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StarChaser 星狩りの魔女  作者: NES
第6章 星狩りの時
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星狩りの時(2)

 流れ星を追いかける魔女の伝承は、母星ははぼしのほぼ全域に存在している。兄弟星と、その崩壊。降臨した魔女たちと、星を追う者(スターチェイサー)の言い伝え。千年の時を越えて、それらは今の時代まで語り継がれてきた。

 ヤポニアには、それほど魔女の物語は残されていない。これは、魔女が最初に母星ははぼしに降り立った土地から、遠く離れているという地理的な要因が深いように推測される。降臨歴の始まりの聖地として名高い『黒の森』は、現在でも数多くの信者たちが訪れている。


 兄弟星や魔女の成り立ちについては、魔女たちの口伝によってしか詳しいことは知り得ない。その魔女たちも、当初はあまり母星ははぼしの人類とはあまり関わりを持とうとはしなかった。そこには数多くの歴史的空白ミッシングリンクが存在している。

 近年、ヤポニアの大学研究室が魔女と協力して隕石の調査をおこなった。母星ははぼしをぐるっと囲む輪の構成物は、大部分が兄弟星の破片だ。魔女たちの助けを借りてその内のいくつかに着陸し、地質調査や発掘作業をこころみた。

 その結果として、兄弟星のかつての姿は母星ははぼしとほとんど変わらない大きさで、同じような気候を持った惑星であったと推定された。その崩壊の原因までは判然としないが、発見された植物の種子などは母星ははぼしにも自生するものだった。兄弟星に由来すると見なされる氷塊のうちの一つは、成分が母星ははぼしの海水と同一であることが判明した。兄弟星には水があり、海洋があり、緑があった。


 魔女の伝承を研究している考古学者たちによれば、魔女のルーツは兄弟星にあるとの説が有力となっている。彼らの説を要約すると、『真祖の降臨』とは兄弟星から母星ははぼしへの魔女の移動だったのではないか、ということだ。なんとも興味深い論だ。


 では何故魔女たちは兄弟星から、この母星ははぼしに移り住んできたのか。


 国際高空迎撃センターに保管されている、年老いた魔女たちが書き記した魔女の年代記にはこうある。魔女はかつて、星々を渡るほどの力を身に着けていた。魔術と科学で最高潮に発展した兄弟星において、全ての頂点に立つ存在だった。星の命である『マナ』を用いて、魔女たちは己の強さを示すための戦いに日々明け暮れていた。

 世界を退廃と停滞が包み込んでいたある時、究極の破壊魔術を可能とする触媒が発見された。あまりにも強すぎるその威力に、魔女たちは恐怖した。この術は、いずれ兄弟星自身をおびやかすものになる。


 そしてその不吉な予言は――見事なまでに的中した。


 兄弟星崩壊の原因が魔女にあるとする伝説は、世界の各地で語られている。魔女が追いかけて破壊している隕石が、兄弟星の破片だとする内容も多い。そのことは現代の様々な調査からも、事実であると証明されてきた。

 『魔女の真祖』がこの母星ははぼしに降り立ったのは、兄弟星の崩壊の影響から人々を救うためだ。だがその大元の原因である兄弟星の崩壊自体が、魔女の手によるものだともされている。


 はばかることなく言葉にしてしまえば、魔女たちは罪人つみびとであったのかもしれない。


 かつて自分たちの住んでいた兄弟星を、自らの力で崩壊に導いて。そこから逃れた母星ははぼしで、残された罪の欠片である隕石を破砕する。魔女たちのその姿は、今の我々人類の行く末なのではなかろうか。筆者にはそう感じられてならない。


 魔女たちの母星ははぼしに対する考え方は、実にひたむきだ。その根底には、遙かな昔に自分たちの先祖が壊してしまった兄弟星への想いがあるのではないだろうか。


「そういう話は、訓練校の授業でも聞くけどね」


 国際高空迎撃センターで働く魔女は、主にワルプルギスにある訓練学校の卒業生たちだ。そこのカリキュラムには歴史の講義があり、先述したような魔女の伝承について学ぶのだという。マチャイオの魔女、トンラン・マイ・リンが語ってくれた。


「昔の話だし、隕石の原因が魔女にあるって言われても、うーん、としか思わないかな」


 千年も経てば、一昔どころではない。それだけの長い間、魔女たちはこの母星ははぼしを守り続けてきた。次第に母星ははぼしの人類とも手を取り合い、交わって一つとなった。

 今の魔女たちは、この母星ははぼしの上に立って生きる仲間だ。降臨歴の採用は、この母星ははぼしが魔女という存在を受け入れ、共にあうんでいくことを認めたあかしでもある。『黒の森』が母星ははぼし標準時の基準点とされているのも、そういった理由がある。


「魔女は自分を中心とした社会を作ることを恐れている、なんて言ってる先生もいたね」


 それはまた、兄弟星の悲劇を繰り返してしまうかもしれないからなのだろうか。あるいは、この母星ははぼしの歴史をつむいでいくのは、本来の母星ははぼしの住人である人類のものだと考えているからなのか。

 いずれにせよ、今の魔女たちは世界の各地とワルプルギスで、静かに生きている。それぞれの場所で母星ははぼしを優しく見つめて、その安寧を願って。人類の手に、その未来をゆだねてくれている。


 この母星ははぼしを生かすのも殺すのも、全ては我々人類の選ぶ道だ。魔女たちが隕石から守ってくれているその下で、人類が成すべきことは何なのか。迷った時には、今一度立ち止まって考え直してほしい。


 魔女たちには、マナの加護と母星ははぼしが残されていた。

 では母星ははぼしの人類には、何が残されているのか。


 『魔女の真祖』は初めて母星ははぼしの地面を踏みしめた時、こう語ったと伝えられている。


「この星を母となし、母星ははぼしと呼ぶ。ここ以外に母と呼べる大地を、我々は持たない。その恵みに感謝し、永遠にこれを守ることを約束しよう」


 『母星ははぼし』の語源はここにあるというのが通説だ。この星に生きる者は、魔女と共に立つ。彼女たちの前に、もう二度と母なる大地が失われるさまさらしてしまってはいけない。


降臨歴一〇二六年、九月三〇日

フミオ・サクラヅカ




 国際高空迎撃センターは、フミオたちが到着した時には既に上から下への大騒ぎだった。星を追う者(スターチェイサー)の最終試験では、隕石破砕メテオブレイカーが使用される。ここに何か一つでも間違いがあってはならないと、各部署共にてんてこ舞いの様相だった。

 イスナたちがテロ予告をしていることもあって、今日ばかりは待合ロビーに外交官の数は少なかった。どちらかと言えば、最終試験の結果を待っているフミオの同業者の方が目立っている。サトミが母星ははぼしで注目を集め始めたので、最近では各国から取材の申し込みが殺到するようになってしまった。

 一応、サトミとは優先的にインタビューを受けてもらう約束にはなっている。だがそういった紳士協定などものともしない、海千山千の記者たちがいることも確かだ。今日決着が付く見込みなら、その場でサトミにはコメントを出してもらう。カメラの準備も万端だ。第一報はヤポニア新報が頂く。ふんす、とフミオは鼻息を荒くした。


「興奮してるなぁ」

「まあな。ついに念願叶ったり、だ」


 トンランと共に、フミオは受付で入館証を発行してもらった。今回は特別なパスとなっている。ヤポニア大使ヨシハルの推薦と、迎撃司令官ノエラのはからいによるものだ。フミオは新聞記者として初めて、国際高空迎撃センターの管制室に立ち入ることが許可された。


「よお、遅かったな」


 世界初、と意気込んでエレベーターから降りた目の前に、クゥが立っていた。その手には、ちゃっかりと報道プレスの腕章が巻かれている。ああそうか、デイリーワルプルギスも新聞ですよね。報道機関ですよね。

 ……ですよねー。


「なんでヤポニア新報はいじけとるんだ?」

「フミオさんは新聞記者として一番乗りがしたかったんだよ」


 クゥはにやにやと笑っている。わざとだ。絶対にわざとだ。クゥの肩書は国際高空迎撃センター諜報室長だが、それはあくまで非公式のものだった。表向きは、デイリーワルプルギス編集長ということになっている。管制室に入ることなんて、今までだってそんなに難しいことではなかったはずだ。

 それをいちいちフミオの到着に合わせて、わざわざ腕章まで付けて。


 これが嫌がらせでなければ何なのか。


「まあまあ。珍しいことに変わりはないのだ。撮影は禁止されとるが、じっくりと堪能するが良かろう」


 ワルプルギスの住人以外では、初だ。そう気を取り直して、フミオは管制室をぐるりと眺め回した。

 広い室内に、見たこともない機械がずらりと並べられていた。そこに座った魔女の前には、文字の羅列や映像が浮かび上がって情報が表示されている。記録再現室のものと似ているが、それがもっと小型化した感じだ。基本的に念話ベースで対話しているため、声はほとんど聞こえてこない。予測士が叩くスイッチ類の音だけが、かちゃかちゃと響いていた。

 ここが、迎撃管制室。極大期には全ての情報が集約されて、隕石対応の中心となる場所だ。よく見ると、魔女ではない男性のスタッフも何人か作業をおこなっている。科学と魔術の融合。母星ははぼしで最も進んだ技術によって、国際高空迎撃センターのオペレーションは展開されていた。


「ようこそ、管制室へ」


 フミオが身を乗り出しているところに、背後から声をかけられた。振り返ると、迎撃司令官であるノエラとヤポニア大使ヨシハルが入室してきた。いよいよ、ヤポニア人の星を追う者(スターチェイサー)が誕生するのだ。その晴れ舞台をじっくりと観覧出来るようにとの、ここは特等席だった。


「司令官殿、本日はありがとうございます」


 トンランと一緒に、フミオは姿勢を正して敬礼した。テロ警戒中のこの状況下で、部外者を管制室に入れることについてはあれこれと悶着があっただろうと推察される。ましてや、報道関係者としては初めてだ。ちらり、とクゥの方を盗み見て。フミオは『ワルプルギス以外の』報道関係者として初めて、ここに同席させてもらったことに感謝した。


「では本日の星を追う者(スターチェイサー)最終試験における、飛行計画フライトプランを確認します」


 ノエラの発言を受けて、管制室の天井近くに映像が浮かび上がった。抽象化された母星ははぼしの図と、その軌道上にあるワルプルギスだ。こんなことも出来るのかと、フミオは思わずカメラを構えてから慌てて降ろした。撮影禁止だということを、すっかり失念してしまっていた。トンランが睨んできている。これは習慣だから仕方がない。ノエラがほんの少し口の端を持ち上げて、それから訓練内容の説明を始めた。


 サトミは隕石破砕メテオブレイカーの触媒を装備して、この国際高空迎撃センターのメインデッキから出動。目標はワルプルギスから母星ははぼしを挟んだ反対側の位置にある岩塊、『ブリアレオス』だ。隕石破砕メテオブレイカーを扱う際の安全性を考慮した結果、ワルプルギスから最も遠い座標に配置されている。

 間に母星ははぼしがあるので、一直線に飛行することは出来ない。途中、四ヶ所の人工重力衛星でスイングバイし、加速と共に軌道を変更、修正する。『スイングバイ』がフミオには今一つ理解出来なかったが、「振り回してぶん投げてもらうんだよ」とトンランが雑に解説してくれた。一次的に人工重力衛星の出力を調整して、サトミの進路を調整することを意味しているらしい。後でサトミ本人に直接聞いてみようと、フミオはその辺りの疑問は保留にしておくことにした。


 隕石破砕メテオブレイカーは強い魔術であり、マナも大きく消費する。国際高空迎撃センターから飛び立った後、いかに早く目標にまで到達し、その上で確実に隕石破砕メテオブレイカーを発動できるか。それがこの試験のポイントだった。


「もたもたとして隕石到着まで時間がかかっていては、実際の任務では落着に間に合わない恐れがある。かといって加速に気を取られて隕石破砕メテオブレイカーを撃てなくなってしまっては、意味がない」


 また、今回の試験ではイスナによるテロ活動を警戒して、サトミの通る航路上には現役の星を追う者(スターチェイサー)たちと戦闘士グラディエーター哨戒しょうかい任務に就いていた。何か異変があれば、即座にミッションは中止となる。もちろん、サトミもそのことは了承済みだ。

 むしろサトミの方は、イスナたちをおびき出すつもりでこの最終試験にのぞんでいた。


「何事もないなら、それに越したことはない。ただ、本試験が終われば、隕石破砕メテオブレイカーの使用は次の極大期まで予定がない」


 つまり、イスナが隕石破砕メテオブレイカーを狙うなら、今しか機会はなかった。はったりに過ぎないという可能性も、ゼロではない。そうであってくれた方がずっと気は楽だ。それとも――


 イスナ・アシャラは、本気で後世にその汚名を残すつもりなのか?



「メインデッキに、フラガラハ隊訓練機(トレーナー)サトミ候補生が上がります」


 管制室の壁に、外の景色が映し出された。どういう仕組みになっているのか、記録ではなくて今現在の映像だった。防護服を着込んだサトミが、ヘルメットを小脇に抱えて颯爽さっそうと立っている。画像は鮮明で、引き締まったその表情もくっきりと見て取れた。

 数名のデッキクルーが、サトミの周囲を忙しそうに走り回っている。現場の緊張感がありのままに伝わってくる感じだ。そっちに行った方が、迫力のある写真が撮れて良かっただろうか。やきもきとしているフミオに向かって、ノエラが声をかけた。


「この映像、後で撮影用にお出しできますから」

「それはありがたい。是非」


 フミオの情けない口調に、その場にいる一同の表情がほころんだところで。



「警告! センター直上に感あり。予言士フォーチュンテラーより襲撃の幻視ビジョンが報告されました!」



 唐突に、管制室中に警報が鳴り響いた。サトミが身構えて、真上を向く姿が映っている。それが消えて、今度は一面のワルプルギスの青い空になった。


 真ん中に一つ、黒い染みのような点がある。じんわりと広がってくるそれは、良く見ると空船そらぶね舳先へさきだった。


「ドラグーン、出現!」

「ここに直接仕掛けてきたのか」


 フミオは息を飲んだ。極北連邦ファーノースが対外的には『奪われた』と強弁している、対魔術加工アンチマジックほどこされた軍用の空船そらぶね

 それが今、漆黒の流星となってサトミのいるメインデッキ目がけて猛スピードで迫っていた。


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