ワルキューレはかく語りき(3)
降臨歴一〇一三年六月七日。前年の極大期が終了し、母星が静けさを取り戻そうとしていた頃だ。国際高空迎撃センターは国際同盟の常任理事国と共に、とある作戦を秘密裏に実行した。
列強諸国の特殊部隊の特別編制チームに、戦闘士が六人。恐らく母星において、最も戦闘能力に優れた集団だ。彼らはワルプルギスに用意された改造船『フレスベルグ』に乗り込むと、大気圏外から目標に向かって急降下、強行突入を敢行した。
「作戦はスピードが命でした。今までにも何度か摘発を試みていたのですが、その度に逃げられていました。情報を得たら、裏付けが取れ次第突入する。正に電撃作戦でした」
この作戦に参加していた戦闘士が、当時の現場で起きたことを克明に語ってくれた。
戦闘士はその活動内容から、他の魔女たちよりも多くの機密事項に触れる機会がある。こうしてインタビューに応じてくれたことは極めて異例だ。残念ながら一部の詳細な情報については、ここに記す許可を得ることは出来なかった。これは戦闘士や国際同盟各国の特殊部隊が、今後も活動を続けていくために必要な措置である。読者諸兄にはご了承願いたい。
中型の空船を改修したフレスベルグは、国際同盟への通報を受けた時点でワルプルギスを出港し、現場の上空で待機した。偵察の魔女が遠距離から様子を確認し、動きがあることを探知すると即座にゴーのサインが出された。
隕石を撃墜するのが魔女本来の仕事だが、今回は隕石となって母星の地表を目指すのがミッションだった。フレスベルグは強襲揚陸艦と区分されている。大気圏外から、敵陣の中央に直接兵員を搬送、作戦対象の奪取をおこなって速やかに離脱する。この作戦においては、目的は施設の制圧と首謀者の捕縛――あるいは殺害だった。
「母星のどこかに、ワルキューレの製造工場が存在する。それは魔女たちにとっては、長い間頭の痛い問題でした」
魔女の子供をワルキューレとして教育、訓練している者たちがいる。国際同盟からその情報を得て、魔女たちは母星中に監視の目を光らせていた。当時はワルキューレによるテロ被害が今よりも頻発しており、魔女たちは自らの信用を損なわないためにも何としてもこの問題を解決しておきたかった。
しかし、そいつらは巧妙でずる賢かった。国際同盟に加盟していない国々を転々として、所在が割れそうになるとすぐに移動した。魔女に非協力的な国が絡んだ時点で、事態は非常にややこしくなる。そんな何年にも渡る困難な捜査を経ての、これは正に千載一遇のチャンスだった。
「大陸西部の、未開拓の砂漠地帯でした。首謀者である『潜在的魔女』の男と、長年我々の手を煩わせてくれていた年老いたワルキューレ。探している二人は、そこにいました」
上空から舞い降りた特殊部隊員と魔女たちを迎えたのは、まだ幼い子供たちの群れだった。全員が女児で、魔女だ。強い魔力を示す真っ赤な瞳に囲まれて、突入隊員たちは恐怖に飲み込まれてしまった。
「最初に、特殊部隊員が発砲しました。誰も彼を責められません。あの場にいて、正気を保てる方がどうかしているでしょう」
この射撃によって、子供のワルキューレが一人死亡。戦端が開く切欠となった。
年端がいかなくても、彼女たちは人を殺すための訓練を受けたワルキューレだ。すぐに戦闘士が前面に出て援護をおこなった。攻撃魔術を防ぎ、防御魔術に穴を空ける。魔術戦が不利と悟ると、小さなワルキューレたちは鋭利な刃物を手にして特殊部隊員に襲いかかってきた。
「地獄のような光景でした。私も自分の命を守るために、何人もの子供を本気で殴り、動かなくなるまで地面に叩き付けました。あんな戦いは、二度とあってはならない」
激闘の末に、ワルキューレたちは鎮圧されつつあった。入り組んだ構造の建物の奥にいるであろう首謀者を探して、戦闘士たちは内部に侵入した。そこには子供たちの共同生活の跡がありありと残されていた。
「双子の魔女がいました。彼女たちのことは、特に覚えています。最後まで強く抵抗して、戦闘士にも死傷者が出ました」
それだけ、ワルキューレとしての教育は強固なものだった。子供たちは余すことなく、突入してきた者たちに対して牙を剥いてきた。『父親』こそが正義だと、揃って口にしていたそうだ。これは歪んでしまった魔女の世界を、正しく直すための戦いであると。
「戦闘士の一人が説得しようとしたのですが、タイミング悪く特殊部隊員が突入してきて――彼女は頭部を吹き飛ばされました。双子はなんとかそこで拘束しました。今思い出しても、痛ましい話です」
突入開始から四十分が経過して、ようやく決着が付いた。最深部にまで逃げ込んでいた首謀者の男が、ワルキューレの老婆と共に自殺した。公式発表ではそうなっている。インタビューに応えてくれた戦闘士は、ここでほんの少し表情を曇らせた。
「自殺――と言うより、自爆ですね。酷い有様でした。テロ組織と繋がる様々な証拠があったはずなのですが、全部道連れにしていきました。作戦は成功なんでしょうが、後味は最悪でした」
子供のワルキューレは六人が死亡、八人が拘束された。特殊部隊員は三人が死亡、六人が負傷。戦闘士は二人が死亡、一人が負傷した。首謀者の男性及び子供たちの教育をおこなっていたワルキューレは死亡。施設の様子から、一両日中には移動を開始する予定であったと推測された。突入は間一髪のタイミングであったと言えた。
筆者に話を聞かせてくれた戦闘士はインタビューの中で、この場所をワルキューレの『製造工場』と呼んだ。その表現はここでおこなわれていたことに対する、様々な感情を押し殺してのものだった。
建物が捜索されて、奥の部屋に監禁されていた魔女数名が解放された。薬物に侵され、肉体的にも精神的にもボロボロの状態だった。彼女たちはこの数日後、治療の甲斐なく全員が死亡してしまった。恐らくは、ここにいた子供たちの母親であった。最後までまともな会話すらおぼつかない状態で、身元どころか名前さえも知ることが出来なかった。
建物の地下からは、無数の『失敗作』の骨が発見された。男児であれば、その時点で不要だったということだ。無造作に積み上げられた遺骨の山は、現在は姉妹や母親のものと共にワルプルギスの共同墓地に納められている。この話を聞いたその日の内に、筆者も献花に訪れた。湖を見下ろす丘にある、静かな場所だった。
『潜在的魔女』と魔女をかけあわせることで、より強力な魔女を作り出す。
それが首謀者の目的であったことが、後の調査で明らかになった。首謀者は自身が魔女の血族であり、『潜在的魔女』であると知っていた。それを利用して我が子をワルキューレに育成し、兵器としてテロリストたちに提供していたのだ。
魔女のことを、恐ろしい存在であると人は言う。しかし筆者に言わせれば、魔女よりも普通の人間の方がはるかに恐ろしい。
この男と付き合いを持っていたテロリストたちは、ここで何がおこなわれていたのかを察していたはずだ。その上で取引を交わし、ワルキューレを手に入れていた。そしてそのワルキューレを用いて、人を殺していたのだ。
ワルキューレとは母星に仇なす、道を踏み外した魔女のことであると以前筆者は書いた。その力を利用してまでも、人は殺し合いを続けようとする。
それをとても悲しいことだと思うのは、筆者が魔女に魅入られているからなのだろうか?
降臨歴一〇二六年、九月一〇日
フミオ・サクラヅカ
最初にやられたのはサマーニャだ。サマーニャはぼんやりとしていて、人懐っこかった。やってきたお客さんに甘えておねだりして、飴玉をもらって舐めるのが好きだった。悔しいけど、笑顔が可愛いのは本当だ。そのど真ん中に鉛の弾を喰らって、サマーニャは即死した。その尊い犠牲によって、上空から突然降下してきた空船の乗員が『敵』だということが良く判った。
どんな時であっても、防御壁を解いてはいけない。その教えを守らないから、二度と飴玉が味わえなくなる。同様に、悲しむことも厳禁だ。まず、目の前の敵を全員殺す。暇で暇でどうしようもなくて、他にやることが何にもないぐらいになったら、その時に思い出して泣いてやればいい。もっとも、その頃にはサマーニャの顔も名前も覚えてはいないだろうけど。
姉妹たちの動きは早かった。哀れなサマーニャが地面に横たわった瞬間には、引き金を引いた臆病者の兵隊は身体がバラバラになって吹き飛んでいた。武器を持っている相手に、油断は禁物だ。確実に、一撃で仕留める。それが合図になって、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
鳴り響く銃声と悲鳴。一瞬で片が付かないということは、敵の中に魔女がいる。どんなに武装したところで、人間がワルキューレを相手にして敵うはずがないからだ。イスナはサラサの手を握ると、建物の中に避難した。広い場所は不利だ。それに、父親を守らなければならない。
「お姉ちゃん……」
「泣くな、サラサ!」
サラサは全く戦闘に向いていなかった。訓練でも失敗ばかりだし、何よりも性格的に大人しすぎてダメだった。なるべく父親の傍に置いて、防御役に徹させるしかない。
建物の中は、荷物が整理されてすっきりとしていた。陽が落ちたら引っ越しを始めようと、今朝方父親から言われていたばかりだった。魔女たちは今回、行動が早かった。それだけイスナたちワルキューレを恐れているのだ。小賢しい。
「イスナ、サラサ。何があったのですか?」
地下に続いている階段から、姉のスィタが上がってきた。ここに残っている姉妹の中では最年長で、いつも父親の横に控えている。あと何年かしたら、父親との間に子供を作ってみようという話になっていた。より強いワルキューレを産み出すためだ。スィタは特に父親のお気に入りであるようだし、イスナはその行為を自然なこととして受け入れていた。
「敵です、お姉さま――」
イスナが報告を終える前に、背後の扉が派手な音と共に弾け飛んだ。咄嗟にイスナはサラサの身体を抱えて、脇に転がった。銃弾の代わりに、真空の刃がイスナの頬を掠めていった。魔術の防御壁を、難なくすり抜けてくる。真空刃だ。
スィタは両手を振るうと、それを消し散らした。間髪入れずに魔女が踊り込んできた。ワルキューレと戦うための訓練を受けた魔女――戦闘士だった。
魔術を行使するのに、最も大切なことは集中だ。呪文の詠唱も、複雑な儀式も、集中力を高めるための手続きにすぎない。優れた魔女であれば、ほんの少しの時間自身の中にあるマナに意識を向けるだけで、強大な力を引き出すことが出来る。
逆を返せば、それさえさせなければ魔術は発動しない。集中を乱すために、奇襲を仕掛け、素早く術者の肉体に一撃を喰らわせる。意識をなくさせれば、そこで勝負は付く。戦闘士はスィタの懐に入ると、手に持った金属製の杖を力いっぱいに振り上げた。
回避が遅ければ、スィタの顎は砕けていただろう。更に後ろに下がろうとして、スィタはバランスを崩した。そこは地下への階段だった。スィタの注意がそちらに向いた隙を、戦闘士は見逃さなかった。
「せぇい!」
気合一閃、横なぎに払われた杖がスィタの腹部を捉えた。ごきり。訓練中に嫌と言うほど聞いた、骨の折れる音だ。それがスィタの背骨の辺りからした。いつも澄ましていたスィタの顔が苦痛に歪んで、大量の血を吐いた。
「ぐはっ」
戦闘士の攻撃は終わらなかった。打撃の勢いを保ったまま、スィタの顔面を掌で掴んだ。そのまま、壁に叩き付ける。ばぎ。今度は聞いたことのない音だった。石壁にひびが入る。スィタの指が、びくんと大きく痙攣して、だらりと垂れさがった。サラサが息を飲む。イスナは目を見開いた。
「やめろぉ!」
何だ、この蛮行は。
勝敗はもう決まっていた。背骨に致命的なダメージが入った時点で、スィタは明らかに戦闘不能だった。痛みのせいで、マナに集中出来るとは到底思えない。魔術どころか、立ち上がることですら困難に思えた。
それなのに、戦闘士は攻め手を止めなかった。間髪を入れずに容赦のないとどめを放ち、スィタを必要以上に傷付けた。命にも関わるかもしれない。何だこれは。こいつらは、イスナたちを殺すためにやって来たのか。
これが――魔女のやることか!
サラサの手を離して、イスナは戦闘士目がけて魔術を放った。イスナの真紅の瞳に戦闘士が怯んだ時には、もう遅かった。右肩が異様に膨らみ、破裂して肉片を撒き散らした。
沸騰する血液。ワルキューレの秘術だ。防御壁を貫くこの術の防ぎ方を、ワルプルギスの魔女たちは知らない。悲鳴を上げて、戦闘士は床の上をのた打ち回った。
放り出されたスィタは、ぴくりとも動かなかった。頭から大量の血が流れている。綺麗なスィタ。もしイスナとサラサにお母さんという人がいるのならば、それは間違いなくスィタみたいな人だと思っていたのに。
イスナはもう一度集中した。今度は心臓だ。戦闘士と眼が合った。激痛で防御壁が薄くなっている。今なら銃弾だって通るだろう。戦闘士は這いつくばって、イスナに向かって命乞いをしていた。スィタには、その機会ですら与えなかったというのに。
「魔女がっ……死ね!」
魔女とは自らの使命を見失って、人に飼いならされた哀れな者たちのことだ。この戦闘士は、自分が何をしたのかすら理解していなかった。問答無用で殺しておいて、いざ自分が殺されるとなれば助けてくれと懇願する。馬鹿にするな。ワルキューレとは元々、そんな情けない存在ではなかったのだ。
「お姉ちゃん……スィタお姉ちゃんが……」
「サラサ、あたしの後ろにいるんだ」
泣きじゃくるサラサを、イスナは無理矢理自分の方に引き寄せた。部屋の入り口の陰で、ちらちらとこちらを窺っている奴らがいる。誰だって心臓を吹き飛ばされるのは嫌だろう。次の突撃は、慎重かつ巧妙なものになるはずだ。
表はだいぶ静かになっていた。姉妹たちは、恐らく全滅だ。感じられる気配がだいぶ減っている。最初からこちらを殺す意図を持っている戦闘士を相手にするには、ここにいるワルキューレたちは幼すぎた。
――それでも、サラサだけは守ってみせる。
その後、イスナは突入してきた三人の戦闘士を同時に相手にした。一人の頭部を叩き割り、もう一人の太腿を破裂させたところでマナが一時的に枯渇した。取り押さえられる最後の瞬間まで、その手は妹のサラサを庇い続けていた。
この急襲作戦における魔女側の死者及び負傷者を作り出したのは、イスナ・アシャラただ一人である。その圧倒的な魔力コントロールには目を見張るものがあったが、この作戦の詳細は一般には公表されておらず、あまり知られることはなかった。
『保護』されたワルキューレの少女たちは、思想矯正のために監獄衛星コキュトスに送られることになった。




