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StarChaser 星狩りの魔女  作者: NES
第5章 この星に仇なす者
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この星に仇なす者(4)

 母星ははぼしの国々が秩序なく戦争行為に明け暮れることを防ぐため、国際同盟が結成された。その歴史はいよいよ二百年に迫ろうとしている。列強と呼ばれる強国たちが中心となり、母星ははぼしの上に争いのない平和な世界を実現することがその創設の理念である。

 では現実に、その目的は果たされているのか? 残念ながら、戦争は常に母星ははぼしのどこかで起き続けている。


 国際同盟の調停が有効に働かない原因として、国際同盟が列強諸国の傀儡かいらい組織であるという批判が後を絶たない。事実、国際同盟は数国の常任理事国が意思決定の中核を担っている。その背景にあるのは強大な軍事力であり、資源だ。国際同盟に従うということは、ほぼすなわち列強諸国の属国におとしめられることに等しかった。

 それでも列強諸国同士がテーブルに着き、表立って戦争をおこなわないだけマシという状態だ。国際同盟という枠組みの建前上、列強諸国は正面切った武力紛争からは手を引いている。


 その代わり、陰では様々な見えない糸が張り巡らされることとなった。


 近年、マチャイオの海洋資源を巡って列強諸国が紛争を繰り広げた。どちらも表向きの名目は開発支援だが、現地でおこなわれているのは戦闘行為であり、略奪だった。住民たちを巻き込んだ戦火は拡大の一途を辿り、そこに住んでいた古い魔女の一族たちも避難生活を余儀なくされた。

 マチャイオの魔女たちは、長きに渡って島民たちの生活を自然の驚異から守ってきた。隕石以外にも、大波や地震、台風といった自然現象に立ち向かう勇敢な魔女たちであった。

 しかし魔女には、人間の戦争には介入しないという厳しい掟がある。自分たちの愛した土地を追いやられる時、彼女たちは何を思っただろうか。魔女のいないマチャイオには、その年何度か大きな台風が訪れた。列強諸国の兵士も含めて、何百人もの死傷者が出たと伝え聞いている。筆者にそれを語ってくれたマチャイオ出身の魔女の表情は、とても悲しげだった。


 魔女たちが国際同盟の下部組織に国際高空迎撃センターを置いたのは、こういった悲劇の回避を望んでということもある。同じ国際同盟の中であれば、人道支援という名目で最小限度の人命救助に出動することも可能だ。戦争に加担することなく、そこで苦しんでいる人たちに救いの手を差し伸べられる。

 列強諸国の強硬姿勢もあって、残念ながらワルプルギスの魔女たちはまだそこまでの発言力を持つには至ってはいない。マチャイオへは、難民申請の受付程度しか支援活動をおこなうことは出来なかった。マチャイオの魔女たちはワルプルギスには上がらす、母星ははぼしの魔女友好国で紛争が終わるのをじっと待っている。


 彼女たちがマチャイオに帰還するために、我々に出来ることはないのだろうか。


 そう考えた筆者は、ワルプルギスにいる間にヤポニア新報本社と共にマチャイオ解放キャンペーンを展開した。英雄サトミ・フジサキと共に語られる、あのトンラン・マイ・リンだ。マチャイオ出身の彼女の存在を、筆者はヤポニア新報の協力によって全世界に投げかけた。魔女と、それに守られる人間たちの在り方について考え直そうと。母星ははぼしを守る魔女たちから、その故郷を奪い去るような行為は改めようと。



 マチャイオ紛争の当事者国の一つが、極北連邦ファーノースである。

 極北連邦ファーノース母星ははぼしの上では最大の連邦国家であり、国際同盟の供託金の最大支出国にして常任理事国、世界の警察を自称している。極北連邦ファーノースはマチャイオに対して紛争調停という名目で出兵し、資源採掘基地を武力によって占拠していた。これは逆に、戦争状態の泥沼化を招くものであった。

 極北連邦ファーノース政府は、自国内でも展開されたマチャイオ解放キャンペーンに対して真っ向から反論した。これは人間の問題であり、母星ははぼしの上で起きていることに魔女は干渉するべきではない。マチャイオの平和と安定は、極北連邦ファーノースによってのみもたらされるものである。

 この発言は、内外から大きな批判を浴びることになった。誰の目から見ても、マチャイオ紛争の最大の問題点は極北連邦ファーノースによる戦争介入だったからだ。


 戦闘による死傷者だけでなく、台風による被害もあって極北連邦ファーノースの世論は厭戦えんせんに傾いていた。このままマチャイオを占拠したとして、国際同盟内での非難は免れない。国際同盟という国際社会からの肯定のための場をなくすことは、極北連邦ファーノースにとってはあまりうまい話ではなかった。

 極大期が訪れれば、魔女たちの注意もそちらを向くし世間の目も誤魔化せる。ただし、それを期待するにはまだ二年の歳月が必要だった。



 筆者はワルプルギスに滞在している際、命を狙われたことがある。それは恐らく、このマチャイオ解放キャンペーンが原因だ。魔女たちの膝元にいれば何も心配はいらないと油断していたところで、生命に関わる深刻な事態というものを経験した。後にも先にも、あまりお目にかかりたくはないシチュエーションだ。

 そこで筆者の身を守ってくれたのは、英雄サトミ・フジサキとトンラン・マイ・リンだった。この二人がいなければ、筆者は遠くワルプルギスの地でこころざしなかばのまま凶弾に倒れてしまうところだった。そうなれば哀れなヤポニアの記者の死は様々な憶測でいろどられた挙句にセンセーショナルに報じられて、マチャイオの悲劇は忘れ去られていたかもしれない。


 そうなることで、果たして誰がどのような得をする算段になっていたのか。好奇心は猫を殺す。ここではあまり多くを語ることはしたくない。


 その後、例の事件を経て幾つかの不都合な真実が母星ははぼし中に広まった。この件に関しては、デイリーワルプルギスに多大なる感謝の言葉を述べておきたい。国際同盟の内部はまだしばらくの間は揉め続けるとは思うが、良いことは一つあった。これは次にワルプルギスを訪れた際に、本人と直接喜びを分かち合いたい。


 読者諸兄、一人一人の声なき声が世界を動かすこともある。

 その想いがある限り、筆者はこの世界をあきらめたりはしない。


降臨歴一〇二六年、一〇月五日

フミオ・サクラヅカ




 その日は午後から雨の予定だった。ワルプルギス内に降る雨は、魔術的に生成された純粋な水だ。空気中の不純物を取り除き、ワルプルギス中を清潔に保つ効果がある。それでも濡れるのは具合がよろしくないのは、魔女も人間も同じことだ。フミオは傘を持って出ようとして、トンランに怪訝な顔をされた。


「フミオさん、それはひょっとして、あたしが気が利かないとでも言いたいのかな?」


 防御士シールダーのトンランが一緒にいる限り、傘なんか不要だった。二人の周囲には、目に視えない壁が出来ている。雨だろうが隕石だろうが銃弾だろうが、トンランにかかれば何てことはなかった。

 アパートの入り口で、警備の魔女が手を振って挨拶してきた。こんな天気の日に、こんな場所でご苦労様なことだ。今やフミオは、ワルプルギスにおける最重要警護対象だった。このボロアパートに住んでいるしがない新米記者の命に、どれだけの価値があるというのか。毎日が窮屈に感じられるのと同時に、フミオは何だか分不相応な気分にもなってきていた。


 街をゆく人にも、雨具を持っている者はほとんど見受けられなかった。

 フミオは今まで、雨が降る日はお休みに設定して部屋の中にこもっていた。記事をまとめたり、考え事をする時間にあてていたのだ。雨なんて、世界共通で特に変わったことなんてないだろうと軽く扱って見過ごしていた。魔女の国は、雨でも普段通りに日常がいとなまれている。むしろ、雨の日にしか見れない不思議な光景が多かった。


「雨の日は、雨粒キャンディのお店が出るんですよ。あと、水滴アクセサリとか。でも今日はそういうのは、なしですね」


 なかなか興味の引かれるものばかりだが、トンランの言う通りだった。フミオは「うん」と生返事をした。二人が歩くと、それに合わせて水溜りまでが避けていく。やがて、雨に煙るヤポニア大使館が見えてきた。



 ヨシハルの執務室に入ると、トンランが慌てて気を付けをして敬礼した。そのまま彫像みたいに固まって、ぴくりとも動かない。その視線の先には、国際高空迎撃センター迎撃司令官、ノエラ・ピケットの姿があった。


「楽にしてください、防御士シールダートンラン・マイ・リン。これは非公式オフレコードの会合です。この場ではとりあえず、役職は忘れてくださいな」


 「はっ!」と腹から声を出すと、トンランはびしっと手を下に降ろし、扉の横で直立不動の姿勢を取った。座る場所がない訳でもあるまいに、番兵みたいにずっとそこで突っ立ているつもりなのか。フミオが部屋の中を見回すと、デスクにはヨシハルが着いていて、ソファにはノエラ、そしてその向かいにはサトミがやはり緊張した面持ちで腰かけていた。


「楽にしてってさ」

「ぶっ殺しますよ」


 トンランの脇腹をつついたら、本気の殺意を向けられた。命の恩人に殺されてしまっては、世話がない。フミオはほんの少し逡巡しゅんじゅんして、サトミの隣にいくことにした。トンランがぎろり、と睨んできたが無視しておく。サトミの方は、トンランほど酷い緊張状態ではない様子だった。

 ただ、その表情は真剣そのものだ。じっと中空を見つめて、フミオが座ってもぴくりとも動かなかった。


「あと一人来ることになっていますが、もう始めてしまいましょう」


 ヨシハルと目を合わせると、ノエラはそう宣言した。


「サクラヅカ君、今日ここで話し合われることを記事にする場合は、良く考えてからにしてもらいたい。真実を隠蔽するつもりはないが――君は一度命を狙われている。スクープというのは、知ったそばから公開していけば良いモノではない。大事なのはタイミングだ。そのことを、肝に銘じておいてくれたまえ」


 ヨシハルの警告に、フミオは思わず背筋を伸ばした。トンランが目を細めて厳しい顔付きになると、それからゆっくりとフミオの方に近付いてきた。トンランは、フミオの護衛だ。常にその脇に控えていなければならない。防御士シールダーとしての本分を果たすため、トンランはフミオの隣にようやく腰を落ち着けた。


「まず、現場周辺から抗魔術加工アンチマジックほどこされた銃弾を回収しました。それも、大量にです。これは現状、テロリストが簡単に入手出来るようなものではありません」


 抗魔術加工アンチマジックは列強諸国が、ワルキューレに対抗するべく開発している新兵器だという話だ。それもまだ極秘ということで、フミオはその存在すらも知らなかった。トンランは防御士シールダーとして、情報だけは持っていた。サトミの方は、星を追う者(スターチェイサー)の間での噂話程度だ。国際高空迎撃センター内でも、まだその程度の認知しか得られていない重大な機密だった。

 イスナはそれを、まるで意にも介さない態度で乱射してきた。サトミの防御壁シールドつらぬいてみせたのだから、それ自体はまぎれもない本物だ。追撃を仕掛けたカラドボルグ三番機は、もっと酷い目に遭わされたらしい。負傷者が出なかったのは、不幸中の幸いだった。


「ドラグーンの外装に関しても、剥離はくりした破片を発見してこちらで解析をおこないました。これらは決定的な証拠となってしまうため、現在公表を控えています」

「……? 発表しないんですか?」


 奇妙な話だ。犯人が判っているのなら、それを突き出すのが当たり前のことではないのか。フミオなどは、そのせいで命まで落としかけたのだ。サトミだって、トンランだってそうだった。イスナたちワルキューレに加担している国があるとすれば、それを明らかにして国際同盟内で調停対象とするべきだ。

 憤慨して、フミオがソファから立ち上がろうとすると――



「馬鹿者。それを公表したら世界がどうなってしまうのか判らんのか」



 扉を開けて、何者かが執務室に入ってきた。


「なまじ証拠を掴んでしまったがために動けなくなることもある。ヤポニア新報は正義感が強いのは良いが、もう少し後先を考えて記事を書くべきだ」


 こつんこつん、と小さな靴音を響かせて、その人影は一同の見守る真ん前に歩み出た。雨に濡れた長衣から、ぽたぽたと滴が垂れている。フードの下から、真っ青な瞳に短く切り揃えられた乳白色の髪が姿を覗かせた。フミオは以前ニニィのことを小柄だと思ったが、こちらは更にミニサイズだった。どこからどう見ても子供。というか、魔女、なのか?


「なんだ、ヤポニア新報。儂のことを知らんのか。ここに来てからこっち、お前さん一体何をしておったんだ?」

「ええっと?」


 何が何だか判らず、フミオは助けを求めて視線を泳がせた。サトミとトンランは、二人とも何も聞いていないとでも言いたげに肩をすくめた。ノエラはわざとらしく澄ましていて、ヨシハルだけが人の悪い笑みを浮かべていた。


「サクラヅカ君、そちらはヤポニア新報さんから常駐特派員を送りたいと連絡をいただいた際、こちらでの後見人を名乗り出てくださった方だ」

「ヤポニア大使館ではなくてですか?」


 初耳だった。ヤポニアから派遣されるのだし、てっきりヤポニア大使であるヨシハルがフミオの全権を預かっているものだとばかり思っていた。


「ワルプルギス側での受け入れ責任者も必要なんだ。クゥ・ワン・タオだ、よろしく」


 指も短いし、肌も艶々(つやつや)ぷにぷにとしている。なんだろう、不老の魔術でも使っているのか。差し出されたてのひらを握りながら、フミオはそんなことを考えた。それを察したのか、クゥはむっ、と不愉快そうに目尻を吊り上げた。


「お前さん、よもや儂のことを魔女だとは思っておるまいな?」

「ワルプルギスの受け入れ責任者なら、魔女なのでは?」

「……はぁー、なんだこいつ。先入観のかたまりみたいな奴だな。よくこれで新聞記者がつとまるもんだ」


 余計なお世話だ。

 しかし、魔女ではないのか。その次にフミオの脳裏をよぎったのは、実に不吉な発想だった。まさか。真っ青になったフミオの顔色を見て、クゥは嬉しそうにあごの辺りを撫でた。


「儂は魔女ではない。男だ。魔術師ではあるがな」


 フミオはハンマーで頭を殴られたようなショックを受けた。ワルプルギスに来てからというものの、驚かされることにはある程度慣れてきてはいたが……これは斬新な衝撃だった。

 魔女以外の魔術師、どう見ても女性なのに男性、そもそも何歳なのか。一体どこにポイントを絞って驚愕すれば良いのか、ちっとも判らない。

 混乱して言葉を失ったフミオに、ヨシハルが更なる追い打ちをかけてきた。



「改めて紹介しよう。国際高空迎撃センター諜報室室長であり、デイリーワルプルギス編集長のクゥ・ワン・タオさんだ」



 『あの』、デイリーワルプルギス!

 何もかもが許容量キャパシティを超えて、フミオは目の前が真っ白になった。


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