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StarChaser 星狩りの魔女  作者: NES
第6章 星狩りの時
26/35

星狩りの時(1)

 あの日と同じ、良く晴れた青空の広がる朝だった。


 極大期が終わって二年、余裕のある時期だ。復興の進んだヒナカタの中等学校では、校庭の桜が満開だった。

 『ブロンテス』の災害の後、しばらくの間はみんな散り散りになって地方に移り住んでいた。みかん畑も田んぼも、何もかもが海の底に沈んでしまった。一時はもう、戻ってこれないものだとばかり思っていた。

 それが避難区域が解除されるのと同時に、住民たちはぽつぽつと帰ってきた。道路もずたずたで、家も流されて。電気と水道が回復するまでに相当な手間がかかったというのに。二年もすれば、集落はすっかり元の形を取り戻そうとしていた。


 その中には、サトミ・フジサキの姿もあった。


 初等学校の同級生たちと揃って、サトミは市街にある中等学校に進学した。ヒナカタにはまだ、あちこちに『ブロンテス』の爪痕が残されている。そんな中で魔女であることを衆目にさらしてしまったサトミは――同じ初等学校から通う友人たちに助けられていた。

 郊外の初等学校を守った魔女の噂は、一瞬で立ち消えてしまった。誰一人として、その件については語ろうとしなかったからだ。首都から新聞社が取材にやって来ても、すっとぼけてまともに相手にしない。なんだか良く判らない内に、記事では「避難訓練が徹底していた」という話になっていた。地元ではそれはすっかり笑い話となった。


 サトミは、集落の全員を助けることが出来た訳ではない。逃げ遅れた人、ヒナカタの街に出かけていて犠牲になった人。残された遺族一人ひとりの下を訪れて、サトミは謝罪した。

 全ての住民を助ける義務が、サトミにあった訳ではない。しかしそれでも、その手から零れてしまったことに違いはなかった。新聞でこうべを垂れる魔女の写真を見て、サトミはそうしなければならないと強く思った。魔女とは、人を守る存在。仮にでも『ヤポニアの魔女』と呼ばれたからには、サトミはそうあるべきだった。


「それで――貴女あなたはどうするの?」


 二人の幼い息子を失った女性が、ほうけた顔でサトミにそう問いかけてきた。どんなに沢山の命を救うことが出来ても、その人にとって何よりも大切な子供たちは助けられなかった。それならば、人数なんて関係がない。誰を何人守ったところで、その人の悲しみが消せないことに変わりはなかった。


 サトミが、魔女がなさなければならない使命は、そんな小さなものではなかった。


星を追う者(スターチェイサー)になります。今度こそ、全部の人を守ります」


 『今度』なんて、むなしい言葉だ。だってその人の可愛い子供たちは、もう戻って来ないのだ。死んでしまった人間は帰らない。だから、魔女が魔女であることの責務は重い。それは判っている。


「そう、なら――」


 判っていてなお、サトミは前を向くと決めた。そこから逃げない。『ヤポニアの魔女』は、ヤポニアを守る者だ。この悲しみと悔しさを、絶対に忘れない。



「きっと守ってね。あの子たちの犠牲を……無駄になんてしないでね」



 中等学校の卒業証書を受け取って、サトミはその足でヒナカタの空港に向かった。迎えの空船そらぶねが来ている。サトミの進学先はワルプルギスにある、魔女の訓練校だ。それも、魔女であれば誰でも簡単に入れるような学校ではない。国際同盟が運営している、世界的にもレベルの高いエリート魔女の養成学校だった。

 荷物は先に送ってあった。ヒナカタの家はあの後で建て直して、以前と変わらないボロ具合となった。サトミの部屋が空いて、またガラクタ倉庫が増えることになるだろう。可能なら年に一度は帰省して、大掃除でもしてやりたい気分だった。


 父親と弟のことは心配だったが、意外にも弟がサトミの背中を押してくれた。知らない間に弟はサトミが魔女であるという事実を受け止めて、それと真っ直ぐに向き合うようになっていた。ヒナカタの、自分たちの住む町を守ってくれた魔女。気持ち悪くて不気味でしかなかった姉は、あの日からみんなのために大波に立ち向かう英雄になった。


「正直、姉ちゃんが星を追う者(スターチェイサー)だなんて意味が判んない」


 生意気なのは、相変わらずだった。勉強もしないで一日中外をほっつき歩いて。サトミがいなかったらどうするつもりなのか。そう考えていたら、弟は毎日ヒナカタの復興ボランティアに参加していた。

 子供だから、出来ることなんて限られている。ただゴミ拾いでも何でも、それがこの街をよみがらせることに繋がるのであれば何でも良い。

 サトミが『ヤポニアの魔女』なら、その弟はヤポニア人だった。自分の生きている土地のために、精いっぱいのことをする。魔女に守られるだけ――それもあのサトミにだなんて、くすぐったくて仕方がなかった。


「ま、頑張ってきなよ。親父の面倒は見ておいてやるからさ」


 当然、弟だけでは心配なのでミサコにもお願いはしてあった。父と弟、男二人での生活なんて、サトミには想像もつけられなかった。隕石が落ちる前に、きっと汚れ物の山の中で窒息して死んでしまうだろう。



「サトミちゃん」


 空港のロビーでは、一体どうやったのか集落のみんなが見送りに来ていた。学校から出て、すぐに乗合自動車バスに乗ったはずなのに。聞けば、みかんを運ぶトラック何台かに分乗してきたのだという。なんとまあ、危なっかしい。色々と戸惑っているところに、杖を付いた老婆が歩み出てきた。


「サトミちゃん、儂はなぁ……」


 ミサコの祖母だ。避難の時から足を痛めて、めっきり弱ってしまっていた。避難所生活をしている際には、サトミが挨拶に訪ねても顔も合わせようとしてくれなかった。


 ――私が、魔女だからだ。


 そう考えて、サトミはそっとしておくことにしていた。助かってくれたのなら、それで良い。古い者たちの中には、すぐに認めてくれない人もいるだろう。別に、無理に魔女を受け入れてほしいなんて思わなかった。

 魔女はただ、己の意志で母星ははぼしを守る。愛されるためじゃなくて、愛するため。その気持ちを隕石にぶつけて、大切な人たちが遠くで元気にいてくれることを願う。


「儂はずっと、サトミちゃんに謝りたくて」


 そうしていれば、きっと心は通じる。サトミはミサコの祖母を抱き締めた。懐かしい、ヒナカタの匂い。ここで育って、ここに骨をうずめるものだとばかり思っていた。サトミの故郷は、ここ以外に有り得ない。


「いいんです。私はおばあちゃんのこと、大好きですから」


 他のみんなも、ヒナカタのことも。


 サトミは、大好きだ。絶対に守らなければいけない。

 だから――



「準備は良いかい、候補生サトミ?」


 ニニィに声をかけられて、サトミは振り返った。

 ワルプルギスにやって来てから、四年と少し。ようやくここまで辿り着いた。いくら才能がある、見込みがあるとはいっても所詮はひよっこだ。漫然としていればなれるほど、星を追う者(スターチェイサー)は甘くはない。そこには並々ならぬ努力と――覚悟が要求された。


 覚悟なら、もう背負っている。あの時守れなかったという後悔。もう二度と、あの悲しみは繰り返させない。


「はい」


 サトミはうなずいた。さあ、始めよう。


 ヤポニアの魔女は、母星ははぼしを守る星を追う者(スターチェイサー)になる。




 その日のワルプルギスは、いつもと違ってしんと静まり返っていた。朝の通勤時間帯は、どこもかしこも右へ左へと駆け回る魔女たちでバタバタとしている。それがこの街の日常であったはずなのに。窓の外を飛び交う魔女タクや魔女ライナーも、その日に限ってはほとんど見受けられなかった。


「お早うございます、フミオさん」


 トンランがやってくるのだけは変わらなくて、フミオは何故かホッとした。一夜にして、ワルプルギスはその在り方を転じてしまったのかと思った。書き物机の上に投げ出してあるデイリーワルプルギスに、でかでかと見出しが躍っている。


星を追う者(スターチェイサー)最終試験実施!』


 二日ほど前から、ワルプルギス中がその話題で持ちきりだった。


「さ、今日は忙しいですよ。さっさと朝ご飯を食べて支度したくしてください」


 鼻歌交じりに、トンランはフミオの服の用意を始めていた。カメラやメモ帳まで、もう勝手知ったる感じだ。このごちゃごちゃの部屋の中で、どこに何があるのかを正確に把握している。外出の準備に手こずるのが当たり前になりすぎて、フミオはすっかりトンランに身の回りの世話まで焼かれている始末だった。


「国際航空迎撃センターに行けば良いんだっけ?」

「そうですよ。サトミの晴れ舞台なんだから、遅刻厳禁です!」


 ワルキューレ、イスナ・アシャラは隕石破砕メテオブレイカーをヤポニアで使用すると暗に予告していた。もしそれが実行されれたとなれば、降臨歴始まって以来の歴史的な大事件となる。自国の最新鋭兵装を『強奪』されたと主張する極北連邦ファーノースが中心となって、国際同盟は対テロ戦の結束を固めて、その行方を血眼になって探していた。

 だが、その潜伏先はまるで見当も付けられていない状態だった。これまでのワルキューレとの戦いにおいても、その勢力を完全に殲滅するまでには至ったことがない。恐らくは母星ははぼしの上の未開の地、あるいは人の手の届かない宇宙空間の輪の中に、秘密の隠れ家(アジト)があるのだろうと目されていた。

 テロへの警戒を固めても、その緊張感をいつまでも続けている訳にもいかない。イスナたちからしてみれば、のんびりとその時が訪れるのを待つだけで良いのだ。長引けば長引くほど、国際同盟もワルプルギスの魔女たちも疲弊するばかりだった。


 イスナの狙いは判っている。隕石破砕メテオブレイカーが実際に使用される現場を襲撃して、その触媒を横取りするつもりだ。極大期までまだ一年以上の余裕がある今、隕石破砕メテオブレイカーが持ち出される機会は一つしかない。


「最終試験は、隕石破砕メテオブレイカーを使う以外にはないのか?」

「だって、隕石破砕メテオブレイカーが使えなきゃ意味がないじゃないですか」


 それはその通りだ。星を追う者(スターチェイサー)は太古の昔、隕石を遥か上空で隕石破砕メテオブレイカーを用いて迎撃する魔女たちが始まりだった。

 音速を越えて飛び、絶大なる破壊力を持つ隕石破砕メテオブレイカー母星ははぼしへの脅威を防ぐ。母星ははぼしに住む人間で魔女を知らない者がいないのは、その行為を長きに渡って見上げてきたからだ。今では更なる高空で破砕以外の手段を用いて隕石を遠ざけることもあるが、隕石破砕メテオブレイカー星を追う者(スターチェイサー)の証であることには疑いはなかった。


星を追う者(スターチェイサー)になることはサトミの夢だったんだから。ワルキューレに邪魔なんかさせないよ」


 まだ半人前の星を追う者(スターチェイサー)が、隕石破砕メテオブレイカーの触媒を持ってのこのこと出てくる。イスナが狙ってくるのは、間違いなくそのタイミングだった。サトミはそのことを承知した上で、今日の最終試験実施を自ら願い出た。

 当然、ワルプルギス中に厳戒態勢が敷かれることになった。星を追う者(スターチェイサー)の最終試験は、ワルプルギスの一大イベントだ。新しい星を追う者(スターチェイサー)が誕生するとなれば、各国の大使たちや外相たちが招待される華やかなお披露目会が開催される運びとなる。そこにテロの可能性があるなど、とんでもないことだった。

 今朝方のワルプルギスの街が静かなのはテロ攻撃に備えているのと、ほとんどの魔女たちが国際航空迎撃センターの周辺で警戒活動にあたっているからだった。


「フミオさんもモタモタしていないで、ちゃっちゃとご飯食べちゃってください」

「ああ、悪い」


 トーストを口の中に突っ込みながら、フミオはサトミのことと――イスナのことを考えていた。


 魔女を否定する、ワルキューレの理屈。イスナは本気で、ヤポニアで隕石破砕メテオブレイカーを使うつもりなのか。それが本当に、イスナの死んでいった姉妹たちへの手向たむけになるのだろうか。

 世界中のどの新聞を見ても、イスナ・アシャラのことは狂人として書かれていた。世紀の犯罪者。テロリスト。センセーショナルな言葉が、これ見よがしに使われている。極北同盟ファーノースが躍起になって煽っているのだから、その論調は留まるところを知らなかった。

 だがフミオには、とてもではないがイスナがそんなことをする人物には思えなかった。

 イスナはあくまで冷静であり、きちんと物事を考えることが出来ていた。それに隕石破砕メテオブレイカーの触媒を強奪するとなれば、一人では土台無理な話だ。仲間のワルキューレたちも、その行為に賛同しているのだろうか。


 ワルキューレという存在は最早手段を選ばず、例え母星ははぼしを傷付けてでも人類には裁きをもたらすべきだと判断しているのか。


 それを理不尽だと責める権利を――果たして人類は持っているのだろうか。


 食べるのが止まったフミオの顔を、トンランがじぃっと覗き込んできた。慌てて、フミオはトーストの残りを口の奥に押し込んだ。咽喉に詰まりそうになって、コーヒーで流し込む。今度はそれが熱くてむせそうになった。


「何を考えているのか知りませんけど」


 紙ナプキンでフミオの頬に着いた食べかすをぬぐうと、トンランは腰に手を当ててふぅ、と小さく息を吐いた。


「あたしはフミオさんを守るだけです。離れないでくださいね」



 アパートの前で、警備の魔女が敬礼した。この前まで一人だったのに、今日は二人だ。日増しに厳重になっていく。こうなってくると、フミオは流石に窮屈さを感じ始めていた。

 どうにもこうにも、イスナ・アシャラの件には何らかの形で片が付いてもらう必要がある。


 ……今日、それは嫌でもやって来るんだな。


 フミオは国際航空迎撃センターの塔を見上げた。パトロールの魔女たちが、編隊を組んで飛んでいる。いよいよだ。フミオは手にしたカメラのストラップを、ぐっと握り締めた。


「さ、フミオさん、後ろに乗ってください」


 トンランがホウキを手に取ると、フミオの前でまたがった。アパートを出てすぐの路上だ。警備の魔女も見ている。ふへ、とフミオは素っ頓狂な声を漏らした。


「え、いや、良いのか?」

「警備上、魔女タクよりはこちらの方が都合が良いので」


 さらりとそう応えると、トンランは前を向いた。あれだけ嫌がっておいて、今日は仕事だからアリなのか。ハンチングを脱いで頭を掻いて。それからフミオは思い切ってトンランのホウキに乗った。なんだかいつもと勝手が違う。すい、と二人の身体が宙に持ち上がった。


「安全運転でいきますね」

「うん、よろしく」


 ワルプルギスの街並みが、ゆっくりと遠ざかる。フミオはトンランに掴まって、不思議とどきどきしていた。トンランは黙って、正面だけを見ている。二人を乗せたホウキは、ゆるゆると国際航空迎撃センターへと飛翔していった。


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