型装備で、星を追う者たちはその鬱憤を目一杯に晴らしていた。
メインデッキの方も動きがあった。上からの攻撃がないと判ると、防御士が前方に集中して防御陣を再構成した。その隙間から、重力制御士が漆黒の弓矢を引き絞って狙いを定める。
「深淵の一射!」
放たれた暗黒の矢は、ワルキューレ部隊の近くの空間に突き刺さった。そしてその場所に、一時的に強力な重力場を発生させる。近くにある様々な破片が巻き上げられ、ワルキューレたちも足が引き剥がされて宙に舞った。その場に留まろうとするだけで身が持たない。
そこに、ユジ率いる戦闘士たちが踊り込んで斬りかかった。
「雷撃斬!」
ユジの軍刀は、青白い電光を放っていた。浮かんだまま手も足も出ないワルキューレたちに、連鎖的に電撃が浴びせられる。悲鳴を上げる間もなく、数名のワルキューレが気を失った。
密集していては不利だと悟り、ワルキューレたちは散開し始めた。飛行部隊も高空迎撃センターの上空に留まらず、ワルプルギス中に散らばっていった。それを追撃する星を追う者たちから管制室に、次々と陽気な報告が寄せられた。
「農業区で一機撃墜。田んぼにハマってるから早く引き上げてやってくれ」
「カラドボルグ二番機、追っかけがついてる。モテモテだな」
「ちょ、そういうのはイメージ悪くなるからお断りしてるんだってば」
「こちらゲイボルグ四番機、早急にお引き取り頂いた。酪農区の鶏小屋だ」
「卵が潰れるとルシエンヌ隊長がキレるぞ、回収班急げ!」
「一機撃墜。カラドボルグ三番機、仇は取ったぞ。安らかに眠れ」
「隊長、私、生きてますってば!」
戦局は有利だ。このままなら、時間はかかるかもしれないが鎮圧は可能だろう。ワルキューレたちの襲撃は、ノエラやクゥの予想していた通りだった。
飛び立った後、高速機動状態の星を追う者に追いつくのは至難の業だ。それが出来るのは、せいぜいイスナ・アシャラ一人くらいだろう。それに隕石破砕の発動体勢に入ってしまえば、そこから強奪を実行するのは輪をかけて困難だった。
そうなると、残されたのは出動の直前しかない。警戒警備のために星を追う者を事前に展開させてはいたが、実はすぐに折り返してワルプルギスに戻るように指示していた。一番遠方にいるフラガラハ隊も、そろそろこちらに到着する。そうすれば随伴していた戦闘士も合流して、勝利は揺るぎないものになると思われた。
それなのに。
「――なんだか、腑に落ちないな」
一同が心の中に抱いていた疑念を、フミオは言葉にして発した。
イスナ・アシャラは、こんな力任せの戦法を取るような単純なテロリストなのだろうか。ワルプルギスの魔女や、極北連邦だって手玉に取ってみせたような狡猾なワルキューレだ。それが、自分の受けた突入作戦の醜悪な模倣みたいな手口で、これで終わらせるつもりなのか。
おかしい。全てが上手くいきすぎている。そしてその想いはフミオだけではなく、管制室にいる全員が感じていることだった。
「各員、イスナ・アシャラの姿を目撃したか?」
「迎撃司令官、それが、誰も見ていないということです」
現場にいるユジの声が管制室に届けられた。そんな馬鹿な。イスナは星を追う者候補生のサトミと、ホウキに乗って互角に交戦出来るほどの力を持っている。戦闘の場に出さないはずがない。
「この塔は、他の場所から侵入出来たりはしませんか?」
「今は完全警戒中です。メインデッキ以外には防御士を配置し、異常があればすぐに検知できます」
侵入者の存在は、最初に懸念していたことだった。今日に限っては、国際高空迎撃センターはロビーより先にフミオとヨシハル以外の部外者の立ち入りを禁止している。念のため隕石破砕の触媒の所在を再確認したが、問題は起きていないとのことだった。
ならば、この不安は何なのだろうか。その時、管制室の入り口が開いてサトミが姿を現した。まだ防護服に身を包んで、厳しい表情のままだ。映し出された外の状況を見て、サトミはきゅっと口許を引き締めた。
「イスナ・アシャラがいません」
「そうだ。そのことをこちらでも危惧しておった」
クゥが状況を説明しようと一歩前に踏み出した。
途端――
「予言士より隕石災害警報発令! 隕石災害警報発令! 高確率で母星の人口密集地に隕石が落着! 被害予想、死傷者総数――百万人規模!」
管制室の中を、フミオが今までに聞いたことのないけたたましい警報音が埋め尽くした。赤い警告灯が激しく明滅する。ノエラの顔色が、さあっと青くなった。
「隕石? どういうことですか!」
「ちょっと待ってください。ええっと、この軌道は――」
オペレーターが慌てて手元の端末を操作する。他の者たちも、一斉に慌ただしく動き始めた。今は極大期ではない。遊星のような隕石ならば、もっと早くに予言士が予見出来るはずだ。
では、この警報は一体……
「予言軌道、訓練目標『ブリアレオス』の現在位置と一致。『ブリアレオス』が予定と異なる進路を取っています!」
「『ブリアレオス』の警備に当たっているパトロールから、連絡がありません」
星を追う者の最終試験では、輪の中にある岩塊を隕石に見立てて隕石破砕の魔術を発動させる。その仮想目標に設定されていたのが、大型岩塊『ブリアレオス』だった。『ブリアレオス』は訓練用に移動させられて、所定の位置に固定されているはずなのだが。
「『ブリアレオス』移動継続中、阻止限界速度突破! 母星の引力に捕まっています!」
「パトロール、応答せよ! パトロール! 状況報告せよ!」
「迎撃司令官、拘束したワルキューレの一人が不穏なことを口走っている。こいつらの目的は、隕石破砕じゃない!」
悲鳴と怒号が、管制室を覆い尽くしていた。誰もが、口々に何かを叫んでいる。外ではまだ、魔女たちはワルキューレと戦い続けていた。それはまるで、ここではないどこか。全ての現実から切り離された場所。
――悪い夢の中での、出来事のようで――
「予測士より落着予測位置算出完了! 『ブリアレオス』落着予測位置は――ヤポニア首都、ニシミカド!」
フミオはただ、呆然とその場に立ち尽くしていた。遠くから、イスナの嘲笑が聞こえてきた気がした。




