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09話/「じゃあ、決ーめた! っと」

お料理勝負、完結編です。

次なるハンバーグは、一体どんな味なのか。

そして、栄えある勝利の栄冠を手にしたのは、一体どちらだったのか。

そんな辺りのお話です。

――09月25日(土曜日)/座標軸:神矢レイジ


 やられた! というのが、彼の第一の印象だった。

 確かに、先攻である彼等の方が優位性は高い。だが。

「2つの味、どちらでもいいですよー。てか、2つとも食べちゃってくださいよー」

 そう言いながら、屋ノ塚カヤがすすめるハンバーグの皿は、2つあった。


 一つは、よくある茶色いソースのハンバーグだ。恐らくは定番のデミグラスソースだろう。

 そして、もうひと皿。そこには、白いソースのかかった小型のハンバーグが、ちんまりと鎮座していた。

 しかも、それぞれが煮込みハンバーグのようである。一緒に煮込んだらしい付け合わせの野菜も、同じ皿に綺麗に盛られ、収められている。

「わ、カヤちゃん、器用!」

 綺麗に盛りつけられた皿が並ぶ様子を、カシャリ、カシャリと江坂サエが写真に収めている。

「お、やるね、カヤちゃん」

 今日のキーパーソン、葉山サキが、早くも食卓へと到着し、屋ノ塚サエの手元を大いに褒めている。

 これは、まずい。

 彼は焦りを感じつつ、それを表情に出さないように意識しながら、フム、と小さく頷くしかなかった。

「あー、そりゃすごいわ」

 次いで、ナミが。

「まあ、こちらも美味しそうですよ、ミドリちゃん」

「わー、もっとハンバーグだ! ごちそうだ!」

「そーだミドリ、こっちが父ちゃんのハンバーグだ」

 つか、正確にはカヤちゃんねーさんのハンバーグのお手伝いだけどな。そう言いながら、須田も娘と細君にハンバーグを自慢げに披露する。

「えー皆さん。後攻は、私、屋ノ塚サエと、サポートシェフ・須田タツヤさんのコンビでお送りする、2つの味のハンバーグです」

 えっへん、と長身の少女が胸を自慢げに胸を張りながら、皆に皿を渡しつつ、料理の解説に入っていた。

「茶色い方は、ハンバーグ、っちゃー『これ!』っつー、デミグラスソースでーす! 白い方は、ホワイトソースのハンバーグで、鶏肉トリニクバーグでーす! 少し変則、やらかしてみましたー!!」

 オオ、とか、フム、とか。皆が小さく頷きを返す。

「ま、美味しいですよ。食べてみてくださいよ」

 屋ノ塚カヤが自信に満ちた声で、皆を今日の食堂となる居間へと誘導する。

「あ、ついでにご飯も」

 と、葉山サキが、普段の健啖家ぶりを発揮して、ハンバーグの皿2つだけではなく、主食もと声を上げる。

「私はパンのお代わりかな」

 彼が小食だと見立てていた江坂サエも、見た目の綺麗さと新たな香りに食欲を刺激されたようで、葉山サキに倣って主食を取りに行く。流石にハルカ、そしてミドリは、各々が一皿ずつ、別の種類となるように2皿のハンバーグだけを手にとった。

「あ、でも。カヤちゃん、これひょっとしてご飯よりパンの方が合うんでね?」

 仲良し同士、砕けた様子で、葉山サキがメインシェフの意見を仰いでいる。

「そうねー。ホワイトソースの方は、パンかな。でもデミソースはご飯でもバッチリそうじゃない?」

 そう、フォローめいたことばを挟んでいるのは、彼の青波の魔女殿、ナミである。

「じゃあ、両方いっとけばー。サキちゃん、まだ入るでしょ」

「うん」

 メインシェフの屋ノ塚カヤが、この日のキャスティングボードを握る少女の健啖ぶりを知ってだろう、きっちり両方を勧めてきた。

 今日の食事の間である居間の方では、既にミドリ辺りが、キャッキャとはしゃいで歌うようにして食事を始めている。父親は既に娘の傍へと陣取り、その行儀をやかましく指導していた。

「ほら、レイジ。どうしたのよ。ぼんやりして」

 ああ、とだけ声を返すと、彼も最後に、自分の分として2つ分のハンバーグを手に取った。

 ソファ回りを中心とした食事スペースに戻ると、皆が既にハンバーグを前に笑顔となっている。

「食べなさいよ。美味しいわよ」

 すっごく。彼の魔女殿が、更に彼にライバルの食事をすすめてくる。尤も彼女は、彼の大食を知っての上での勧めだと、彼自身でも解ってはいたのだが。

「うむ。いただこう……いただきます」

 ふわり。白いソースの方から彼は食べ始めることにする。食べる前だというのに、皿を持ち上げただけで食欲をそそる良い香りが漂ってくる。フォークを持った彼は、それをそのまま真っ直ぐに肉へと向ける。それはスムーズに肉に入り、いい塩梅の柔らかさを示してくる。煮込んで硬くなっている、などということは無いようだ。

 パクリ。その白いクリームを纏った綺麗な肉団子を、口にした。広がるのは、滑らかな食感、そして平均的で癖も無くあっさりとしたホワイトソースの味わいだ。

 だが、どこか、優しい味がした。

 ミルクの味がメインだからだろうか。

 ホワイトシチューのようだ、と彼はその味から連想をした。同じ皿の中に盛り付けられている人参とブロッコリー、そして黄色のパプリカが、白いソースに良く似合って、目でも食欲をそそる。

「シチューみたい、ほんと、美味しいわ!」

 彼と同じような感想を、彼の魔女殿が隣ではっきりと口にした。

「あ、それ、それ。そっかー、シチューっぽいのよね。でも、お肉と合って、美味しい! トリバーグにしたの、正解だね、これ」

 ナミ同様、味覚が肥えているらしい江坂サエが、友人だからという贔屓無しに、素直に感心している。

「煮込み過ぎないのがポイントだって。えっとこれは、須田さんからの指導もあるんだけど。あと、サキちゃんからも、ね」

 料理長たる屋ノ塚カヤは、そう言いながら、白いハンバーグの解説を皆に始めた。



――座標軸:神矢レイジ


「いやー。変則的なことをやろうか、って思ったのはね、サキちゃんと電話であれこれお喋りしてた中の思いつきなんだけどさー」

 そう、屋ノ塚カヤは話を続けた。

「ああ、あの電話? そう。まさか、それがこんな名料理に化けるとはねー」

「でしょー」

 葉山サキの返事に、更に自慢気に、屋ノ塚カヤが声を返す。

「で、私もさー。最初はフツーにデミグラスソースでのハンバーグでいこっかなー、とかって思ったわけ。まー、須田さんと相談してて、ソースのコツを聞いて、母さんと一緒になってメモ取って練習したりしてたし」

 彼女自身は、今、自作の、そのデミグラスソースのハンバーグの方を手にして、それを口に放り込む。

 いつの間にか、彼の魔女殿が、皆にお代わりとなるお茶を注いで回っている。それを貰ってだろう、お茶を含んで一息つくと、屋ノ塚カヤはその先を続けた。

「で、カザミンは食に貪欲だし、お兄さんの神矢さんは、結構生真面目な性格っぽいから。このコンビだと、風見組も正攻法で来るだろうなー、と思ったんですよ。で、『あ、デミソースが被ったらヤべーかも』って思って。そこで、サキちゃんに電話してー」

 ごくん。彼女は再び、お茶を飲む。

「そしたら。サキちゃんには既に、神矢さんのリサーチが入ったらしくって」

「そうそう。先に、レイジさんからの電話があったのかな。だから、私はトマトソース、リクエストしたわけよ」

 葉山サキが、そう合いの手を挟む。

「でも、サキちゃんの話を聞いてさ。『あー、なんかトマトソースとデミソースの対決って、王道過ぎてツマンネー』って思っちゃったわけ」

「はっはっは、そこでメールくれたんかい、カヤちゃんねーさんは」

 笑いと共に次の合いの手を挟んだのは、メインシェフ・屋ノ塚カヤのお料理パートナーとなる須田である。

「ええ。そうなんです。でも、その前に、サキちゃんと電話で話すの、考えてみると久しぶりだったし、結構あの日は長電話して」

「そうそう」

「それで、あれこれ無駄話した中で……」

「ああ、だからか」

 だからか、と言って、葉山サキが、腑に落ちたと言った顔色で手をポンと叩く。

「そう。サキちゃんと話をしてたら、中二のときの林間学校で作ったホワイト・シチューの話になって。そういや、サキちゃんのお母さん、シチュー、得意だったよね、って思って。少しだけ下心持って、葉山家のレシピをサキちゃんにそのまま聞いたわけ」

「でも、私、料理なんかしないじゃん。カヤちゃんにちゃんと答えてなかったじゃない、あの日」

「まー、そーだけどさー」

 彼のライバルシェフたる長身の少女は、そこで白いハンバーグの皿を取り出すと、

「でも、シチューに入れる野菜の話。黄色いパプリカなんて、ウチのシチューにゃ入って無いもん」

 と、皿の中の色鮮やかな3色の野菜を指さすように見せる。

「ああ、確かに」

 ウチの、野菜の使い方だわ。そう、葉山サキが続けた。言われるまで気づきもしなかった、とその顔には書いてあるように、彼には見えた。

「でしょ。それに、ホワイトソースは中学の調理実習でやったし、辛うじて作り方覚えてたから、母さんに聞いたり、あと須田さんに聞いたりして」

「で、ホワイトソースが先にあって、そこから鶏肉でハンバーグにしようと思ったわけ?」

 質問を横から差し挟んだのは、彼の魔女殿だ。

「うん。順番としてはね。それにお彼岸も過ぎたらそんなに暑くはないだろうし肌寒い日もあるかもしれないし。そろそろシチュー味も恋しくなってくるかなー、って。て、単純に、そのアイデア行けるわ、私! とかって一人で盛り上がってただけなんだけどさ」

 ただね。そう、屋ノ塚カヤは続ける。

「ホワイトシチューの話をしているときのサキちゃんがさ、なんかさ、どっかいじらしくてさ」

「へ?」

 間の抜けた声を差し挟んだのは、当の話題の主、葉山サキだった。

「うん。あんたさー、普段はお母さんのこと、割と莫迦にしたもの言いしてるじゃない?」

 そう言って、屋ノ塚カヤは一呼吸置くと、手元の白いハンバーグの切れはしを口に含み、素早く咀嚼する。

「でもさ。シチューの話しながら、なんか、声色がねー。なんつーのかなー」

 うーん、と首を捻って、彼女は少しだけ間を置いた。

「まあ、なんつーか、サキちゃん、ちょっと無理してそうだな、と思ったからね。サキちゃんのお母さんだって、今、結構辛いだろうし、弟たち抱えて頑張ってるんだろうし」

 うん。と彼女は一人、大きく頷く。事情をよく知るナミ、そして江坂サエも、それぞれ頷きを返していた。

 葉山サキは一人、何も口を挟まず、また身動きもしていなかった。ただ黙って、友人である長身の少女を真っ直ぐに見ていた。

「なんかさ。サキちゃん、ちょっと肩の力抜きなよ、って。てか。あんたが弟たちと離れて一番寂しいのかもしんないから。なら、あったかいシチューみたいなのがいいかな、って」

 少し照れた顔で、彼女は笑った。

「サキちゃん。あと、剣道の話してくれたじゃん」

「……そうだっけ?」

 少し間を置いて、葉山サキが小声で彼女へと声を返している。

「うん。ほら、私、夏のバスケ強化合宿で結構頑張った話したじゃん。でも、考えたら、あんたは丁度その頃、剣道を諦めてたわけじゃない。私、なんか、悪いこと言っちゃったかなーって。あの電話の後、少し、反省した。つか、ちょっと後悔した」

「いや、それは。カヤちゃんは関係無いよ。カヤちゃんが頑張ってバスケでレギュラーもぎ取るんだったら、それはすごくいいことじゃん。私の剣道のこととは別だよ、それ。学校の部に20人、30人っている部員の中の5人になるだなんて大変なことなんだし、フツーに素直に応援するし、カヤちゃんがレギュラーになったらそりゃそれで嬉しいし」

 葉山サキの正論に、彼女の隣に居るナミは肯定の頷きを小さく返している。須田や、橘ハルカもそうだ。

 けれども、当の屋ノ塚カヤ、そしてその隣に座る江坂サエは、そうした反応では無い。小さなその差異を彼は不思議に思い、皆と表情の違う2人の少女を見遣る。

「でもさー。私とか、普通の、殆どの高校生って、親きょうだいが揃ってるか、あるいはカザミンみたく親が無くても親身になってくれる人がずっと見ていてくれていたりするわけじゃん。大抵は。サキちゃん、その頃、一番苦労してたのに、私なんか逆に、バスケ続けるべきか、オレンジャーの応援にもっと力を注ぐべきか、結構真剣に悩んでたワケよ、この夏。アホらしーわ、自分が」

 そう言って、彼女は小さく、ケタケタと笑った。彼の眼には、それが少し自嘲的な表情を持って映った。

「そうは言っても、気が付いたら、体は自然とバスケを選んでは来ているんだけどねー。で、サキちゃんが、剣道、暫く無理なんだ、ってすっごく悔しそうにさ。言ったじゃん」

「……言ったっけ……」

 言ったかも。そう、葉山サキは、小さく小さくことばを洩らした。

「うん、大体、そんな感じで。とにかく、残念でならない、けれどもいつか見ていろ、みたいな、なんつーか、『ハングリー?』って感じで。あの声がね……サキちゃんのあの、あの声がね。こっちの胸にも、ドキン、ときたわけよ」

 うん、うん、と彼女は一人、大きく頷く。

「だから、私、もっとバスケ、頑張ってみようと思えてきたもん。もう一歩踏み込んで頑張れば、私、レギュラーもぎ取れそうだし。っていうか、絶対もぎ取ってやろう、って誓ったわけ」

「あの電話で?」

「そう。あの電話で」

 少女2人が、瞳を合わせて、大きく呼吸を合わせるかのように会話を紡ぐ。

「あの日の電話の後さ、こーんなに逆境にあるサキちゃんでも、日々を楽しくしようと工夫していたり、将来に不安があっても剣道をいつかやれる日が来るまで頑張ろうって思ってたり、いろいろしてるわけじゃん。だから、私は絶対バスケのレギュラー取ろう、って」

「まー逆境って、そこまで大袈裟じゃないよ。従姉妹にゃ相当迷惑かけてるけど」

 この場にいない葉山アカネを気遣うようにして、葉山サキが合いの手を挟むかのように言うと、

「従姉妹のアカネさんはサキに和をかけて大らかな人だから、結構いいコンビではあるけどね」

 などと、彼のナミが小さく、葉山サキの言い分をサポートしている。

「うん。それ、よかったと思うよ、サキちゃん。だから、今日は、ホワイトソースで、シチューじゃないけど、ハンバーグ食べて貰うの、悪くは無いって思ったんだ」

「なんだそりゃ。いきなりそう繋げてきたか、カヤちゃんは」

 小さく、葉山サキが笑顔を見せる。

「いやー。まあ。上手く言えないんだけどさ。サキちゃんが剣道を諦めないでいるように、いつか復帰できるように、私は絶対このバスケのレギュラーをもぎ取ろうと思っているわけよ。だから、その証に、今日はハンバーグを焼いて煮込んできた、ってこと」

「なんだかわからないけど、強引に持ち込んだわね」

 小さく、ナミが一言を挟む。

「強引だけども、なんか、わかるー」

 と、訳の解らない共感を寄せているのは、江坂サエだ。

 そして。

「……よくわからないけど。ありがとう」

 戸惑いと喜び、そして照れといった複雑な表情を浮かべて、葉山サキが真っ直ぐに屋ノ塚カヤを見て、ことばを零した。

「嬉しいよ。カヤちゃん。嬉しい、うん。あんたの気持ち、凄く、嬉しい。ホントに……ありがとう」

 重ねて、彼女はことばを紡いでいく。

「あ、ごめん。レイジさんもありがとうございます。私の為にハンバーグを特訓したわけですし」

 慌てて、彼女が付け加えるように彼へと礼を述べる。特訓、のところで、彼女の隣に居るナミが小さく頷くのが、彼の目に入った。それにその辺りの話は、先攻の食事の段階で彼は大きくアピールしてあるので、彼はそれ以上何を言うことも無かった。

「で、折角デミソースの練習もして、ちょっと勿体無いなー、とも思ったのよ。サキちゃん、そしてみんなにも」

 葉山サキからの素直な感謝のことばに照れた表情をしていた屋ノ塚カヤが、少し話題を転換しようとでも思ったのだろう、少しばかり慌てた口調でことばを繋いだ。

「で、試しに鶏肉バーグでデミソースの煮込み、やってみたらって。須田さんが」

「そ、俺が進言した」

 うん、と一人頷きながら、須田がその話題となっているデミソースのハンバーグを口にしていた。

「あ、じゃあこれも、鶏肉なんだ」

 パクリ。

 そう言って、葉山サキは改めてデミソースのハンバーグを口に入れる。

「あーだからあっさり味で、食べ易いのねー」

 ナミも、感心したかのように、頷いている。

「先攻の神矢さんが肉汁ジワーのトマトばっちり! って味だったから、むしろ好対照で食べ易い対戦だったかも、ですね、これ」

 何とも小器用に、江坂サエがまとめて行く。

「だろー。結構鶏肉って、デミソースと合うんだぜ、これが」

 須田が、自慢を含ませた声色で、少女の料理の解説を買って出る。

「今回、ワインも少し良いのを使ったしな。まー、流石にフォンドボーからソース作るってのは、普段料理しねー女子高生には無理だって思ったから。実際、カヤちゃんねーさんの母ちゃんに訊いても、そこまでやれそうになさそうだったから、市販品を基本に据えてそっからスタートしたけどな。ま、市販のソースだと、そのまんま使うと味がのっぺりと単調でイマイチだから、秘伝の工夫を伝えてだな、アレンジして、尚且つ鶏肉に合うように味を結構整えていった、まー、そんな具合かな」

「須田さん、カヤちゃん。市販のソースから味を整えるって、どんな風に?」

 ナミ同様に料理に興味があるらしい江坂サエが、素早く質問を差し挟む。

「そこは企業秘密ってことにしといてくんね? 後でカヤちゃんねーさんに聞いてくれ」

 軽く笑いながら、一口パクリとハンバーグを口に含むと、須田は隣のミドリの頭をくしゃくしゃと愛おしげに撫でながら、大きな笑顔で返事を返した。

「あ、でも。須田さんのアドバイス通りで、野菜の炒めもので下味をつけてルーを伸ばしたら、なんか思いっきり味にコクが出たよ、サエちゃん。でも、相手は鶏肉だから、あまりコクがあり過ぎると肉がソースに負ける、とかなんとか、須田さんから言われた」

 須田の解答を埋めるかのように、屋ノ塚カヤが自分の料理の作業工程を振り返ってことばへと紡いでいく。

「そ。あとはやっぱ素材だなー」

「ああ、そこはやっぱり一緒なのね、料理って」

 須田の補足に、彼の魔女殿も意見を添える。

「でもって、更にひと手間、ってのが大事なのね」

 そう続けながら、彼の魔女殿、ナミはうんうんと頷いていた。

「まー料理ってのはやっぱそこが基本だからな」

 ナミの声を受けて、須田が話を繋ぐ。そして目線を江坂サエに向けると、

「サエちゃんねーさんも、カレシゲットしたいんなら、そういう小技は覚えておいた方がいいぞ。使えるネタは何でも使って、攻略すべし、っと」

 ニヤリ、と須田が笑って言う。

「そういや、あのワイン、高そうだったじゃない?」

 と、そこでナミが疑問を挟む。

「いや、ナミ。ワインってそこまで値段、関係ねーから」

「そっか。でもほら、わたしは未成年だし、レイジはお酒飲まないから、料理でワインを上手く使うのってなんかピンとこないのよ。料理で使うワインも、一番安いものだし」

「それで結構。初めはそんなもんだって」

 江坂サエと須田、そして彼のナミという、料理を日ごろから良く行っているであろう面々が、料理の技術的な観点から話題を繋げていく。後攻メインシェフの屋ノ塚カヤが、それにこの日の料理の感想を踏まえて体験を付け加えて行く。

 そしてその日の主賓たる葉山サキは、そんな友人たちの話を、ただ静かに、嬉しそうに見渡している。時折、隣の姫魔女にせっつかれて解説を付け加えながら。

 そして。

 彼が気づくと、その輪の中から彼の魔女殿がいなくなっていた。それに、須田も。

 すると。

「じゃあ、みんな。そろそろ手が止まってきたみたいだから」

 そう言いながら、ナミが洗った葡萄を人数分、小皿ごと渡して行く。

 そして。


 ――レイジ、ごめん、みんなの使い終わったお皿、回収して――


 的確な彼女の指示の念が飛び込んでくる。レイジは穏やかに彼女へと微笑み返すと、すぐに身体を動かした。

 その彼と入れ違いになるように、須田が温かい匂いを漂わせて室内へと戻ってきた。香り立つその匂いは、コーヒーだった。そう言えば茶器も借りていたか、と彼は先日の神矢家訪問での行為を振り返る。

「お待たせさん。取り敢えず、コーヒー淹れたから。無理な人は、風見家の他のお茶でもいいけど、コーヒーオッケーって人は、これ、飲んでみてくれ」

 須田が、普段の押しつけがましさをまるで見せずに、むしろ控えめな様子で、しかし自信を匂わせた声色と面持ちで皆へとポットとカップを見せる。

「あ、ミドリ。お前だけは、こっち」

 幼児にコーヒーは無理だからだろう。父親らしく、須田は子どもの分だけ先に渡して行く。彼の角度からは、ただのホットミルクのようだった。ただ、ほんの僅か、コーヒーの香りが漂ってくる。

「タツヤ君、これは?」

「ミルクコーヒーの、コーヒーうんと少なめ、ってとこだな。ま、5歳児だったらそのくらいの香りなら問題ねーはずだから。砂糖もたっぷりだぜ」

 それ以外の面子には、それぞれコーヒーを一人ずつ、器用な手さばきでカップに注いで渡して行く。

「はい。サキちゃんねーさん。カヤちゃんねーさんに良いお点、頼みますよ」

「ほれ、カメラウーマン、こっちもイイ男に写してくれたかな?」

「ほら、裏方お疲れさん、ナミ」

「はいよ、使い……じゃなかったミソジ」

 一人ひとり、声を掛けて、彼がコーヒーを渡してくれる。レイジもこの時だけは、普段の苦言を呈するのは控えることにした。

「はい、メインシェフ。良くやったな。今日のハンバーグ、あれはホント、いい味だ。うん」

 最後は、彼のパートナーに。

「ほれ、ハルカ。お前さんには、少しミルク多めだ」

「ありがとう、タツヤ君」

 それぞれの好みがあるからだろう。すぐにミルクと砂糖が配分され、必要とする人がそれらをカップに注いでいく。

 彼の魔女殿はいつもの通り、砂糖もミルクも入れずに。逆に、彼女の親友たる審査委員長は、砂糖もミルクもたっぷりだ。

「うわ、こっちも美味しいです!」

 最初はブラックで味を見たらしい江坂サエが、須田を褒めながら、それでもミルクを少しずつ投入している。

「だろ」

 自慢げに、男が大きく笑う。

「須田さん、今週はいろいろな助言、そして今日のサポート、本当にありがとうございました」

「で、コーヒーは、どだ?」

「ええ! 勿論、美味しいですとも!」

「だろ」

 控えめにミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲む後攻のメインシェフに、男は再び大きな笑顔で笑いかけた。

「タツー、ぶどうもおいしいよー」

 ミルクコーヒーよりも果物が気に入ったのだろう、その娘たる姫魔女はというと、紫の綺麗な果物に夢中だ。

「あ、みんな、葡萄は、サキの従姉妹のお姉さんからの差し入れだから」

 ナミが説明を忘れたことに気がついて、慌てて言い添える。すると、須田に促されたミドリが、

「ありがとー。サキちゃんねーさん。きれいでおいしーよ!」

 余程嬉しかったのだろう、すぐにお礼を言っていた。

 コーヒーが気に入ったらしい江坂サエが、須田に何やら豆の話を質問している。須田は、豆は挽きたてでないのが残念と言いながら、この日は「若いお嬢さんが多いから」とあっさり味のブレンドを拵えてきたことをやや得意気に披露する。挽きたてであればより美味しく淹れられたであろうが、恐らく彼がそれをしなかったのは、人数の問題からだろう。そうレイジは見当をつけて話を聞いていたが、やはり彼からはその情報が開示された。

 そうして葡萄の話とコーヒーの話題とに話が2つに小さく別れて進行する。

「それでミドリちゃん。今日はどのハンバーグが一番好き?」

 そう、子どもに訊いていたのは、葉山サキだ。

「うーんとねー……」

 子どもが珍しく、少しばかり考えるような様子を見せて、ことばを止める。

「どれもすきだよー。でもねー、やっぱりタツのハンバーグがいちばんすきー」

 おおっ、と声を出して、父親がミドリを膝に引き上げるようにして抱き上げ、頭を撫でる。

「でね、やっぱカヤちゃんねーさんのハンバーグもすきー」

 うむ、そうきたか。彼は少しだけ身構える。

「ミドリ、三十路のも褒めてやれ」

「うん、ミソジのはんばーぐもすきー。みんな、すきー」

 ともあれ、須田が彼にも多少の花を持たせるように子どもを誘導してくれる。

「でもミドリ、父ちゃんはな、今日は、料理は控え選手だったんだ。白いハンバーグも茶色いハンバーグも、カヤちゃんねーさんの料理だぞ」

「そっかー。じゃあねー……」

 子どもが無邪気な目を、彼女の父親へと改めて向ける。

「タツのはんばーぐがいちばんだよ、やっぱり」

「それって、普段お家で食べてるやつ?」

 葉山サキが、尚もミドリへと問い掛ける。

「いや、ミドリには俺の手料理はそれほど食わせてねぇからな……」

「うん。たべてないね、タツ」

 やはり、一緒に暮らしている訳では無い親子だからか。こうした機会そのものが少ないのだろうと、彼は親子の背景を連想した。

「でも、ちゃいろいのも、しろいのも、おいしかったー」

「ミドリちゃんは、いつもトマト味? それともデミソースの茶色い味?」

 聞いてきたのは、江坂サエだ。

「おうちだとねー、いろいろー。でも、どれもすきだよ」

 何か少し考えているような顔で、子どもが返事を丁寧に返す。

「……やっぱりね。きょうのおりょうりはね、しろいおにくのおさらが、いちばんすきかもしれない……」

 少しだけ小声になって、子どもがようやく質問に返事らしい返事を返してきた。

「そっかー」

 声で相槌を返したのは、最初に質問を出した葉山サキだった。

「あ、でも、ぶどーがもっとすきー」

 ハンバーグよりも甘い葡萄。子どもらしい選択に、背後で子どもを抱いていた親がずっこけるようにして子どもを支え直す。

「でも、子どもらしいわ。やっぱり、ホワイトソースって、受けるのよね」

 頷いているのは、葉山サキだ。

「やっぱり弟君たちもホワイトシチューとか、人気なの?」

 彼の魔女殿が、思わずといった様子で問い掛ける。

「うん、弟たちの大好物」

 そして。

「じゃあ、決ーめた! っと」

 うん、と葉山サキは一人、頷いていた。

「あれ、もう発表? いいの?」

 ナミが問うが早いか、葉山サキは立ち上がっていた。

「うん」

「他のみんなはどう、なんか、アピールある?」

 彼は最初の段階で散々アピールポイントを言いつくしていた。だから、もうこれ以上何も言うことは無かった。

 同時に、残りのメンバーもこれといってアピールをすることも無いようだった。屋ノ塚カヤ、須田タツヤも同様である。

「サエちゃんとか、何かツッコミとかは?」

 と、ナミが水を向けても。

「ううん、いいや。決めるのは、サキちゃんだし」

 と、さっぱりと割り切った顔で、彼女は返事をするだけだ。

「そう。じゃあ、サキ。引っ張るのもなんだから、あっさり発表しちゃってよ」

「うん」

 そう言って、葉山サキはナミに促されるように、この場全員の顔を見渡して、頭を下げた。

「今日は、こういう場をつくってくれて、みなさん、ありがとう。ありがとうございました」

 丁寧に、再び、頭を下げる。

「それで。私の当選権利。テレビ時代劇『犬侍』シリーズ6の公開先行観覧と、劇中歌のプロモ収録参加、その権利は……」

 ゴクリ。彼は、自分の喉が鳴るのを意識した。

「ひとまず、措いて。ハンバーグの勝負だけれども」

 肩透かしをくらい、彼にしては珍しく、少しバランスを崩しそうになる。

「味は、本当、どちらも美味しかったです。甲乙つけがたい程です」

 ウンウン。彼は頷きを返す。ライバルの少女シェフも頷いているのが、彼の視界の隅にも映る。

「で、これは単純に算数の話なんだけど。料理勝負は……」


 そして。


 彼は、勝利を取り逃がした。



――座標軸:神矢レイジ


「いや、ハンバーグはどっちも美味しいんだけど、単純に2種類のハンバーグを調理してくれたってことで、ここはカヤちゃん、屋ノ塚カヤさんに、勝利の栄冠を与えたいと思います。で、いいよね」

 先程、そう言い切って、葉山サキは皆を見渡し、その場が拍手に包まれた。

 神矢レジは、落胆を顔に出すまいと腹筋に力を込める。けれども、目が虚ろになることまでは、彼は止められそうになかった。皆に釣られて拍手の手は叩くものの、彼の手にはまるで力が入らない。

「レイジさん、お兄さん、ごめんなさい。あの、別に料理が下手だとか、味が不味いとか、そういうのじゃなくて。なんていうのかな……やっぱ、足し算?」

 葉山サキが、気を回して、彼にあれこれと言ってくれるが、彼は薄く頷くだけである。

「それと、正直。カヤちゃんのあのホワイトソースの野菜の使い方は、反則だと思った」

「そう?」

 いや。リサーチというものは、本来そういう手法でなされるものだろう。彼は自分の敗因を冷静に分析する。長い友情の期間のある分、屋ノ塚カヤの方がそうしたリサーチの手法、聞き取りに長けていたというだけの話だ。

「いや、野菜はやっぱりちゃんと摂らないと、ダメでしょー」

 屋ノ塚カヤは、真顔で葉山サキに声を返していた。

「だってあんただって、いつかは剣道に戻るんでしょ。だったら、体調管理は大事だし、食はスポーツの基本だからね。栄養バランス。バランスだよ、サキちゃん」

 本気で、スポーツ少女らしい感想を、何の含みを持たせることもなく、屋ノ塚カヤは口にした。彼の魔女殿、そして隣の江坂サエも、ウンウンとそれぞれ頷いている。その奥で須田の親子が「好き嫌いはよくないぞ」といったような会話に繋げていた。子どもは黙って、父の言うことを頷きながら、只一人立って話をする葉山サキの方を見ていた。

「カヤちゃん。ありがとう。料理……あんたのハンバーグ、美味しかったし。そういうあんたの気配り、響いたわ」

「そりゃ良かったわ。また言ってくれたら、いつでも作ってあげるよ」

「嬉しいな、それ。ぜひ、次も頼むわ。で」

 彼は気落ちした自分を悟られまいと、静かな佇まいで彼女たちのやり取りを黙って見ていた。

 だが、次に葉山サキの視線が向けられたのは、彼に対してだった。

「それに、レイジさんも。とにかく美味しいものを、って気持ち、すっごく伝わってきました。たぶん、カザミもそうだけど、2人にはこの夏の初め、7月頃に、凄く迷惑かけちゃったから。きっとそれで、気を使ってくれていると思った。で。だから」

 一呼吸。葉山サキは、大きく間を置いて。

「『犬侍』の公開収録。あんたら2人で行ってらっしゃい!」

 そんなことばを、口にした。



――座標軸:風見ナミ


「へ?」

 間抜けな音が、ナミの口から洩れた。彼女の左隣の大柄な使い魔は、声すら出ない。

「その理由は、私から説明するわ」

 驚いた顔は、誰も彼も、といったところだ。平素と変わらぬ顔をしているのは、今日のイベントの趣旨そのものを一切理解していないであろう幼いミドリと、今、サキの発言に割って入るように語り始めた屋ノ塚カヤだった。

「いやー、単純なことなんだけどさ。バスケの強化合宿の面子に滑り込めそうなんだよね、私」

 それの出発日が、丁度10月1日金曜日、その収録の日の晩と、ブッキングしていた、ということだと、彼女は続けた。

「悩んだって程、悩んでないんだけどね。やっぱり、今ここでバスケ頑張っておきたいなって思ったんだよね。別にサキちゃんの分も、とかっていうんじゃなしに。体が、勝手に動いてたって言うか選んでたって言うか。それと……」

 そこで少しだけ、カヤははにかんだ顔をする。

「私が、リョージ君と釣り合いのとれる女になるとしたら、きっとこういうイベントに行くだけの女じゃなくって、バスケもきちんと続けていられて学校もサボらずに通っていて、そんでもって頑張って自分を磨いている子じゃないかな、って。勝手に思っちゃってるわけなんだけどね、これが」

 はぁ。

 男の好みを考えて、ですか。しかもその男、一生直接話すらできそうにもない、芸能人ですけれどもねぇ……などというツッコミは、ナミは口に出すこともなく、バスケを選んだ友人の少女が、それからいかにオレンジャー系のアイドルがカッコいいか、特にリョージ君の属するテトラ・ポッターがいかに素晴らしいか、日本の芸能界における現代のカリスマであるか、といった演説会になり……

 気がつくと。ナミの隣で、彼女の使い魔が、小さくも邪気の無い微笑みを浮かべて、長身の少女が熱弁を揮う姿を見つめていた。



(次回、エピローグへ続きます)

今回、ずっと使い魔視点、そして最後にナミちゃんに視点がバトンタッチします。

よく考えると、この話(『お茶とたまねぎ』)、視点がナミとレイジ以外にブレていませんね。

やはり流石に、話が短いからでしょうか。本編(『魔女と使い魔』)ではサキちゃんもトモエちゃんも、視点を持ったものですが。


これで09話、次の10話で最後となります。

エピローグはかなり短いので、このまま続けてアップの予定です。

ただ、少し悩んでいるカ所があるので、日を跨ぐかと思います。

もう少々、お待ちください。


ご通読、感謝です。では、また次回に。(只ノ)

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