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短編集紛い

愚者礼賛!

作者: 緋坂 風行

 シュワシュワと、生まれた泡が消える音がする。泡とは少し儚くて愛おしいとは思わないだろうか?

 でも私は、炭酸は苦手だな。炭酸が抜けきったら、甘いから好き。甘ければ甘い方が良い。馬鹿馬鹿しいから。何となく、その馬鹿馬鹿しさには飽きる事もある。それでも、こうして惚れた腫れたとやるのは楽しい。飽きる事もあるけれど。惚れた腫れたとするのと、シュワシュワが抜けきった炭酸の甘さは同じようなモノの気がするの。

 そうトモダチに言うと、「アナタ、疲れているのだわ」とか言われるの。変ね。私、疲れてなんか無いわ。多分ね。

 時間とはアッと言う間にも、ホラ、過ぎていく。だからこそ、今できる事をしなければならない。そうして見えない化け物に追われては、あたふたと動き回るのが、少しだけ愚かしいと思う。それにしたって、多分、私も同じように見えている時があるのでしょう。例えば、馬鹿馬鹿しいと嘲笑いながら惚れた腫れたとやっているこの瞬間も。嫌い、嫌いと言っていながらもまだ少し抜けきっていない炭酸を飲んでしまうのも。アア、確かに愚かしいのでしょうね! 愚かしいのだわ!

 享楽。退廃。ああ、どうしてか面白可笑しくっていけませんのよ。ええ。

 そもそも、世界はどうにも小難しい事を振り回して、それで満足している方が多い気がしますの。そうは思いませんこと?

 頭を空にして、そうして目の前の快楽を追う。それを害悪と捉える愚か者の、如何に多い事か! そちらさんだって、頭を空にして仕事だのを追っているではありませんか。

 何が違いましょうか。何が、違いましょうや。分からないわ。分からないのです。愚か者には到底分からないのよ。それでも違うと言う人の、アア、なんて多い事か! それを世間と言うのかしらん。

 分からないわぁ。

 でもそれを言葉にしようとすると、女の癖に、だとか性別に関して色々と言われるの。

 女だから何ですの? 男だから何が偉い。本質的には何方も、どうしようもなく人間なのだとしたら、最早性差と言うのは机上の空論でしょうよ。性別によって考えねばならない事が固定されるのは可笑しいでしょうに。

 もちろん、性別によっては出来る事とできない事とが別れるのでしょう。愚か者であるところの私には分かりませんが。分かる事と言えば、こうして殿方と肌を合わせているのは気持ちいいコトである事ですよ。それに足して、殿方は私よりも力が強い事ですよ。それだけですわ。何せ、愚か者ですもの!

 泡のように快楽が弾けて消えて。シャボン玉は屋根まで飛んだら壊れて消えるようですけど、コレに関しては屋根まで浮かび上がらず、天国まで頭がトぶのです。それが面白くて何人をこうして傾けたことか。

「お前はイイ……」

「ふふ、でしょう?」

 そうしてまた熱が弾ける。泡が弾けるのと、何が違いましょうや。

 それでも炭酸は嫌いだ。泡は好きだけど、それにしたって炭酸は辛い。口の中を刺激して、そうして汚らしい音が鳴るものを胃の方から出させますでしょ?

 それを含めて好き、なのかは知らないけれど、炭酸が好きだと言う人を……きっとわたしは理解が出来なさそうだ。別に、だからどうと言うつもりはないけれど。

 なら、私はどうしてそうして炭酸が嫌いと言っているのか。これはちょっと簡単なことで、今日の人は炭酸を少し飲んでから私と会ったらしいの。正直、興ざめだわ。いくら顔が良くっても、夢が醒めたような気がして、そうして、こうした事を仕方なくつらつらと考えているの。こっちの方が、まだ夢があるわ。そう思うの。考え事なんて泡となって、消えるモノなのですもの。

 私は愚か者ですから。こうしたことは長続きしないわ。ほら、今だって何を考えていたのかを忘れて、厚顔無恥を晒しているじゃあありませんの! アア、面白いったら。

「なぁ、オレのモノになれよ。お前みたいなイイ女を手放すとか、考えらんねぇ」

 ああ、それは何回目の言葉でしょうか。

 少しばかり、思い出せないわ。今日の殿方は、またいつもの方みたいに掠れた声で私にそんなことを言う。だから私は求められたとおりに、せいぜい殿方の反応が良いいわゆる妖艶でありながら無邪気な笑みを浮かべるの。

「うふふ、どうしましょうか」

 何も知らない乙女のように、飴を強請る子供のように。そうして私は唇に人差し指を当てて、考える素振りを見せる。本当は答えが出ているのだけれど、夢を見せるのは慈悲よ。だって、人が見る夢で儚い、なのでしょう?

 私は今日の殿方に、いつもの台詞を吐き出す。そう紫煙みたいに、軽くよ。軽く。

「……それでも、籠の中の蝶には自ら羽ばたく自由なんて、ありませんから。私が選択する権利は、どこにも無いですわ」

「そこから助け出してあげるさ。お前を手に入れる為だったら、なんだってできる」

「いいえ、イイエ。私には、どうしようもできませんよ。……貴方様が私を助け出してくれるのなら、どうか哀れな私を助け出して下さい。ここから、飛び立ちたいのです」

 唇に乗せるのは、リップサーヴィス。なら身体で示すはボディサーヴィスでしょうか。

 ほら、いつもの殿方と同じように、今日の殿方も面白いように蜘蛛の巣に引っかかる。粘ついたそれは、あなたたちエサを、こうして私に縛り付ける。そうしたところが、儚くて、愚かしくて愛おしくって愉快よ。

 そっと抱き寄せるのも、サーヴィスですよ。貴方様は、これ以上ないほどに優しく、そして愚かしい抱擁を返してくれますでしょう。私はそれを嘲笑いながら利用するのです。

 愚か者ではありますが、それだって、生きる知恵くらいは持ち合わせていましょうよ。それがたまさかコレだっただけの話なのですよ。どうか悪く思わないで下さいませね。何せ、私はこういう類いの、手に負えない愚か者なのですから!

 愚かである事が、何故悪い事なのでしょうか。人を惑わし堕落に誘う事の、何が悪い事なのでしょうか。ああ、不思議ですよ。

 どうして、どうして頭を空にして目の前を追えないのでしょう。楽しい事がどうしてダメなのでしょうか。怪訝しいではありませんか。人間は、変な所でしっかりしているとは思いませんか? 堕落を知らないなんて。

 ……そうしたところが愛おしいのですが。

 愛おしいモノは全力を以て愛さねばウソになりましょうよ。虚ろを口にするのが嘘なのです。思っても無いことを口にするのが嘘なのですよ。だから私は狐……それも悪辣非道な女狐でしょうよ。ええ、事実であります。うふふ。そうした言葉は通常は貶し言葉として作用するのでしょう。ですが、私には心地好い賛美にしか響かない。

 アア、甘いのです。この甘さは炭酸の甘さとは違いますよ。愚か者は夢と、そこに横たわる退廃を尊ぶのでありますよ!

「分かった。絶対にお前をオレのモノにするから。待ってな」

「ええ、心待ちにしておりますわ……」

 貴方様は、私の長い髪に指を通してそうして囁くのであります。アア、滑稽かな。いつもと変わりはしない。代り映えが無くって、お腹がいっぱいであります。

 今日も明日も、そうして女狐と呼ばれる私は、何ら変わることなく一人、また一人と堕落へ呼び出す。この、快感と言ったら。



 傾国の美女、とはどのような美しさを持った女だろうか。

 国を傾けるほどの女性である。それはやはり、国を投げ捨てても良いと思えるほどの女性なのだろう。正しく、彼女が……妲己がそうであろう。

 その昔、中国の方に妲己と言う名の女狐が居た。彼女は日本にやって来て、時の天皇を堕落へと誘う。……玉藻前と言えば、多少は認知度が上がろうか。九尾の狐、玉藻前だ。

 あの狡猾な女狐が、殺生石になってそれで黙っている訳がない。殺生石はフェイクだ。狐は嘘を吐くのが得意である。口八丁、手八丁でその場を遣り過ごすなど、簡単なのだ。

 彼女は今も男を自らの虜にしている。……それは何ゆえだろうか。

 国を次々と傾ける彼女は、何を思い、何を求め、人を唆したのか。それは分からず仕舞いである。本人が口に出して言ったわけでは無いのだから。

 だがとある街にて、千年に一度現れるか否かの傾国の美女と称される彼女は嗤うだけだ。

 ――今日まで連綿と続く、人間の愛おしさと、それから愚かしさ。或いは滑稽さを礼賛しながら。


書き始めていた当初とは違う方向に話が行ったり、あまり好きではない方向の描写が入ったり……ちょっと、これは自分の中ではやや扱いにくかったような気もします。

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