星狩りの時(3)
空船を使った、電光石火の突入作戦。あの時と同じか。
戦闘士の作戦総指揮官、ユジ・メンシャンはメインデッキで空を見上げた。戦闘士はいつだって人員不足だ。指揮官だからって、後ろで偉そうにふんぞり返っているだけなんて出来ない。今日の警備だって、このメインデッキには戦闘士はユジを含めて三人しか配置されていなかった。
「デッキクルー及びサトミ候補生は退避せよ。訓練飛行は中止。後は我々の仕事だ」
ホウキを手にしたサトミが、くるりと踵を返した。素直で良い子だ。仮に星を追う者になれなかったとして、戦闘士の方で勧誘しても構わないくらいの器量だった。
ユジはくくっ、と自虐の笑みを浮かべた。いやいや、それはダメだ。サトミの眼は、未来を信じている。そんな夢と希望に満ち溢れた人間を、戦闘士なんかに誘ってはいけない。
戦闘士とは、そんな光に照らされた明るい道を歩く者ではないのだ。
「対空砲用意!」
このパターンの攻撃は予測済みだった。ドラグーンを最大限に活用するなら、国際高空迎撃センターに直接ぶつけてくるのが正しい。奪ったものは最大限に有効活用して、使い倒してしまう。もったいぶって大事に温存しておくなんて、テロリストのやり口にはふさわしくないだろう。
抗魔術加工は確かに厄介な代物だが、ワルプルギスの技術だって日進月歩だった。黙って駆逐されてやるほど、魔女だってお人好しではない。極北連邦の実験に戦闘士を派遣した時から、その特性を研究して、秘密裏に対抗策を検討していた。
それに、極北連邦は今回何故か気前よく様々な情報を提供してくれた。『強奪』とは恐れ入る。対ワルキューレ用の兵器を、こうもあっさりとワルキューレに持っていかれるようでは世話がない。迎撃司令官のノエラも、これだけで済ませるつもりはさらさらなさそうだった。最近の極北連邦は何かと調子に乗りすぎている。これを機に、一度徹底的に搾り取っておくべきだ。
人間の身長を優に超えた砲身を持つ、強力な対空砲がメインデッキ上にずらりと並べられた。単純な話だ。魔術を防いでしまうのならば、徹甲弾と炸裂火薬でぶち抜いてやれば良い。
ドラグーンが、猛烈な速度で国際高空迎撃センターを目指して飛翔してきた。減速する素振りはまるで見られない。残念だが、ここには飴玉をねだる子供はいない。ユジの細い目は、青空を突き破って進む漆黒の船体を凝視していた。
――もう十三年の年月が過ぎていた。
戦闘士はある意味、星を追う者よりも狭き門だ。道を踏み外した魔女、そしてワルキューレを専門に相手にする戦闘集団。魔女たちが持つ明確な『戦う力』には、数多くの制限が課せられていた。
国際同盟によって、正規の戦闘士になれる人数は決められている。候補生の採用自体が、常任理事国による承認が必要な程だった。魔女が戦力を持つことを、それだけ母星の人類は恐れていた。
ユジは志願して戦闘士の候補生となった。当時はまだ、ワルキューレによるテロ活動が頻発していた。これを放置しておけば、魔女への信頼自体が失われてしまう。戦闘士の増員は急務とされ、ユジは優秀な成績を収めてその一員として抜擢された。
「ユジ、お前は戦闘士というものを判っていない」
ユジの教官を務めた戦闘士、ケイダ・ベイラムはことあるごとにそう説教してきた。
「お前は対象を倒すことしか考えていない。力に力でぶつかって、ねじ伏せて終わりだ。それは暴力であって、戦闘士が持つべきものではない」
ユジにはケイダの言っていることが、さっぱり判らなかった。戦闘教練では、ユジに肩を並べる者はいなかった。現役の戦闘士が相手であっても、戦績は五分五分だ。ユジは調子さえ良ければ、教官であるケイダからも一本は奪えるつもりでいた。
戦闘士は、戦う魔女だ。魔女の世界とその秩序を守るために、力でそれを正す者だ。
力がなければ、戦闘士に何が出来るだろうか。強さと正しさを示すには、相手を圧倒してみせる必要がある。戦闘士の強さは、そのまま魔女の強さを表すことに繋がる。
誰にも負けないこと。それがユジの中の戦闘士の姿だった。
そんな時、あの作戦が決行された。
母星にある、ワルキューレの製造工場。年老いたワルキューレと、潜在的魔女の男が非道な手段でワルキューレの『製造』をおこなっている。国際同盟との共同戦線で、ワルプルギスからも戦闘士が派遣された。
「いいか、私が戻ってくるまでに一通り訓練プログラムをこなしておくこと」
指示を出す時には、期日をきちんと設定しておかなければならない。ケイダは常日頃、そう口を酸っぱくして言っていたのに――
結局、『その日』はやってこなかった。突入作戦で、ケイダは二度とは帰らぬ人となった。
自分の師であるケイダの遺体と、ユジは対面させてもらうことが出来なかった。せめてもう一目、ケイダの顔を見ておきたい。そう願ったが、それは叶えられないと知らされた。ワルキューレとの戦闘で、ケイダの首から上は吹き飛ばされて消滅していた。
それをやったのは、イスナ・アシャラというワルキューレの少女だった。その少女は『保護』されて、姉妹共々監獄衛星コキュトスへと送られた。生き残った戦闘士たちからその話を聞いて、ユジは放心した。
『ケイダは今回の作戦で、唯一誰も殺していない。最後にあの双子と対峙した時も、その機会は何度だってあったはずだった』
『顔を撃たれた子供のワルキューレがいてね。ケイダがその子の髪を、そっと撫でているのを見て我に返ったよ。私たちはここに、殺し合いに来たんじゃないって』
『あの双子を抑えられたのは、ケイダのお陰だ。ケイダが最後まで説得を試みて、肉薄して……でも、そこに国際同盟の突入部隊がやってきて……』
力で打ち伏せてしまえば、それで問題は解決出来たかもしれない。
でもそれは――戦闘士じゃない。
そうなってしまえば、魔女はワルキューレと同じだ。魔女は、母星とそこに生きる者たちのために力を行使する者。その力は、『敵』を殺すためにあるのではない。罰するのではなく、愛するために。
本当の強さは、そこに立つ姿で見せるものだ。
「引きつけろ! 全砲門、射撃準備!」
『ブロンテス』がコキュトスを崩壊させた時、ユジは正直胸がスカッとした。ケイダを殺したワルキューレは、その報いを受けて死んだのだ。それが当然のことだ。そう考えて、胸の奥がひどく痛んだ。
それが十年の歳月を経て、イスナが実は生きていると判って。今度は――とても安心した。
どこかで聞いた名前だ。そう感じていたところで、報告を聞いて胸のつかえが取れた。懐かしさと共に、一抹の寂しさが心をよぎった。師匠であるケイダの背中が、ユジの脳裏に浮かんだ。
ケイダが守ろうとした命は、この世界に残されていた。イスナの死を望んだ自分を、ユジは恥じた。そうだ。こんな想いが、イスナのようなワルキューレを産んでしまうのだ。ユジは弱い。少しも強くない。
戦闘士のなんたるかを、ちっとも理解出来ていない。
「撃て!」
砲列が、一斉に轟音を立てた。硝煙が辺りを覆い尽くす。その中にあって、ユジは微動だにしていなかった。
あの時ケイダを殺したワルキューレ、イスナ・アシャラが、このワルプルギスを襲って来た。その生い立ちをフミオとのやり取りで知って、ユジにも感じるところがなかった訳ではない。イスナに魔女を恨む気持ちがあるなら、それはユジが受け止めるべきものだ。コキュトスの崩壊を少しでも喜んでしまったユジには、それを否定することは出来なかった。
ただ、イスナが魔女の敵対者として、ワルプルギスを守護するユジの前に現れるというのなら。
やるべきことは、はっきりとしている。
「師匠、どうか私が、貴女の守った命を殺してしまわないように見守っていて下さい」
小さくそう呟いたユジの視線の先で、ドラグーンが紅蓮の炎に包まれて爆散した。
「ドラグーン、大破!」
管制室の映像の中で、空船は大きな音と閃光と共に爆発した。国際高空迎撃センターの塔全体が、びりびりと震える。明らかに、この外でおこなわれていることだ。姿勢を崩したフミオを、トンランが支えてくれた。ヨシハルもクゥも平然としているので、この衝撃は精神的なものが大きいのか。自分の腕を掴んでいる手の甲に、フミオはそっと掌を重ねた。
こんなことが――すぐ近くで。
それはとても恐ろしいのと同時に、あまりにも悲しいことだった。魔女とワルキューレ、イスナ・アシャラが戦わなければいけない理由とは、何なのだろう。こんなことをしてまで、イスナは果たして何を成し遂げようとしているのか。
「爆発規模が大き過ぎます。メインデッキ、落下物に注意してください。抗魔術加工された破片が混ざっています。防御壁を貫通する危険あり」
「対空砲の炸薬量は正常。どうやらドラグーン内部に爆発物が仕掛けられていた模様です」
最初から突撃させて、爆破するつもりだった。
だとすれば、ドラグーンの目的は風穴を開けることだ。フミオの予想通り、ドラグーンの残骸に紛れて無数の人影が舞い降りてきた。
「ワルキューレの突入部隊を確認! その数、四十!」
「総力戦だな。これは本気度が高そうだ」
クゥがぽつりとひとりごちた。フレゲトンから脱走したワルキューレは、イスナを含めて全部で四十三名だった。その全員がこの作戦に参加している訳ではないだろうが、それに迫る戦力だ。ワルキューレたちは銃器で武装していた。極北連邦製の、最新鋭兵装だ。これが全部強奪されたとか、冗談にも程がある。極北連邦の兵器管理責任者は、昼寝でもしていたに違いない。
激しい銃撃が、メインデッキに浴びせられた。退避用の物理障壁が展開され、防御士も表に飛び出してきた。それでも銃弾は雨のように降り注いでくる。ワルキューレたちはホウキに跨った空中部隊と、メインデッキ上に降り立った陸上部隊の二手に分かれた。
「管制室、せめて制空権を取らないと厳しい」
「判っている」
パトロールがワルキューレに立ち向かったが、抗魔術加工の銃相手では分が悪かった。慣れない攻撃を相手にして、どうしても防御に気が回って攻撃がおろそかになる。格闘戦では、ワルキューレ側が優位に立った。
地上では防御士の部隊が、何とか内部への進行を防いでいた。ただしそれも、上からの攻撃をパトロールが引きつけている間の話だ。両方に気を遣うとなれば、守りにも隙間が生じてしまう。もしこのままワルキューレに包囲されてしまったならば、更に不利な状況に陥るだろう。
そんな中、戦闘士は何とか突撃の機会がないかと窺っていた。総合的な戦闘能力ではこちらが上回っていても、三人ばかりでは圧倒的に数が足りていない。乱戦ならともかく、この場に打って出れば蜂の巣にされるのは目に見えていた。
「隕石破砕の触媒は?」
強襲を受けても、ノエラの言葉は淡々としていた。オペレーターの魔女が一人、どこかと連絡を取る。相手が魔女なら念話で済むのだろうが、スタッフには普通の人間も多い。そういえば、メインデッキにいた整備士たちは無事に避難出来たのだろうか。そこにいたとしたら今頃はどうなっていたかと、フミオは身震いした。
「無事です。サトミ候補生は管制室に向かっています」
「よし、ならば頃合いだ」
ノエラがそう言い終らない内に――
「ひぃやっほぅ!」
場違いなくらいに明るい叫びが、管制室中に響いた。念話に加えて通信だ。「カラドボルグ隊長機、通信周波数がおかしいです!」オペレーターの指摘が飛ぶ。しかしそんなことは全く意に介することなく、星を追う者カラドボルグ隊隊長、シャウナ・ヤテスのご機嫌なシャウトがしばらく戦場を席巻した。
「この前はよくもウチの子を可愛がってくれたね。たっぷりお礼してやるから覚悟しな!」
国際高空迎撃センターの塔を鋭く旋回して、他の追随を許さない速度で飛行する魔女の一団がメインデッキの上を行き過ぎた。地上で、魔女たちの歓声が上がる。
何事かと振り向いたワルキューレの一人が、すれ違い様に一撃をもらって手に持っている銃がバラバラに分解した。続けてもう一撃、更に一撃。目にも止まらぬ連続攻撃で、ホウキから何からありとあらゆる装備と触媒を破壊されて。ワルキューレはそのまま地上に落下していった。
パトロールたちが持ち直して、その背後で編隊を組んだ。それに対して、ワルキューレたちの動きは大きく乱れている。たった四機の増援で、上空の戦況は一瞬にして引っ繰り返っていた。
「星を追う者カラドボルグ隊、戦列に参加する。A型装備とか、久しぶりすぎて腕がなるぜぇ!」
心の底から愉快そうなシャウナの声に、カラドボルグの隊員たちは「おう!」と合いの手を入れて応えた。




