もみたいおとこ
とある居酒屋で、二人の男が飲んでいた。
サラリーマン風のいかにも真面目そうな男と、それとは正反対でチャラチャラした不真面目そうな男だ。
一見全く接点のないように思える二人だが、仲良さげに酒を飲み交わしている。
「……で、俺に話って?」
サラリーマンが眼鏡を直しながら尋ねる。
「ああ。オレ、今日は相談があって」
それに不真面目男が真剣な表情で切り出した。
「相談? 珍しいな」
どうやらそれはサラリーマンにとって寝耳に水の話だったらしく、目を丸くして驚く。
「茶化すな。こんなこと話せるの、お前くらいしかいないんだよ」
不真面目男の迫力に、サラリーマンがごくり、と生唾を飲み込む。
普段お世辞にも堅実に生きているとは言い難い男が、ここまで言うのだ。一体どんな相談だというのだろう。サラリーマンはじっと食い入るように不真面目男を見つめ、次の言葉を待つ。
「実は……」
「実は……?」
もったいぶるように言葉を止める不真面目男に、サラリーマンは焦らされまいと先を促す。
一瞬のち。不真面目男はゆっくりとその口を開いた。
「……たいんだ」
「えっ?」
けれどもそれは非常に小さな声で、雑音の多い店内では聞こえない。安くて腹いっぱい飲み食いできるこの店は二人とも気に入っていたが、この時ばかりはここを選んだことを後悔した。
しばらく気まずい雰囲気が流れたあと、意を決したように不真面目男が叫ぶ。
「だから、もみたいんだよ!」
しかし今度は主語がない。
「もみたいって……何を?」
首を傾げながら、サラリーマンが問う。すると不真面目男は信じられない、といった表情でサラリーマンを見つめた。
「もみたいっつったらお前、アレしかねーだろ?!」
「あれ……?」
--はて、あれとはいったいなんだろう?
不真面目男はまるで理解するのが当然、という体で言うが、サラリーマンには皆目見当もつかなかった。
「っかー! マジか、お前それでも男かよ?! もむっつたらアレだよ、おっぱい!」
「おっぱい……ってお前、何言ってるんだ……!」
不真面目男の口から飛び出した言葉をオウムのように繰り返し、その意味に気付き赤面する。
そりゃサラリーマンも男のはしくれ、おっぱいぐらいもみたいし他にもいろいろしたい。
しかし、それはこんなところで大声でする話ではない。
「最近まったく縁がなくてさ……あー、マジでもみてぇ……」
けれど酒の勢いか性格かはたまた両方か、不真面目男は下品にわきわきと両手を動かしながらそう呟いた。
「……」
これにはさすがのサラリーマンもドン引きである。
「なー……お前、このあとヒマ?」
ひとしきり己の欲望をぶちまけたあと、不真面目男が言う。
「……なんだ、風俗なら付き合わないぞ?」
「それもいいけど……ちょっとオレに付き合ってくんねえ?」
ニヤリと笑う不真面目男に、サラリーマンはなぜかヒヤリと背筋に冷たいものが走るのを感じた。