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StarChaser 星狩りの魔女  作者: NES
第3章 ブロンテスの追憶
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ブロンテスの追憶(3)

 海岸線の向こうに真っ赤な何かが落ちていくのを、子供の頃のトンランは空の中に見付けた。その後、遅れて大きな地震が村を襲った。『ブロンテスB』落着の余波は、遠く離れたマチャイオにも影響を及ぼしていた。

 トンランの祖母は、代々村を守ってきた魔女の一族の長だ。砂浜に作られた祭壇の前に立ち、訪れるかもしれない災厄に備えていた。幸いにもマチャイオは、『ブロンテスB』によって大きな水害に見舞われることはなかった。それでも祖母は警戒をおこたらず、その日は陽が暮れるまでそこに座り込んでいた。


「ばっちゃ、何が起きているの?」


 朝から何も食べずにいる祖母を心配して、トンランはお昼に弁当を持って砂浜に向かった。じっと見上げてくる小さなトンランの頭を、祖母は優しく撫でてくれた。マチャイオの偉大な魔女であり、トンランの知らないことを何でも教えてくれる祖母のことが、トンランは大好きだった。


「空の上で魔女たちが騒いでおる。はるか海の向こう、ヤポニアの近くに隕石が落ちたのだ。もう何十年もこんなことはなかったのに。悲しいことだ」


 ヤポニアという国の名前を、トンランは聞いたことがなかった。トンランは魔女の子供だ。いずれはこの村を、そしてゆくゆくは祖母のようにマチャイオの島々を守る大魔女になる。しかしその外に広がる世界のことについては、まだ何も具体的なイメージを持てていなかった。


「ヤポニアには、魔女はいないの?」


 もし隕石がこの島の近くに落ちたのなら、きっと祖母が何とかしてくれる。祖母だけではない。トンランの母も、一族の他の魔女たちもいる。皆で力を合せれば、マチャイオの島はいつだって平和だ。長い間、そうやってマチャイオの民は暮らしてきた。


「あの国は、魔女を良くないものとして嫌ってきた。そのむくい……などとは、考えたくもないのう」


 魔女は、良くないもの。そうなのだろうか。それじゃあ沖合で漁師の船が引っ繰り返った時は、誰が遭難者を助けるのだろうか。三つ先の島で病人が出たら、誰が医者の所まで運ぶのだろう。高いところになっている木の実は、どうやって収穫すれば良いのだろう。大波や激しい嵐から、誰が吹き飛ばされないように守ってくれるのだろう。

 魔女のいない国のことが、トンランには想像も付けられなかった。


「ヤポニアの人たちは大丈夫なの?」

「魔女たちが助けに向かっておる。どんなに嫌われたとしても、魔女はこの母星ははぼしを守る者。決して見捨てたり、あきらめたりなんかはしないのだよ」


 海の向こうにある、見も知らない国の人々のために。トンランは両手を合わせて目を閉じた。魔女の仲間たちが、一つでも多くの命を助けることが出来ますように。そして――



 ヤポニアの人たちが、魔女のことを好きになってくれますように。




 国際高空迎撃センターの資料室にあるものは、セキュリティの関係上外部に持ち出すことは出来ない。撮影も当然禁止だ。フミオは仕方なく大量の文書を隅から隅まで眺めて、重要そうなところだけをメモ帳に書き写すことにした。細かい記録や書簡については端折はしょって、要点がまとめられた報告書を中心に読み進めていく。それでも殺人的な分量だった。

 結局半分どころか、何一つ成果を感じられる前に閉館時間が来てしまった。ワルプルギスのお祭りを、資料室の管理人だって楽しみにしているのだ。その邪魔をしてはいけないと、フミオは後ろ髪を引かれる思いで退出手続きを済ませた。


「別に今日限りって話でもないし、また明日来れば良いでしょ」

「そうなんだけどさぁ」


 『ブロンテス』に関する報告書で、フミオは気になる記述を発見していた。ヤポニアで出版されている書籍には書かれていなかった内容だ。報告者は当時のゲイボルグ隊となっている。些末な出来事であるし、一般にはあまり知らされていないことなのだろう。その情報の詳細までは何とかして追跡しておきたかったのだが、やむを得なかった。


 外に出ると、すっかり夜になっていた。国際高空迎撃センターの警備も、今日だけは心なしか人数が少ない気がする。丁度隕石襲来の谷間の時期で、お祭りもやっているのだ。普段は忙しく働いている魔女たちにも、息抜きぐらいは必要だった。


「ヤポニア大使館のバーベキュー、そろそろ始まる時間だね」

「急ごう!」


 大通りで魔女タクを捕まえようとして、フミオとトンランは唖然とした。まだ始まったばかりだというのに、街はすっかり宴会ムード一色だった。がやがやと大勢の人たちでごった返していて、頭の上はホウキどころかありとあらゆるものが宙を舞っている。ワルプルギスの重力制御士グラビターまで酔っぱらっているのかと思う程だ。


「こりゃ、魔女タクは無理かな」


 交通渋滞がないのが魔女タクの良いところなのだが、空が埋め尽くされてしまったらそれどころではない。こんな中で魔女タクに乗っても、障害物を避けるだけで手一杯だ。あのゴンドラに乗せられて右に左に振り回されては、酒を飲む前にゲロゲロになってしまいそうだった。


「脇道に出て、そこからトンランのホウキに乗せてくれ」

「ええーっ、またですかぁー?」


 トンランは渋い顔をした。フミオがトンランのホウキに乗るのは、これでもう五回目くらいだ。フミオは相変わらず母星ははぼしから新聞をとっていて、その支払いが馬鹿にならない。記者とは貧乏なものだ、とか胸を張って言われても困ってしまう。そのとばっちりを喰らうのは、決まってトンランだった。

 ぶつくさと文句を言いながら、トンランはホウキを出した。フミオはその後ろにまたがると、トンランの腰に手を回す。こればっかりは、何度目であっても慣れなかった。むぐっ、と表情を強張らせてから、トンランは一息に上昇した。

 毎度急発進の、急制動だった。そうでもしないと、色々と誤魔化しが効きそうにない。二人乗り(タンデム)というのは、本来はもっとロマンチックなものであるはずだ。間違ってもそういう雰囲気を出さないように、トンランは一心不乱にホウキを操った。


「こんばんは、トンラン、サクラヅカさん。随分飛ばしてるね」


 だから、そこに横付けされた時は真剣に驚いた。誰の眼にもとまらないくらいの猛スピードであったはずなのに。ぎょっとしてそちらを向いて、それからすぐに納得した。防御士シールダーが本職であるトンランの最高速度なんて、星を追う者(スターチェイサー)にしてみれば徐行しているのと何ら変わりがない。


「サトミ、今日はお休みなの?」

「お祭りだからね。ヤポニア大使館にお呼ばれしているの」


 久しぶりに見る、私服姿のサトミだった。星を追う者(スターチェイサー)の厳しい訓練も、今夜ばかりはおこなわれないらしい。同じヤポニア人ということで、サトミにも大使館でのバーベキューへのお誘いがかけられていた。これはフミオが大喜びするに違いない。


「ところでトンラン、なかなかやるじゃない」


 ぱちん、とサトミが片目を閉じてみせた。なんのことだろう、と一瞬考えて。それから、トンランは自分の腰に回されている腕のことを思い出した。

 フミオはトンランに振り落とされまいと、必死になってしがみついてきていた。並走しているサトミからは、二人の姿は仲睦まじく相乗りしているカップルにしか見えない。トンランはぶわっ、と赤面した。


「ち、ちがっ! そうじゃなくて!」


 集中が乱れて、ぐらり、とホウキのバランスが崩れた。フミオが更に腕に力を込めてくる。密着する。サトミが、ひゅぅっ、と口笛を吹いた。


「トンラン、揺れる! 揺れてる!」

「もー、彼氏が欲しいとか言っておいて、しっかりと二人乗り(タンデム)までしてるんじゃない」

「サトミ、これは違うの! フミオさんはちょっと離れて、そんなにくっつかないで!」

「いや、離したら死ぬだろ。スピード、スピードを落とせってば!」

「いいじゃん、お似合いお似合い」

「ちょ、二人とも、いい加減にしてーっ!」


 あっという間に三人はヤポニア大使館の庭に到着し、地面の上に降り立った。眼が回ってぐらぐらになったフミオは、訳も判らずトンランの身体にもたれかかって。


「フミオさんの、バカーッ!」


 バーベキューを楽しむヤポニア大使館職員一同が見ている前で、頬に一発、ド派手なビンタをもらった。




 こういう時は、防災無線のサイレンが鳴るはずだ。それなのに、辺りは不気味なくらいに静まり返っていた。サトミはゆっくりと立ち上がると、落ちていた眼鏡を拾ってかけた。よし、割れていない。続けて、身体に怪我がないことを確かめる。うん、特にどこも痛くない。

 周囲を見渡すと、道路にひびが入ったり、ブロックの塀が崩れているのが見えた。最初に脳裏をよぎったのは、父親と弟のことだった。


「お父さん!」

「サトミ、こっちは大丈夫だ」


 勝手口から戻ると、物が床の上に散乱して酷い状態だった。そこには父親と弟が並んで立っていた。弟はとっくに起きていたらしい。タオルケットにくるまって微睡まどろんでいたら、さっきの地震が来て飛び起きたということだった。ぐっすりと眠りこけていたら、今頃は箪笥たんすに潰されて大怪我だ。運が良かった。

 ざっと見た感じ、家の中はぐちゃぐちゃだった。家具は皆倒れて、窓硝子(ガラス)の破片が飛び散っている。片付けはしなくて良い。今はとにかく靴を履いて、一刻も早く避難しなければならなかった。


「津波が来る。高台の上にある初等学校まで避難して」

「津波? そんな話どこから?」


 サトミはとんとん、と自分の頭をつついてみせた。今でも、魔女たちの念話が聞こえて来ている。『ブロンテスB』はヤポニア沿岸部に落着、南東地方に津波が到達するまで、約二十分。時間はまだある。落ち着いて行動すれば、余裕で間に合うはずだった。


 家族の方は、何とかなりそうだ。サトミは近所の様子を確かめようと外に駆け出した。道が崩れて、自動車は通れそうにない。他にも家から出てきている人がいたので、サトミは大声で呼びかけた。


「津波が来ます! 初等学校まで逃げて!」


 やはり防災無線も警報も、何も動作していない様子だった。この時『ブロンテスB』によって引き起こされた地震によってヤポニア南東地方では送電ケーブルが断線し、広範囲に渡って停電が発生していた。日中帯であるためにそれに気付くことが遅れたため、結果的に各地で避難がとどこおる事態となってしまった。


 サトミはミサコの家に飛び込んだ。ミサコの両親は朝早くからみかん畑に作業に出ていて、この時間は祖母と二人きりのはずだ。もしそこで、何かが起きてしまっていたら。


「サトミちゃん、おばあちゃんが、おばあちゃんが!」

「い、痛い! 痛いぃ!」


 悪い予感は的中した。足の悪いミサコの祖母は、倒れてきた家具の下敷きになって悲鳴を上げていた。一刻の猶予もない。靴も脱がずに駆け寄ると、サトミはミサコに手を貸してミサコの祖母を引きずり出した。

 骨は折れていないみたいだが、赤くなって腫れている。一人では歩けそうにない。サトミはミサコと共に老いた身体を支えて外に向かった。怒号に似た叫び声を上げて、人々が脇目も振らずに高台を目指して急いでいる。さっきまでの静けさが嘘のようだった。


「ど、どうなってるの?」

「津波だよ」


 魔女の念話が告げている。ヒナカタ全体を飲み込むほどの大波が、もうすぐそこにまで押し寄せてきていた。

 サトミは冷静になって考えてみた。ミサコの祖母を連れて、このまま斜面を登って初等学校まで行けるだろうか。途中で誰かの車に乗せてもらえれば、あるいは。

 いや、道路はズタズタだったし、渋滞してしまえばそこでおしまいだ。歩くのが最速だとして、間に合うとは到底思えない。

 ミサコの祖母を置いていけば、ミサコとサトミは助かる。三人が死ぬより、一人が死ぬ方がずっとマシだ。

 自分の中に産まれたその考えに、サトミはぶんぶんと首を強く振って否定した。何だそれは。ミサコの祖母には、サトミも弟もずっとお世話になっていた。魔女のことを悪く言うのだけは、悲しかったけど。充分に優しくて、充分に親切な人だった。


 我先にと走る人の波に押されながら、サトミはミサコとミサコの祖母を連れて歩いた。どんどんと群衆に追い抜かれていく。その間にも、背後には津波が迫っていた。


『先回りに成功したゲイボルグスコードロン全機、偏向制御ベクトルドライブ準備。全魔力をもって、ヤポニアの市民を守れ!』


 足が止まった。恐怖と疲労に押し潰されて、ミサコが膝をついて泣き出した。ミサコの祖母は、ぜいぜいと荒い息を吐いている。これ以上は、一歩も進めそうになかった。

 魔女たちが、ヤポニアの民を守ってくれようとしている。しかし残念ながらそれは、ここではない。ヒナカタには、星を追う者(スターチェイサー)は舞い降りていなかった。


 ここにいる魔女は、一人だけだ。


 まだ幼くて。

 力もなくて。


 魔女であることですら、自分で認められないような未熟者。


 ――でも。



 それでも!



 目の前に、薄汚れたホウキが転がっていた。どこかの家の、納屋にでも仕舞われていたのか。サトミにはそれが、光り輝く聖なるつるぎみたいに見えていた。


「ミサコちゃん、ごめん。時間を稼いでくるから、もうちょっとだけ頑張って。おばあちゃんを連れて避難して」

「サトミ、ちゃん?」


 ホウキを握って、サトミは笑った。かけていた眼鏡を外す。真紅の色合いに、ミサコが息を飲むのが判った。そうだ。ここにいるのは、ミサコの友達で――



 ヤポニアに生きる、魔女なんだ!



 地を蹴って、空に向かって跳んだ。コツはすぐに掴めた。海の方で、大きな波のうねりが盛り上がっているのが見える。あれをどうにかしなければならない。サトミは下腹に力を込めると、一息に加速した。


「津波が来ます! 早く避難して!」


 警告を発しながら、ぐんぐんと前へと向かう。速い。水の壁が、あっという間に近付いてきた。サトミの住む街を、サトミの愛する人たちを飲み込もうとする、圧倒的な力。


 そんなものに、負けてたまるか。


偏向制御ベクトルドライブ、全開!』


 偏向制御ベクトルドライブなんて知らない。聞いたこともない。ただ、どうすれば良いのかの見当はついていた。

 力を分散させて、向きを変えてやる。真正面からぶつかったって、魔力不足で打ち負けるに決まっている。

 柔良く、剛を制する。ヤポニアの国技『ジュードー』の極意だと、いつだったか父親が言っていた。力の弱いサトミには、どちらにせよ他に手段がなかった。


「こっちに、来るなぁーっ!」


 もしサトミの母親が生きていたのなら、きっと同じことをした。魔女なのだから、魔女としてのつとめを果たしたはずだ。


 この星に生きる命を――守る。サトミはようやく、母親の持っていた魔女の誇りを理解できたような気がした。


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