ラブホの店長
細長く薄暗い通路にいくつもの
ドアが並んでいる
ドアの上の壁にはランプがついていて
お客が入室している時は緑に点灯し
料金を支払って退出するまでは点滅
不在の時は消灯している
今は私の頭上でランプは点滅中
開けてはいけないドアの内側で
私、サボちゃん、店長が
掃除道具や備品の入ったかごを
それぞれに持ち、
息を潜めて立っていました……
店長は御年64歳
以前はサラリーマンで
外商をしていたとサボちゃんから
聞いている
痩せていて背は高い
お昼にはいつも愛妻弁当を持って来て
女性社員にレンジで温めて貰い
休憩の度に女性社員からおやつを貰うのですが
たまに、いつも貰ってばかりだと
悪いからと、自らもおやつを持ってきて
従業員に配ったりします
常識人で仕事に真面目な方で
いつも姿勢よく歩いている方です……
部屋に備え付けの精算機があり
フロントのコンピューターと
連動しているのでお客が精算すると
直ぐに対処できるようになっていました
「客室清掃は8分で」
耳を疑うような指導が
ラブホのオーナーから下されては
いるものの、実際は8分なんかでは
終わらないのよね
それでも少しでも早く終わらせようと
お客が退出するのを
ドアの内側で待っているのです
長らく追っていた犯人のヤサに
突入する前の刑事みたいだな
いつか見たテレビドラマを
思い出しながら私は立っていました
しばらくしてから
お客用のドアが開き階段を降りていく
音がする……
サボちゃんがライトの切り替え
スイッチを押して黄色にしました
部屋は準備中ということになるのです
お客が車に乗り込んだ音がしてから
店長が目の前のドアを開け
いよいよ客室清掃開始だ
ベッドのシーツや枕カバーを外し
ローブやタオルをまとめてカゴに入れ
新しいシーツや枕カバーをセット
この時、2人で作業をしている間
もう一人は風呂場の清掃をします
私はサボちゃんとたわいない世間話を
しながら速やかにベットメイキングを済ませ
散らかったテーブルや
洗面所やトイレの片付けと清掃
をして行きました
最後にモップで部屋の床を拭いてから
入室可能な状態か確認した後
客室清掃を完了して私達は部屋を出ます
何室も準備中で清掃待ちが
重なった時はこれが何回も繰り返されるのです
「ちょっと来てください」
ある日空き室のトイレ磨きをしていた時に
私は店長に呼ばれ
さっき清掃した部屋に連れていかれた
アメニティやドライヤーが置いてある
洗面所の前で
「何か気付くことないで?」
と聞かれ、ん?と固まる
これって、わざわざ呼んでまで
聞くって事はなんか違う所があるのかな?
そう思ってみているけど
さっぱりわからない
店長はうんうん唸ってる私を
にやっと見て
「ここ」
とメイク落とし、洗顔石鹸、化粧水、乳液の小さいパックを指さし
「化粧水と乳液が逆。ちゃんと左から
順番に使えるように置いて下さい」
うわっ、そこ?と驚き
すみません、気を付けます
と速攻で謝りを入れました
でもソレって……
化粧水や乳液のパックは上から順番に
置いていけるようにゴムで一括りにしてある。
ならば。
ゴムで一括りにした時に既に間違ってたんじゃ?
そうは思ってもそこまで確認しなかった
自分にも非はあります
クソッ次は絶対に文句言われないようにしてやるっっと
奮起するも、その後もちょくちょく
店長に呼ばれる事となりました
それも、毎回あのやり取りが繰り返されて……
ドライヤーのコードの巻き方や
テーブルのリモコンを置く位置
映画のパンフの裏表
ちゃんとやってやるっっと思っても
なんかかんか、あるもので
それを見つける店長もスゲェな
と思い
ラブホって以外にキビシイという事を
ヒシヒシと感じた事があるのでした