10話/「いってらっしゃい」
エピローグです。短いです。
さて、果たして神矢レイジ(和名通称)はコスプレを堪能できたんでしょうか。
――10月01日(金曜日)/座標軸:神矢レイジ
「ありがとう、レイジお兄さん!」
「よろしくおねがいします、レイジお兄さん!」
子どもの元気な声が、2つ、きれいにハーモニーを重ねて彼に戻ってくる。
「ああ、こちらこそ、宜しく頼む」
彼は少しばかり戸惑ったまま、しかしなんとか大人の威厳を示しつつ、自分の身長の半分そこらの子ども2人を両腕に抱えるようにして並びたつ。
「うん、似合う似合う。案外、そうしてみると、親類に見えるか……ってやっぱ無理か」
そう言って、クスクスと葉山サキが笑う。
「まーどっちかって言うと、誘拐犯と被害者の子ども2名、ってところよね」
彼の魔女殿が、葉山サキよりも悪趣味な物言いをしながら笑いを零している。
「折角『お兄さん』呼びをしてもらったって言うのにね、悪いんだけど」
「ナミ。酷い言い方だぞ、それは」
彼は多少憮然としながら目の前の少女へと苦情を申し立てるが、彼の魔女殿はその程度ではまるでビクともしない。魔女殿の隣に立つ葉山サキに至っては、この兄弟の長子だというのに、まるで他人事のようだ。
しかし、彼女がどれだけ自分のこの2人の弟を大事に思っているのか。彼も解っているだけに、そこは仕方がないと、この軽口はそのまま流すことにする。
神矢レイジに電話がかかって来たのは、勝負のついた25日の翌日、26日の日曜日の晩のことだった。
葉山サキから申し訳なさそうになされたその申し出を、しかし彼はあっさりと承諾した。
すると。
「ねえ、サキ。それ、ウチのレイジ、捩じ込めないかしら?」
そう、助け舟を出してくれたのが、彼の魔女殿、風見ナミだった。
26日の電話。その内容は、譲渡した彼の『犬侍』のイベント参加の権利について、やはり弟たちに戻してもらえないだろうか、という依頼だった。
なんでも、最初はけんもほろろだった弟たちが、丁度この10月頭に雨音地方に短期間戻ってくるということで、事情が変わったのだという。葉山サキははっきり口にはしなかったが、用事というのは警察に拘留されている彼らの父親への面会とか何とか、そちら方面だろう。
同時に、この犬侍のイベントに、日本で今をときめく男性アイドル歌手が関わっていることを知り、単純な子どもらしさを発揮して、生の芸能人を見たい、と彼らの姉に改めて打診があったのだという。
元々の当選は、葉山サキを保護者役とする、この子どもたち2名である。彼は、そのお余りをお情けで貰ったかたちだ。所有権を主張することすらおこがましい。それが、彼の感覚である。
大好きなだいすきなダイスキなDAISUKIな『犬侍』その第6シーズンの先行公開が視聴できないのは残念極まりないが、1週間から10日を待てば、テレビで視聴のできる内容ではある。コスプレ、仮装のできる収録云々については、そこまでの拘りはないから、まあ面白い機会ではあったが仕方がないといったレベルの感想しか、彼には浮かばなかった。
しかし意外なことに、彼の『犬侍』への溺愛を理解している彼の魔女殿は、親友たる葉山サキに、改めてこう、交渉をしていったのだ。
「テレビ局の許諾がいるとは思うんだけど。そこの『保護者としての付き添い』の部分、サキじゃなくて、ウチのレイジが担当する、っていうのは、どう? テレビ局にそれ、話通せないかしら? 2人当選の部分に3人を捩じ込むかたちになるのかもわからないけど。プロモ画面だって、端っこにでも仮装した外国人が写っていたら、面白い画像になるかもよ、って煽る感じで。どう?」
そう、彼の便宜を申し入れてくれたのだ。
葉山サキも、飲み込みは早かった。そして、テレビ局もまた、そこは柔軟な対応をしてくれることになった。
交渉の内容がどうだったのか、彼は今一つ理解をしていなかったが、気がつけば彼は先行特別視聴の権利を、葉山サキの弟2名と共に獲得していた、というわけである。
「で、レイジおじさ……お兄さん、早く、早く!」
顔を見合わせて早々、立派過ぎる体躯と厳めしい老け顔で「オジサン」呼ばわりしていた2人の小学生男児は、彼の堂々とした申し入れを受け入れ、何とか「お兄さん」呼びへとその呼び掛けを変更してくれている。うむ、飲み込みの早い子どもで、実に助かった。そう、彼は一人小さく頷く。
「じゃあ、わたしたちはここで待ってるから」
彼の魔女殿が、いつものようにニコニコと、機嫌よく彼を見上げている。その隣には、葉山サキと、その葉山サキとよく似た年嵩の女性が立ち並ぶ。
「神矢さん、すみません。息子たちのこと、宜しくお願いします」
久しぶり、実に3か月振りの雨音地方への滞在だと言っていた葉山サキの母親が、深々と頭を下げる。
「はい、お子さんたちは、ワタシが命に代えても。傷一つ負わせませんから」
「ありがとうございます。本当に」
「レイジさん、大袈裟だなぁ。ただのTV観覧なんだし。そんな事態は発生しないって」
母親の方は本当に心底から萎縮して、一方その娘たる葉山サキは大いなる呆れ顔で、彼を見上げる。
その2人の女性を見ながら、彼の魔女殿はまた小さくクスクスと笑った。
「まーレイジ、気を抜いて楽しんでらっしゃい。でも、弟君たちの見守りは、キチンとお願いね」
でも、そんなに気張らなくたっていいのよ。そう言い添えて、彼女はまた、笑った。
「そうだよ、レイジさん。テレビ局の中なんて、そう滅多に怪我とか事故とかあるもんじゃあないんだから」
葉山サキも、ナミの表情に釣られるかのように、呆れ顔から笑顔へと変わっている。
「じゃあ、お母さん、行ってきまーす。レイジさん、早く、行こうよ!」
「母さん、姉ちゃん、風見のねーちゃん、待っててね。じゃあ、行ってくるよ!」
年子の兄弟は仲良く、大きく手を振って、指定された会場へと体を向けた。
「ナミ。その……」
立ち去ろうとして。彼はふと、足を止めると、振り返る。
「はいはい、レイジ。楽しんで来るのよ」
彼女の青い目に吸い寄せられるように、彼はその瞳を自分の視線へと入れる。
「待っているから。いってらっしゃい」
そして。彼女がそう言って、彼へと笑顔を零す。
その顔に。その声に。彼は安心して、改めて、声を返した。
「ああ、ナミ。いってきます」
(推奨BGM 『ワンダーランドのワンダーソング』藍坊主 2011年、『造花が笑う』ACIDMAN 2002年)
ありがとうございました。これにてこちら番外編、といいますかこちらの後日談はおしまいです。
この話、本執筆時点では本当にこれらのBGMにお世話になっていました。特に藍坊主。
あと、最後の記載からは外していますが、『コイントス』もかなり背中を押してもらった曲です。主にカヤちゃん方面で。
本当に、有難い楽曲たちです。心から、感謝です。
一本、本当に軽く書いてみましたが、まだまだこの面子は話を勝手に転がしてくれそうです。
近い内に、楽しめるものをまた何か紹介できれば……と目論んでいます。
魔女と使い魔もですが、その周辺の方々も含めて。
というか、こいつら、やっぱこうやって暮らしていくんでしょうかね。
と、書き手である自分から見ても、まだ判らないことが、結構あるものなので。
ここまでお目通し頂き、本当に、ほんとうに、ありがとうございました。
またの機会がありましたら、どうかぜひ、ご通読の程を。
いやまあ、斜め読みでもいいんですが。はい。
本当にありがとうございました。ではまた、どこかで。(只ノ)