新刊
「新刊です!新刊!新刊が出ました!」
家の近くの書店に立ち寄ってみると、若々しい男の店員がそう言って宣伝をしていた。その威勢に負けて、私は自分の足を彼の方へ向かわせた。
「何を売っているんです。」
「新刊ですよ、新刊。新しく出たんです。」
「おもしろいんです?それは。」
「多分おもしろいんじゃないですかねえ。」
「"多分"とは一体どういうことです?そんなものを人に売っているのですか?」
「いやあ、こんなことをお客さんの前で言うのもなんですが、僕自身も何故売れていると言われてもはっきりとは言葉にできないんですよねえ。でも何かよく分からないんですけど、来た人は結構手に取ってくれるんですよ、これ。」
すると突然、近くにいた少し痩せた男が話に加わってきた。
「店員さん!何てことを言うんですか!この作品は言葉の使い方が巧みでセンスもいいし、読者の心を惹きつけるじゃないですか。もっとこういった言葉を使ってお客さんに魅力を伝えないと!」
言い終わって鬱憤を晴らしたのだろうか、彼はそのまま帰っていった。
「あの人、よくここにいちゃもんつけにくるんですよね。そして毎回言うことはほぼ同じ。まったく、困りますよ。だいたいあんなに長ったらしい説明をしても駄目ですよ。"新刊が出た" とこの一言を言っておけばいいんです。そうすればお客さんもついつい手に取っちゃうんですよ。実際に今までそうだったんですから。ほら、あなたもどうです?」
「いや、今日はもう目当ての本があるんです。」
そう言って私は彼から離れ、目当ての本を買って書店を出た。
別の日、同じ書店に行くとまた彼は宣伝をしていた。
「新刊ですよ!新刊!新刊が出…あっ、あなたこの前の人ですよね。どうです?今日こそは。」
「いえ、今日は昔のを探しに来たのです。」
「昔のやつですか。お客さんも物好きですねえ。あっ、でも決して悪いとは思いませんよ。僕もたまに読みたくなるんですよねえ。だけれど何でか知らないですけど、あんまり売れないんですよ。まあ仕方ないのですかねえ。だから珍しいんですよ、あなたのような人は…」
何か気恥ずかしくなったのでその場を離れ、求めていた本を手に取り、レジに向かった。するとレジにいた店員が声をかけてきた。
「お客さん、この前も来ましたよねえ。新刊買っていかないのですか?これ、今とっても人気なんです。買って損はないですよ、きっと。」
先ほどの店員といい何となく気分を害された気がしたが、ここで無駄に時間を食うのも嫌だったので店員の言葉を半信半疑に受け止め、求めていた本と共に新刊を購入した。
ところが、意に反して新刊はおもしろかった。あの店員達に屈したようで多少悔しかったが、何か彼らに申し訳ないことをしてしまった気もした。
また別の日、書店に行くと以前購入した新刊が見当たらなかった。だが、依然としてかの店員は宣伝を繰り返していた。
「あの、前まで売っていた新刊はもう撤去したんですか?」
「あっ、いつものお客さんですね。あれは向こうの棚のとこに置いてますよ。代わりと言っては何ですが、また新しいのが出たんですよ。買っていきますか?」
「また新刊ですか?」
「ええ、だって新刊って名前である以上、新しくないといけないでしょう?ここに来るお客さんは結構新刊を求めてらっしゃる方が多いのでねえ。新刊を読み終えてまた来たらまだ同じものが売ってるってなると、そりゃ興醒めでしょう?」
新刊というものはそんなに移り変わりが急速なものなのか。少し前に店員に噛み付いていた男の言葉を思い出す。
"お客さんに魅力を伝えないと!"
そうとはいえ、私は暫くその書店に定期的に通っては、ひっきりなしに入荷される新刊を購入していた。ところがある日、いつものように書店に向かうと、店は閉められていた。扉には一枚、紙が貼られていて、紙に書かれた"閉店"という二文字がまるでこの建物から生命を吸い取ったかのように感じられた。
仕方なく家に帰り、今まで買った新刊("彼"に言わせればもう新刊ではないのだが。)を片っ端から続けざまに読み始めた。すると何か妙な気分になった。その原因はよく考えるとすぐに見つけ出すことができた。それは簡潔かつ辛辣に言えば、"没個性"。そう、これらの本を続けて読んでいると同じ物を何度も繰り返して読んでいるような気分になるのだ。
私は、こんな本を何冊も購入した自分には審美眼がないと何者かに突き付けられたようで心底落ち込んだ。
待てよ、もしかしたら彼らも…そうだ!そうに違いない。きっと彼らもこのことを分かって売っていたんだ!魅力を伝えなかったんじゃない、その本にしかない魅力を見つけられなかったんだ。けれども彼らは立場上、本を何としても売らなければならなかった。ああ、一体彼らは新刊を購入していく客をどういう目で見ていたのだろうか。
私は再び、彼らに申し訳ない気持ちになった。彼らもきっと、私が初めて新刊を読んだ時のような感情を求めていたのだろうに。