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StarChaser 星狩りの魔女  作者: NES
第5章 この星に仇なす者
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この星に仇なす者(5)

 国際高空迎撃センターの組織図上に、『諜報室』という部署名は存在しない。公式には認められていないが、国際同盟の権限を越えて秘密裏に情報を収集しているセクションだ。ワルプルギスが母星ははぼしにある様々な国家が諜報戦を仕掛け合う場所である以上、魔女たちの側でもこういった活動をおこなうことは必然でもあった。

 その室長であるクゥが魔女ではないとは、よもや誰も想像し得ないことだった。雨の日にわざわざ濡れて歩いてみせているのも、そのためだ。魔力の弱い、小さな子供みたいな魔術師。それがまさか、国際高空迎撃センターの中でも最も恐れられている諜報室のリーダーであるなどとは。


「デイリーワルプルギスは、何なんです?」

「あれは、この魔女の世界が平和であることをアピールするための戦略だ」


 見るからに牧歌的で、のどかな田舎新聞然としているデイリーワルプルギスの紙面は、全てクゥの指示によるものだった。平和的な記事の中に、さらりと最近のワルプルギスで起きた重要な出来事が混ぜ込まれている。フミオがやって来た時の記事もそうだ。ふざけた写真と書き様ではあったが――


 新しくやって来た人間フミオ・サクラヅカがヤポニア新報の記者であること。

 星を追う者(スターチェイサー)候補生であるサトミを取材しにやって来たこと


 と、重要なポイントはしっかりと押さえてある。フミオが読んで感じていた通り、デイリーワルプルギスはワルプルギスで起きている変化を、速報として住民たちにしらせる役割を持っていた。


「書きっぷりを軽くしておくことで、魔女の世界はお気楽であるという印象を持っておいてもらった方が都合が良い。特に国際同盟の常任理事国辺りは、魔女の動向にピリピリとしておるからな」


 加えて、クゥは母星ははぼしにあるほとんどの報道機関とも繋がりを持っていた。このワルプルギスは隕石に限らず、各国の機密やら何やらがうなるほど集まってくる情報の要衝ようしょうでもある。それらに対する交通整理も、クゥが手掛けている大事な仕事の一つだった。


「ヤポニア新報とも連絡を取っておるよ。お前さんのことも編集長からよろしくと頼まれておる」

「え、そんな話、俺今初めて聞いたんですけど……」

「誰も言っておらんかったからな」


 フミオは頭をかかえた。編集長といい、クゥといい、とんでもないタヌキどもだ。こうなってくると、何もかもが疑わしく思えてくるから困る。アイスの屋台も花屋の看板娘も、みんな実はフミオの監視だったのかもしれない。そう考えてみれば、フミオにはあれこれと思い当たる節がないこともなかった。

 ふと、フミオはトンランの方を向いた。フミオの警護を担当している、トンランはどうなのだろうか。この辺りの事情を、どこまで認識していたのか。


 ――トンランの表情を見て、フミオはほっと息を吐いた。ぽかぁんと、ほうけたみたいに大きく目と口を開けて放心している。良かった。このマチャイオの魔女は、フミオと同じ間抜けの仲間だ。その事実に、フミオは奇妙な安心感を覚えた。


「さて、儂のことはどうでも良いだろう」


 あんまり良くないし、後でみっちりと説明を願いたいところではある。だが、確かに物事には優先順位というものがあった。



「情報の整理を始めよう」




 クゥがソファにどっこい、と登って座り、その周りを一同が囲む形になった。迎撃司令官であるノエラも、クゥには気を遣っている素振りだった。なんでもノエラが星を追う者(スターチェイサー)であった頃には、クゥは既に今の地位にいたらしい。一体何歳なんだ。魔女よりも謎に満ち溢れている。ワルプルギスは奥が深い。


「さて、結論から言ってしまえば下手人は極北連邦ファーノースで間違いはない。ワルキューレに抗魔術加工アンチマジックなんてとんでもない玩具を与えて、フレゲトンからの脱走まで手引きしおった」

「何ですって!」


 フミオは文字通り跳び上がった。極北連邦ファーノースと言えば国際同盟の常任理事国、母星ははぼしでは知らない人間はいない最大規模の国家だ。国家間の警察を気取っていて、強大な軍事力でそこかしこの国際紛争に介入している。国際同盟の陰の支配者、などと呼ばれることさえもあった。

 それがどうして、テロリストであるワルキューレに加担しているのか。


極北連邦ファーノースが軍事大国であるという大義名分を保つには、明確な『敵』の存在が必要になる――そういう考えを持つ一派が、極北連邦ファーノースには居るということだ」


 戦争を肯定するための理由。それを自分たちの手で作り出しているということか。自作自演マッチポンプじゃないか。


「ここ最近、極北連邦ファーノースが最も関心を寄せているのがマチャイオ紛争だ。これに一枚噛んで、マチャイオに南進のための橋頭保きょうとうほを築くというのが、極北連邦ファーノースの目論見だった」


 トンランが、膝の上でてのひらを握り締めた。極北連邦ファーノースがその勢力を南洋地域にまで拡大させようとしているのは、有名な話だった。ヤポニアが国際同盟に参加したのは、早い段階で極北連邦ファーノースと交渉のテーブルに着くことで武力対決を回避しようとしたからだ。それの成果として、今のヤポニアはそれなりに平和な環境を手に入れている。

 だがマチャイオに関しては、やっていることはただの火事場泥棒だった。何が国際調停機関だ。聞いてあきれる。フミオは段々と腹が立ってきた。


「ところがこれが上手くいっていない。紛争の背後で、非公式ながら他の国際同盟常任理事国が、各勢力に支援をおこなっているからな。さて極北連邦ファーノースは名実ともに大国だ。一枚岩ではない。ダラダラと戦争を続けていると、それを内部の反対派に批判されてあっさりと政権が引っ繰り返されてしまう」


 膨らみ続ける軍事費の支出に、兵士たちへの人的被害。これらの不満に、極北連邦ファーノースの現政権は内部からの突き上げを喰らった。南進政策は、一時凍結させるべきである。しかし一度減らしてしまった軍拡の予算は、そう簡単には帰ってこない。現在の水準を維持し続けるのには、どうしてもそれなりの理由が必要だった。


「そこで極北連邦ファーノース為政者いせいしゃたちは、一時的にワルキューレによるテロ活動に活性化してもらおう、という結論に至ったのだ」


 世界各地でワルキューレたちが破壊活動をおこなえば、それに対抗する力が要求される。湯水のように開発費をかけている抗魔術加工アンチマジックの実用化にも、大きな賛同が得られるだろう。そのまま、ワルキューレたちによって実証実験に用いてもらうのも良い。


「実に――愚かなことです」


 ノエラの言葉は、悲しみに沈んでいた。そもそも極北連邦ファーノースは、何故抗魔術加工(アンチマジック)などという技術を研究しているのか。口実は対ワルキューレ用装備だが、これは明らかに魔女に対する抑止力の準備だった。将来的にワルプルギスを武力によってコントロールしようとしている意図が、そこには透けて見えていた。


極北連邦ファーノースの報道機関からタレコミが入っておる。人工衛星観測用の光学天文台で、監獄衛星の追跡をおこなっていた形跡があるとな。それから隕石破砕メテオブレイカーの触媒の輸送計画――まあダミーだったわけだが――それを漏洩リークしたのも極北連邦ファーノース絡みだ」


 母星ははぼしの上で、魔女の傘に守られて。

 そこで戦争を、殺し合いをするというどうしようもない行為に手を染めて。


 今度は、魔女たちの障害にまでなろうというのか。


 フミオは情けなかった。人類とは、何なのか。このワルプルギスで取材を通して、フミオは魔女たちの母星ははぼしを想う真摯しんしな気持ちに心動かされた。

 それに比べて、人間たちはどうしてこんな状態でいるのか。これではイスナ・アシャラに信じてもらうことなんて、到底出来るはずもなかった。

 イスナの言う通り、人類は魔女に統治されている方がずっと幸せだ。そう思えてきてしまう。天罰の隕石の一つや二つ、頭の上に落ちてきた方が目が覚めてスッキリするのかもしれなかった。


「で、ここからが転落の始まりとなる。一つ目はお前さんの功績だ、ヤポニア新報、フミオ・サクラヅカ」

「……俺の?」


 「そうだ」とクゥは大きく首肯した。


「ヤポニア新報が始めたマチャイオ解放キャンペーン、あれは効いた。極北連邦ファーノースの世論は一気に厭戦えんせんムードに傾いた。恐らくは、極北連邦ファーノース政府の予想をはるかに上回る勢いであったろうな」


 マチャイオの魔女、トンラン・マイ・リンの帰る海を守れ。そのムーブメントは、極北連邦ファーノースの内外で大きな波となった。国際同盟内でもマチャイオへの軍事介入は問題視され、紛争当事者国は及び腰となってきた。

 元より、これだけ泥沼化した紛争地域では資源開発どころではない。各国共に、自国の面子メンツの問題もあって引くに引けない状況でもあった。極北連邦ファーノースの南進を抑えるという目的もある。ここで極北連邦ファーノースが軍を退けば、後はマチャイオ政府の外交手腕次第というところだった。


「焦った極北連邦ファーノースは、事態に強引な幕引きをはかろうとした。ワルプルギスに居る、マチャイオ紛争に余計な茶々を入れてくる田舎記者を処分してしまおう、ということだ」


 自国出身の新しい星を追う者(スターチェイサー)を取材するため、国際高空迎撃センターにやってきた新米記者。こいつは極北連邦ファーノースにとって、予想だにしない伏兵だった。まさかそんな方向から、マチャイオ紛争に口を挟んでくるとは。ただでさえ浮足立っていた極北連邦ファーノースのタカ派は、フミオの書いた記事のせいで更に足並みを乱された。


 ――とにかく、そいつを黙らせろ。


 その指示が飛んで、ワルキューレによるテロ行為の第一弾としてフミオの暗殺が実行される運びとなった。


「そしてここで二つ目。ワルキューレは極北連邦ファーノースの飼い犬なんかにはならなかった。むしろ欲しい物だけを手に入れたら、後は小便を引っかけてまんまと逃げていってしまったのだ」


 人間たちの頭の悪い右往左往を、イスナは冷やかに見つめていたことだろう。空の彼方、魔女の国であるワルプルギスに暗殺者ヒットマンを送り込むことは簡単ではない。仲間を連れ出す手助けをして、武器まで与えてくれた極北連邦ファーノースから、イスナに対して暗殺指令が下された。

 そしてその出会いが偶然なのかどうか、いまだに判然とはしていないが――イスナはフミオの前に現れて、その命を狙ってきた。


「イスナ・アシャラは、暗殺をこころみただけでその完遂にこだわらなかった。その気になれば、もっと食い下がることは出来たはずなのにな」


 防御士シールダートンランと星を追う者(スターチェイサー)候補生サトミにはばまれて、イスナはあっさりと退却していった。警備が厳しくなったということもあるだろうが、あれ以降はフミオの身辺に近付いて来た素振りもない。

 フミオを殺すのに、抗魔術加工アンチマジックなんて過剰すぎるし、本来なら不要のものだった。イスナ以外にもワルキューレは何人もいるのだ。いくらサトミとトンランが護衛についていたのだとしても、ただの人間を一人始末するなど造作もないことであるはずだった。

 それなのに、イスナはこれ見よがしに抗魔術加工アンチマジックされた弾丸を撃ちまくった。ワルプルギスの空で、サトミと派手な追いかけっこをしてみせた。最後にはドラグーンの姿までさらして、悠々とワルプルギスの外に飛び去っていった。


「あれはもう、極北連邦ファーノースの軍事パフォーマンスショーそのものだった。おまけに証拠の品もたんまりと残してな。極北連邦ファーノースの常駐大使が、真っ青な顔をしていたぞ」


 ワルキューレたちは、わざと抗魔術加工アンチマジック装備を見せつけてきた。しかもそれが、極北連邦ファーノースのものであると判るように、だ。

 残された弾丸や装甲片には、極北連邦ファーノース製であることを示す刻印がしっかりと残されていた。その座標までが極秘事項として隠匿いんとくされているフレゲトンでの出来事ならとにかく、各国の大使が詰めていて衆人環視のワルプルギスでは誤魔化しは効かない。これらは全て、イスナによって意図されたものだった。


「テロリストのバックに極北連邦ファーノースがいる。これが暴露されれば、国際同盟はどうなる? いくら国際高空迎撃センターの失態が騒がれようとも、『世界の警察』の対面だけは保たれておかなければならぬのだ」


 そういうことか。フミオはようやく合点がいき、ソファの背もたれに深く身を沈めた。

 腐っても、極北連邦ファーノースは国際同盟内では一番の発言力を持っている。これが不正を働いていたと告発するのは、今ならば簡単なことだった。何しろワルキューレたちが、動かぬ証拠をこれでもかと置いていってくれたのだから。

 ただし、それをやるならその後先まで考えておかないといけなかった。極北連邦ファーノースに抑えられているからこそ、大人しくしている国家は沢山ある。それらが軍事同盟を組んで、こぞって極北連邦ファーノースへの糾弾活動を始めればどうなるか。


「国際同盟が百年以上に渡って、表面的にでも守ってきた母星ははぼしの平和が乱されることは避けたい。ましてや、世界大戦などを起こしてしまっては断じてならん」


 人間というのは、本当にどこまでも愚かだ。己の欲望に付け込まれて、まんまとワルキューレに引っ掻き回されてしまった。この情報が母星ははぼしに流出すれば、国際同盟は荒れる。母星ははぼしにあるどの国も、只事では済まないだろう。それこそが、ワルキューレたちの望む人間の世界の行く末だった。


「幸いにも事件が起きたのはワルプルギスだ。まだ魔女たちの手で、いかようにでも隠蔽いんぺいは出来る。その代わりワルキューレたちにはまた、『国際同盟の肩を持った』と恨まれることになるがな」


 ワルキューレにしてみれば、そんな醜悪な人間たちを守る必要性などこれっぽっちもないということだ。それで戦争を起こして殺し合うというのなら、勝手にやらせておけば良い。母星ははぼし相応ふさわしくない者たちがいくら死んだところで、彼女たちは少しも心を痛めない。


 この星にあだなす者――それは果たして、母星ははぼしに住む何者のことを示すのか。フミオには判らなくなった。いや……判りたくはなかった。


極北連邦ファーノースとはこちらで内々に話を通しています。この件に関してはそれなりの清算はしていただくつもりですので、そこはご安心ください」


 ノエラが静かに、しかしきっぱりとそう宣言した。魔女たちだって、常にやられっぱなしではなかった。その力の及ぶ範囲は、何も隕石の迎撃には限られない。輸送用の空船そらぶねの航路をちょっと変えてやるだけで、極北連邦ファーノースのような大国では簡単に物流が大混乱におちいってしまうだろう。

 母星ははぼしにおいて、魔女と人類は持ちつ持たれつの関係だ。それを忘れてしまわれては困る。締めるべきところは、きちんと締めていく方針だった。


「そうなると残されたのは……」



「ヤポニアへのテロ予告です」



 サトミは腕を組んで、じぃっと中空を見据えていた。イスナは母星ははぼしの上、ヤポニアで隕石破砕メテオブレイカーを使うと宣告していた。そんなことをすれば、母星ははぼしにどんな被害が発生するのか。降臨歴始まって以来の、未曽有みぞうの危機だ。サトミの表情は強張こわばっていた。


「狙ってくるとすれば、星を追う者(スターチェイサー)の最終試験だ。輪の中にある仮想標的に向かって、実際に隕石破砕メテオブレイカーを発動させる。そこに攻撃を仕掛けてくるという線が、最も濃厚だな」


 フレゲトンの襲撃事件以来、サトミの訓練プログラムは停滞していた。飛行時間は足りているし、後は最終試験を残すのみだった。それをクリアすれば、サトミは正式な星を追う者(スターチェイサー)の一員として認められる。


極北連邦ファーノースの管理下でいてくれれば楽だったのですが――彼女たちの動向は、国際高空迎撃センターでも掴めていません」


 イスナたちの足取りは、依然不明のままだった。母星ははぼしに降りたか、あるいはどこかの岩塊にでも隠れているのか。極北連邦ファーノースの支援を断ち切ったとはいっても、ワルキューレ側にはそれなりの人数が揃っている。イスナたちが今どのような動きをしているのかは、まるで想像が付けられなかった。


「ヤポニア政府にはテロ攻撃への警戒をうながしておいた。現状ではそれ以上のことは出来ない」


 ヨシハルの声も暗かった。魔女友好国としてヤポニアは今、大きな試練に立ち向かおうとしていた。ワルキューレに屈するか、魔女と共に歩むか。その大きな決断を迫られている。



「やります。最終試験を受けさせてください」



 そんな中にあって星を追う者(スターチェイサー)候補生サトミ・フジサキの心は、少しも揺るがなかった。その視線は、きたるべき未来へと固定されたままだった。



第5章 この星に仇なす者 -了-

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