ラブホの忘れ物
「そう言えば……」
店長はタバコの煙をふぅと吐き出しながら
何かを思い出して話し出しました
「以前にバスルームの湯船に
薔薇の花びらがいっぱい浮いてて
ありゃあ、綺麗やったなぁ……」
クリスマスの集客イベントとして
何をするか店長が頭を悩ませている時に
クリスマスの時こんな事あったよなぁと
そんな話になりました
「へえぇ〜それは凄いですねぇ、
こんな田舎でそんな事する人
いるんですね」
「うん、掃除に入ったら湯船が
真っ赤でねぇ、
キャンドルなんかも置いてあって
あれは女の子も喜んだと思うよ」
店長は感慨深げに遠い目をして
ウットリ……イヤ、ウットリはえーがな
そう思っても口には出さず
昔を懐かしむ店長を見ながら
私は言いました
「そんな演出するのも
準備が大変だったでしょうね」
「そうやなぁ、大変やったやろうけど
……サボちゃん、綺麗やったよな?」
店長はサボちゃんにも話を振ります
「ん?うんうん、ホント綺麗やった」
相づちを打つサボちゃんはスマホに夢中
なので話の半分も聞いちゃあいない
だろうな……
スマホを見ながらサボちゃんは
ぽつりと言いました
「掃除は大変やったけど」
あ、聞いてたの
うん、そういう時の女性って
かなりの現実主義者なんですよ……
またも私は心の中で呟く
確かに、薔薇の花びらが
一面にいっぱい敷き詰めてあったら
それはロマンチックで
ドラマチックなんだけど
後の掃除大変だったろうな、とか
それだけ薔薇を買ったら
一体幾らになんの?とか
そもそもソレをされたのは
女の子なの?
今の若い男の子がそんな事するかな?
やっぱオジサマかな?
とか色々考えちゃいます……
私もずいぶんと色気ないですよねぇ
ともあれ、忘れ物と言うより
その素敵な置き土産は店長を魅了し
後々の逸話として
語り継がれる事になったのです
忘れ物や置き土産は他にも
タバコやライター、髪留め、下着や靴下
惣菜や飲み物、眼鏡、名前入りの作業着
書類、うがい薬、浣腸、と
私が勤めていた時でも結構ありました
それらの物は部屋番号、時間、拾得者
等詳しく書いた伝票と一緒に
保管されます(コチラのラブホの場合です)
もしラブホに忘れ物しちゃっても
大事に保管されていることを想定して
まずは連絡してみましょうね
ある日、お部屋の清掃作業で
ベッドメイキングに取り掛かかり
枕カバーを変えようと枕をパッと
取った瞬間に、ソレは目に入りました
「えっ?」
私は目を疑いました
目に飛び込んできたのは
真っ黒い物体
よくホラーなんかであるでしよ?
掛布団をめくったら動物の死骸や
溢れんばかりの昆虫の群れを
見つけて悲鳴……
この時の私も衝撃を受けました
悲鳴はナシです……
そこにあったのは真っ黒いバイブ
真っ白いシーツに映えるソレは
男性の象徴に似せていて
無機質で冷やかに
己の存在を主張していました
部屋に置いてある小さい自販機
(私達はこれをコンビニと呼んでいる)に
入っているそれらよりも大きい物でした
人生初がこんな所に転がっている……
雷に打たれたように衝撃を受け
ドキドキしながらそれをよく見ると
電池を入れる所のカバーが取れて
いるみたいで
電池を入れてから黒いビニールテープで
くるくると巻いていました
そんな補修をしてまで愛用するのね……
持ち主の思い入れをそのテープに
感じながらどうしようかと
動揺していると
サボちゃんがそれを見て
「しょうがないねぇ……」
やれやれ……と言った様子で
忘れ物処理をしてくれたのでした
この時のしょうがないねぇ、は
動揺している私にではなく
こんな玩具で遊んじゃって
ヤンチャお客さんやね
と言う意味合いだったと思います
この時のサボちゃんは衝撃を受ける事も
困惑することもなく、淡々と
バイブを受け取り黙々と伝票を書く
達観者でした
忘れ物や置き土産は
そこに存在したお客との
接点でもあります
どんな人が落として行ったのか
どんな状況で落とされたのか
想像もまた膨らみます
それはまた思い出として残り
店長に薔薇の花びらの
思い出があるように
私には黒い物体Xの思い出が
後々残っていくのでしょうね